004:欠片を拾って

 再び、「アルテミス」のメンバーは薄暗い通路を歩く。警備兵詰め所を後にした彼女たちは、奥へと続く扉を開き、その先の通路へと歩みだしていた。通路には彼女たち以外に誰もおらず、ただ、足音だけが不気味に響いている。

 警備兵詰め所の向かい側には、半分開いた状態の両開きの扉が残されている。その扉の上には、銀のプレートが打ち据えられており、《食堂》と魔動機文明語で書かれていた。彼女たちは、警戒しながらその扉をゆっくりと開き中へと入っていく。


《食堂》の中は酷く荒れており、幾つもの長机が乱雑に並べられ、無数の椅子はそこかしこに倒されたまま放置されている。机の上は得体のしれない、真っ黒な液体のようなもので汚れ、その上には埃が積もっていた。


「……うぇぇ、さすがにこれは」

「かなり乱雑に放置されているようだな」


 その有様に渋い顔をしたエクシアと、冷静に周囲を確認するイリ。倒された机を縫うようにイリは歩くが、その大柄な体が災いしてか、つややかな羽毛に黒い液体のようなものが触れる。それは、長い時が経ち固まっているようだ。冷静なイリだが、これにはさすがに顔をしかめる。

 エクシアはするすると机を避けてすすみ、部屋の奥に放置された魔動機の元へとたどり着いていた。嬉しそうに指を動かしながら、その魔動機を調査していく。


「おぉ! 見てみてこれ、まだ使えそうだよ! 全部は無理だけど、部品のいくつかは引っこ抜いて売れば、それなりの価値になると思うよ」


 そういい、エクシアはいくつかの部品を手に、その戦利品を見せる。


「やりましたねエクシア! ちなみに、どれぐらいの価値があるんですか?」

「ん……エクシアが持ってるやつなら、錆びとりと、修繕費さしひいて……4000ガメルぐらいかなぁ」


 エクシアの持つ魔動機部品を見て、レイジィは部品を値踏みする。


「なるほど、結構な価値ですね。……それにしてもこの机についてる黒いこれは何でしょうか、とても不愉快です」

「ふむ、調べてみよう」


 不快感を露わにしながら、その黒い固形物に顔を近づけ観察するヒスイ。それを見ていたイリは────驚いたことに、その固形物の一部を指で摘み、口に含んだ。


「なっ……ちょぉ!? イリッ!?」


 突然のことに驚いたヒスイを他所に、イリはぺっと口に含んだそれを吐き出し、


「わからん」


 と、渋めの顔で言葉を続ける。


「そんな調べ方するの、リルドラケンぐらいだけどね。剣の加護があるあたしでも嫌だよ」

「そんな滅茶苦茶な調べ方するのはイリだけです!!」

「頑丈であることは存分に活かしていかなければな」


 平然とするイリを驚愕の表情で見るメンバーたち。ヒスイは慎重に、ナイフの先でその固形物を砕き、指先で触る。


「……これ、血ですよ。黒く固まっていますが、随分と長い時が経ったせいで水分が蒸発してしまったみたいです」

「うぇぇ、じゃ、じゃあこの部屋のこの黒ずみって……全部、血?」

「そう……なりますね」


 彼女たちは、その部屋を再び見渡す。部屋のいたるところに転がっている長机。倒された椅子。床に壁……そのいたるところに、黒ずみが残されている。


「これ全部が……い、いったい何があったんだろ……」

「この量は尋常ではないな」

「そうですね、一人や二人の量じゃありませんよ……ん?」


 ふと、ヒスイは足元に紙の切れ端が落ちていることに気が付く。手に取ってみれば、何かのメモの一部のようで、魔動機文明語で『医務室・3番の棚』と書かれていた。


「何かのメモ……切れ端ですね、『医務室の3番の棚』ですか」

「ふーん、じゃあ次に探す場所は決まったね」

「この部屋も大体確認できたしな、別の部屋を探索しよう」


 そうして、彼女たちは《食堂》を後にし、再び先ほどの通路へと戻っていった。



 遺跡の内部は、大きく東西南北に延びる通路とそれに連なるいくつかの部屋で分けられていた。「アルテミス」のメンバーが探索を完了したのは、うち北側へと伸びる通路。その両端に存在する『警備員詰め所』と『食堂』の二つだ。彼女たちは、再び通路へと出た後、そのまま南側へと進んでいった。

