003:残された記憶

 かつん、かつんと硬い地面の上を歩く音が、暗闇に響く。地面は鋼材のような、硬い材質でできているようで、「アルテミス」のメンバーが歩くたびに、無機質な音を響かせていた。


 魔動機文明時代アル・メナスの遺跡は、台地の底に沈みこむようにして、ほとんどの遺構が地面へと埋まっていた。その入り口は、ほとんどが土に埋もれていたようで、見つけられたのは奇跡的だった。マギテック協会が派遣したという先遣部隊が、入り口を確保してくれていたようで、入り口は木材で補強され、地面は歩きやすいよう均されていた。

 しばらく進めば、本来の遺跡の内装へと変貌していく。むき出しだった地面は鋼材のようなもので舗装され、崩れた土壁は加工された石材へと変わっていった。内部は分厚い埃が積もっており、この数百年は何者の侵入も拒んできたのがわかる。

「アルテミス」のメンバーも、周囲に警戒しながらその通路を抜け、一つの大きな部屋へと抜け出した。


 彼女たちが一番最初に抜け出た部屋は広く、どうやらこの遺跡のエントランスホールにあたる場所のようだった。大きな入り口に、横長のカウンターテーブルが見え、ここが何かしらの受付を行う部屋だったことがわかる。地面や壁にはひび割れが見えるものの、大きな崩落が見えないところを見るに、頑丈な作りであったことが伺える。部屋の奥とカウンターテーブルの向こう側には、別の部屋へと続く扉が続いているようだ。ただ、何よりも彼女たちを驚かせたことが、一つだけあった。


「……この遺跡、驚いたことにまだ稼働していますね。いつ魔動機が来てもおかしくありませんよ」


 受付のカウンターに備えられた魔動機を見たヒスイは、そうつぶやく。彼女の指さす魔動機は、非常灯のような灯りが点灯しており、未だに“生きている”ことがわかる。真っ暗な室内だが、あちこちに灯る魔動機の灯のおかげで、遺跡の中はほんのりと明るい。


「こっちは異常なーし。レイジィ、イリ、そっちはどーお?」

「こ、こっちも大丈夫そう……」

「問題ない。警備が生きているなら脇道も見ていかなければならんな。挟み撃ちはご勘弁願いたい」


 エクシアたちも、広いエントランスホールの中で警戒を怠らない。慣れた手つきで、あたりの警戒と情報収集を行っていく。そんな中、受付カウンターの周囲を見て回っていたヒスイは、受付に看板が備え付けられていることに気が付く。そして、その看板には、奇妙なマークが印字されていた。

 マークはこの施設を象徴するシンボルか何かのようだが、ひどくさび付いており、流れた時間の長さを物語っていた。そのマークを見つめ、ヒスイはあることに気が付く。


「……皆さん、このマーク。ちょっと見てください」

「え、なになに?」


 ヒスイの呼びかけに、エクシアやイリ、レイジィが集まる。


「このマーク……これ、《ハーヴィン都市同盟》に関係のあるマークですね」

「《ハーヴィン都市同盟》って、魔動機文明時代の国家の名前……だよね?」


 ヒスイの言葉に、レイジィがそうつぶやく。


「《ハーヴィン都市同盟》は、今の《ハーヴェス王国》の前身にあたるような国……って歴史書に書いてあったような」

「そう、レイジィの言う通りです。私も歴史書のなかで、これと同じマークを見たことがあるんですよ。確か、魔動機文明の末期に、優秀な技術者たちを国中から集めて研究チームを作ったとかなんとか……」

「ほう。つまりこの遺跡はその研究チームの拠点の一つ、というわけか」


 ヒスイの言葉に、イリは頷きながらそのマークを見る。


「あー、これ期待できるやつかも」


 そのイリの背後からマークを見ていたエクシアが、納得したような声でそう告げる。


「どういうことだ?」

「このマークってさ、たまに遺跡から発掘される魔動機についてることがあるんだけど、大体が凄い高性能な魔動機なんだよね。それも、空を飛ぶ魔動機に多いの」


 疑問符を浮かべるイリに、エクシアはそのマークについて語りだす。


「つまるところ、魔動機文明時代の先端研究所、みたいな? 要はウチみたいな、最先端技術を研究する組織ってわけだね」

「ははぁ……そりゃすごい」

「ですね、これは期待大です」


 エクシアの説明に、感嘆の声を上げるレイジィとヒスイ。


「空を舞う魔導機か……それはさぞ栄えていたんだろうな」

「だと思うよ。……さて、んじゃ別の部屋に行ってみようか」

「りょ、りょうかいです……!」


 と、エクシアは受付カウンターの向こう側に見える、真っ暗な部屋を指さす。「アルテミス」のメンバーは、それぞれ魔動機の襲撃を警戒しつつ、その部屋へと踏み込んでいった。


 部屋の中は薄暗く、魔動機たちの非常灯によって、ほのかに部屋の中が照らし出されていた。どうやらここは、警備兵か何かの詰め所だったようで、壁一面に魔導機のモニターが埋め込まれ、施設のあちこちを監視することができたようだ。しかし、今やそのモニターは真っ暗に沈黙しており、施設の中を映し出すことはない。

 部屋の中には、机や椅子が設置されてはいるが、ひどく散らかっており、床には無数の書類がそのままに散乱されている。かつて、この部屋で何が起こったのかはわからないが、部屋に積もる分厚い埃は、その出来事が数百年前に起きたことを示していた。