 通路は、大破局の影響か経年劣化によるものか、あちこちにひびが入り崩落している部分もある。彼女たちは、足元のがれきや障害物に気をつけながら南側通路を進んでいった。


 南側通路、その一番奥には開け放たれたままの両開きの扉が残されていた。入り口には《医務室》と書かれた、壊れかけのプレートがぶら下がっている。「アルテミス」のメンバーは注意深く部屋の中へと入っていく。


「ここも酷い荒れようですねぇ」

「おうおう、これはまた……派手に争ったって感じだねぇ。大破局真っ只中だったのかな? これは襲撃があって戦闘を行った、って感じだねぇ」


 部屋の中は、彼女たちが言うように酷い荒れようだった。真っ黒に黒ずんだベッドはなぎ倒され、地面にはいくつもの薬瓶の破片が散乱している。治療用と思わしき、大掛かりな魔動機も部屋にはいくつも設置されていたようだが、そのどれもが一目で使い物にならないとわかるほど、破壊され尽くしていた。


「何があったか、と考える必要もなく意図的に壊されてますね」

「あぁ、これは戦闘の跡か……相当激しい戦闘だな」


 鋼鉄の魔動機がひしゃげ、無理やりにねじ切られたような跡をイリは手でなぞる。破壊された跡はそれだけではない。一刀のもとに叩き切られたものもあれば、高温によって融解したものもある。そのどれもが、かつて尋常ならざる戦闘があったことを示している。


「なかなかの有様だ。あの食堂も、蛮族どもが優雅に使ったということか」

「さぁ、どうでしょうか……ひとまず、私は3番の棚を探してみましょう」


 ヒスイはそういい、先ほど手に入れた紙の切れ端を片手に部屋の中を探索していく。医務室の壁際にはいくつもの薬棚が設けられており、一つずつ棚の中を改めていく。


「1……2……あ、ここが3番の棚ですね」


 そういい、棚の扉を開けばその奥には小さなカードのようなものが数枚残されていた。


「これは……アルケミストカード?」

「相当医療設備の整った医務室だったんですねぇ。多分ですけど、これ医療目的に使ってたんじゃないですかね」


 ヒスイが手にしたアルケミストカードの色は緑色。それを見て、レイジィはそうつぶやく。アルケミストカードとは自然界に多く含まれるマナをカードにこめたもので、緑色のカードは特に植物的特性を抽出・凝縮したものだ。これらのカードは、魔動機文明時代に隆盛を極めた錬金術師アルケミストたちが、《賦術》と呼ばれる特別な技を使用する際の媒介として使用される。緑色のアルケミストカードは、肉体を回復させる技ヒールスプレー体内のマナを回復させる技ビビッドリキッドなど、回復する技に使用されることが多い。


「ふーん、ま、これだけ立派な設備があるなら、わからなくもないよね」

「まだ奥に部屋が続いているようだぞ、注意しろ」


 エクシアとイリは、医務室の奥に小さな小部屋があることに気が付く。それぞれ注意しながら奥へと進むと、そこには小さな机が置かれており、その周りには大量の書類が散乱していた。


「これは診断書みたいですね、名前と患者さんの情報……でしょうか。いろいろ書かれてるみたいです」


 地面に落ちている書類の一つを、ヒスイが手に取る。それはこの医務室で治療が行われた患者の情報のようだった。しかし、そのどれもに「死亡」の二文字が記載されている。


「医務室、というよりか墓場みたいだな」

「じょ、冗談にもなりませんよ……ホントに死んでるわけですし」

「まったくですイリ! 謝ってください!」

「っと、ヒスイ。何か落ちたよ、それ」


 と、エクシアがヒスイの足元に落ちたものを指さす。それは一枚の写真のようで、ヒスイの持っていた書類に挟まっていたようだ。ヒスイはそれを拾い上げ、写真をまじまじと見つめる。


 写真に写っていたのは、二人の人物だった。一人は背の高くほっそりとした男性だ。白衣を纏ったその男性は、少し長い髪を後ろで束ね、ポケットに手を入れてほほ笑んでいる。その姿はどこか頼りなさげだが、優しそうな人物だ。

 男性の少し前に立っているのは、活発そうな笑みを浮かべた少女だ。10歳ぐらいだろうか、ややカールした明るい髪を後ろでまとめたその子は、白衣の男性の前で嬉しそうに立っている。頭からは犬のような可愛らしい獣耳たちみみが見え、首には特徴的なアクセサリーをつけている。リカントに見えるその少女は、片方の手で男性の白衣の裾を握っていた。

 年齢差を見るに、年の離れた兄弟か、親子のようにも見える二人だが、その仲の良さは写真を通してでもわかることだろう。その写真の裏側には、『彼女のお気に入りの展望台にて。Drメテオール』と書かれていた。


「Drメテオール……ですか」


 ヒスイは裏に書かれた文字を読み上げる。


「Drメテオール? ふーん、知らない名前だな。初出の研究者かな、今までの過去記録でそんな名前の研究者は聞いたことなかったけど」

「大破局で失われたってことですかねぇ」


 エクシアとレイジィは、過去の著名な研究者を思い出そうと考えるが、「Drメテオール」なる人物は聞いたこともない。


「抗い切った施設の一つくらいは一生のうちにお目にかかりたいものだ」

「ま、大破局があるからこそ、今のあたしたちがロマンを追いかけられる……ってのはあるんだけどねー」

「……そうかもな。大破局がなければ、私の故郷も存在しなかったかもしれない」


「ええ……でも、大破局の記憶は、触れるたびいつも悲しくなりますね」


 そう言い、ヒスイは手にした写真を懐へ大切にしまい込んだ。大破局という歴史の大波に、沈んでいったいくつもの過去の一つ。彼女たちがこれまでに調査した遺跡でも、そういった過去の記憶がいくつもあったに違いない。


                **


《医務室》の探索を終えた彼女たちは再び通路へと戻り、未探索のままである遺跡の西側へとすすんでいった。西側へ進むと解放されている隔壁があり、その向こうには巨大な通路が南北に伸びている。今までの通路とは比べ物にならない大きさで、通路というよりかは物資などを搬入するための搬入路として使われていたようだ。その証拠に、通路には放棄されたままの物資や、天上から落下してきたと思わしき、巨大な鉄骨など障害物であふれていた。道幅は広く、天上を見上げてみても暗さのせいでその高さはうかがえない。


「メインストリートって感じだね、ちょっとコワイな」


 エクシアは注意深くあたりを見渡しながら、その通路へと踏み込んでいく。


「今のところ、罠も障害も何もないですもんねぇ」

「警備室が稼働停止していた様子から見るに、何かある場所は稀なのかもしれない」


 それでも彼女たちは、抜かりなくあたりを警戒しながら進む。ひとまず、通路の南側を調査するため彼女たちは慎重に通路を南へと進んでいった。

 しばらく進むと、通路全体が大きく陥没している場所へたどり着く。深い穴には大量の水が流れ込んでいるようで、水中に沈んだ洞窟のようになっていた。先に進むためには、この暗い水の中を進むしかない。


「ふーむ、報告書にあった奴かな。水漏れの奴」

「何百年も放置されて、陥没した通路に水がたまったのか」


 水の底は暗く見えない。陥没の具合から見ても数mの深さはありそうで、暗闇も相まってこの中で泳ぐのは危険を伴う。


「この中を泳ぐのは危なそうですね、“普通なら”ですけど」

「まぁね。これならフツーにあたしと手つなげばいけそうじゃん?」


 エクシアはそういい、持っていた荷物をその場に置き、ぐぐっと手足を伸ばし水の中へ入る準備をする。エルフの彼女は、水中の中でも自由自在に活動できる“剣の加護”《優しき水》という加護を授かっている。彼女自身、水の中でも地上と同じように行動できるのだ。さらに、彼女たちは通常の人々よりも強い肉体を持ち、授かる“加護”はより強力なものへと昇華されていた。エクシアの授かる“剣の加護”《優しき水》は、自分だけでなく他人にもその力を発揮する。もっとも、手を繋いでいる一人に限定されるのだが。 