「んー? ここは警備員の待機所みたいな感じかな……。この散らばってるのは、警備記録か、報告書か」

「ふむ、設備はいくらか稼働しているようだったが、肝心の警備は死んでいるのか? 私が役に立てる点が一つ減ったな……」


 イリは少し残念そうに、あたりの警備設備をみて嘆息を漏らす。そんなイリを横目に、レイジィは落ちている書類を拾い集めていた。


「こんなに踏みつけられて……かわいそうに……」

「これは、読んでおいた方が良いかもしれませんね。当時のことが何かわかるかもしれませんし」


 レイジィが拾い集めた書類を、ヒスイは一緒にぱらぱらとめくり、内容を確認していく。それらは《魔動機文明アル・メナス語》で書かれているようだが、「アルテミス」は魔動機文明の遺跡探索を得意とする冒険者パーティ。彼女たちは、困ることもなく、それらの書類を解読していく。


 どうやら、地面に散乱していたのは、当時の警備兵たちの報告書だった。日付は相当古いもので、おそらくは大破局ディアボリックトライアンフが起きるよりも前のもののようだ。内容は、いたって平凡なもので、日々の出来事がつづられていた。


               **


XXXX XX/XX 晴れ

本日も異常なし。来客の予定等もないため、平常通りの警備体制を維持。

相変わらずここの研究員たちは素気のない連中ばかりだ。

ハーヴィン都市同盟中の秀才天才を集めてるらしいが、面白みのない奴らばかりでうんざりする。

唯一の楽しみは、“お嬢ちゃん”がここに遊びに来てくれることぐらいだろう。


XXXX XX/XX 曇り

本日も異常なし。魔動機の搬入予定ありの為、1番出入口を午後に開閉する予定あり。

警備体制は通常時より3名増員で、出入り口付近を固める予定。

そういえば、あのお嬢ちゃんが今日もまた来てくれた。

どうやら外部から酒類や菓子類の搬入があったらしく、お菓子を持ってきてくれた。

他の連中も聞けば喜ぶだろう。こんど、何かお返ししないとな。


XXXX XX/XX 曇りのち晴れ

本日も異常なし。来客の予定もないため、平常通りの警備体制を維持。

今日はあのお嬢ちゃんにお返しのチョコレートをプレゼントした。

驚いたことに、あの子はお菓子を食べたことがないらしい。

興味はあるみたいだが、まず俺たちにと分けてくれたらしい。根の優しい子なのだろう。

調子に乗って同僚が沢山お菓子を渡してやったら、とても喜んでくれた。

特にチョコレートが好きらしく、夢中で食べていた。今度来てくれたら、また渡すことにしよう。


XXXX XX/XX 雨

第三通路にて水漏れが発生。電気系統と干渉して漏電する可能性あり。

至急、保安要員に連絡したが何やら忙しいらしく、手が付けられないとのこと。

しばらくは立ち入り禁止にすることで対応することとなった。

それにしても、保安要員のすべてが出払ってるとは、本部で何かあったのだろうか……?

あのお嬢ちゃんもしばらく様子をみていない。

まぁ、しばらくしたらまた来てくれるだろう。プレゼントは二つ目のロッカーの中に入れておくことにする。


               **


 ぱらぱらと頁をめくり、彼女たちはその報告書を読み終える。


「……へぇーそっけない秀才天才かぁ。うちはアットホームでよかったねぇ」

「“あれ”がアットホームか。あぁ、本当によかったな」


 エクシアの言葉に、イリは頭を振りながらそうつぶやく。それは、彼女たちの所属する企業「エイズル・レイルウェイ」の研究チームを思い出したからだ。過激な狂気じみた研究も時に行う自分たちの組織を思い出し、つい口を衝いて出てしまった。


「みんなフレンドリーじゃん? あたしとか、まぁレイジィみたいなのもいるけど」

「居心地はすこぶるいい。私もレイジィ寄りだしな」

「うぅ……そんなに言わなくても」


 そんな三人を他所に、ヒスイはぱらぱらと報告書を読み返していた。


「この様子を見るに、きっと何かアクシデントがあったのでしょう」

「そうだよね、それに……二つ目のロッカーって」


 一緒になって読み返していたレイジィは、ふと部屋の端に置かれているロッカーを目にする。時がたち、さび付き建付けは随分悪くなっているが、未だその形を保っている。興味に駆られたレイジィは、今にも倒れそうなロッカーを開いた。

 報告書に書かれていたロッカーはどうやらこのロッカーのようで、「2」と《魔動機文明語》で書かれている。中身を見てみるが、どうやら空のようだ。


「……報告書にあったプレゼントはない、みたい?」

「レイジィ、さすがにお菓子はもう食べられないと思いますよ……」

「ちょちょ、さすがに食べようとは思ってませんって! ロッカーにプレゼントをしまった、って書いてあったからあるかな~って……」


 レイジィの隣にエクシアは並び、


「ん、そいでなんか見つかった? レイジィ」

「いや、なにもなかったです。プレゼントとやらは渡せたらしいですね」


 と二人はロッカーの前で中身を見渡している。


「まぁ、ここはこのくらいでしょう。他の部屋を見て回りましょうか」

「そうだな、もはや見るべきものはここにはなさそうだ」


 ヒスイとイリは再び周囲を確認したのち、部屋の奥の扉へと手をのばす。エクシアとレイジィも二人を追うようにして、その部屋を後にしたのだった。

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