「では、私がエクシアと共に見てこよう」


 イリはそう名乗り出て、エクシアと同じように荷物をその場において水の中へと入る準備をし始める。準備を整えた二人は、手を繋いでゆっくりと水の中へと入っていた。


 水の中は真っ暗だが、エルフのエクシアは暗闇を見通す目である《暗視》の能力も持っている。彼女にとっては、暗闇も昼の陽の中と大差なく見通すことができるのだ。陥没した穴の底には、無数に魔動機の残骸や壁の一部などが沈んでいる。水は澄んでおり、進むのに苦労はない。エクシアと手を繋いでいるイリは、水の底を歩きながらゆっくりと進んでいく。


『おっと、そこ危ないよ。ケーブルが突き出てる、今後の為に一応潰しておくか……』

『む、両手が必要そうだな、エクシア。2分程度なら息を止められる、その間にケーブルの処置を頼んだ』


 彼女たちは、暗闇の水の中で危険を排除しつつ奥へ奥へと歩んでいった。そうして、水没した通路の最奥に魔導機が沈んでいることに気が付く。魔動機はほとんど完全な状態で沈んでいたようで、状態は悪くない。


『これは、なかなかにいい状態の魔動機だね。引き上げれれば、いい値段で引き取ってくれると思う』

『ふむ……しかし、これは相当大きいな。ロープを括り付けて、地上から引き上げるしかなさそうだ』


 彼女たちはひとまず地上へと戻り、レイジィとヒスイに状況を説明する。彼女たちの持つ荷物からロープを集め、水の底に沈む魔動機へと括り付けて引き上げを開始し始めた。魔動機は相当に重く、一人二人がロープを引いてもびくともしない。


「これっ……お、重たいですねっ!」

「ぐっ、私とヒスイだけでは無理だな……エクシアとレイジィも手伝ってくれ」

「はいはいって……これ、きっついなぁ!」


 ヒスイ、イリ、エクシアはロープを握り必死に引き上げようとするが、それだけでは引きあがらない。そんな3人組をみてレイジィは、


「うぇぇ、力仕事はめんどくさいなぁ……でておいで、“スカーレット”」


 と、懐から小さな駒のようなものを取り出し、それを宙へと放り投げた。すると、その呼び声に呼応するようにして駒が膨れ上がり、そこには2mほどの二足歩行をする恐竜のような生物が現れた。ダウレスと呼ばれる、アルフレイム大陸では一般的な大型爬虫類。その中でもより体格に優れたドンダウレスと呼ばれるものを、レイジィは使役することができる。騎乗ライダー技能と呼ばれるそれは、動物や魔動機と心を交わし、巧みな技術によって彼らに指示をだすことで、共に戦うことのできる技能である。


「さ、スカーレット。ワタシの代わりに引いてきて」


 レイジィの指示に尻尾を振りながら、スカーレットはロープの端を咥えて引き上げに力を貸す。スカーレットの力も加わったことで、ロープはゆっくりと動き始め、しばらく後には巨大な魔動機が水の底から引き上げられていた。


「さすがですね、レイジィ」


 と、ヒスイはスカーレットを撫でながらそう声をかける。スカーレットは心地よさそうに、ヒスイの手のひらに自らの額を押し当てていた。


「まったく、“ペクトライト家レイジィ”の名は伊達ではないな」

「ほんとだよねぇ、もうほとんどスカーレットの活躍だからね」

「うぅ、ワタシの騎獣なんですから、ワタシの功績ってことでもいいじゃないですかぁ!」


 次々にスカーレットを褒めたたえる一同を、レイジィはやや遠巻きに眺めることとなったのだった。

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