002:忘れられた遺跡
「いやー、買った買った」
多くの人が行きかう、ハーヴェス王国の大通り。そんな人々の喧騒の中に、冒険者パーティ「アルテミス」のメンバー、エクシアの声が響く。
「前回の調査で野営セットなくしてたんだよね。ちょうど買えてよかったよ」
「わたしもいろいろ足りないものが購入できてよかったです」
そうつぶやくヒスイの鞄にも、この街の商店で入手したいくつもの魔晶石が詰め込まれている。魔晶石とは、魔法を発現させるための媒介となる、
「レイジィ、私の背から振り落とされるなよ」
「うぅ……はーい」
エクシアとヒスイのすぐ後ろには、イリとレイジィの二人がついてきている。リルドラケンであるイリの背に、しがみつくようにして乗っているレイジィを、ヒスイは冷ややかな目で見ていた。
「……まったく、歩くことすらさぼるのですか。レイジィ?」
「ヒスイやエクシアが買い物で、時間をかけるのは構わない。それは有意義な時間の使い方だ。だが、
イリは買い揃えた品を運びつつ、ぐっとその背に背負っているレイジィを指さす。
「遅れは同感です。……ですが、毎度毎度背負うのも困りものです」
「仕方がないだろう。28年
「うぐっ……ひ、酷い」
と、イリとヒスイは、無自覚な言葉のナイフでレイジィをめった刺しにしていた。そんなやりとりをみて、エクシアは笑いつつ、
「まぁまぁ、その親子移動ウケるからいいじゃん」
「ですがやはりこんな怠惰な生き様ではだめです! レイジィ、謝ってください!」
「ぐっ……い、生きててごめんなさい……」
と、彼女たちはいつも通りのやりとりを交わす。通りがかる街の人々も、奇妙な冒険者たちに目を奪われつつ、彼女たちは目的の場所へと足を進めていった。
**
マギテック協会から依頼のあった、魔動機文明時代の遺跡調査。その遺跡は、ハーヴェス王国から二日ほど馬車で南下した、アルフレイム大陸でも最南端の位置に存在している。ブルライト地方の南部海域、オーラントレック海の西。「黒点海域」を望むことができる岬が目的地だ。
その目的地まで移動する馬車は、マギテック協会が用意していた。「アルテミス」のメンバーは、遺跡探索をするための準備を整え、協会の用意した馬車へと積み荷を載せる。
約二日に渡る馬車の旅は、ひどく平和な旅であった。馬車の硬い座席に揺られ、お尻が痛いことを除けば、無事平穏な旅路と言えた。
そして、二日目が終わり、その翌日。南から吹く湿った風に、うっすらと潮の香りが混ざり始めたころ。彼女たちの平穏で暇な馬車旅は終わりを迎えたのだった。馬車の進むその先には、蒼い海と空の境界が見え始め、その手前には奇妙に隆起した台地が見え始める。その台地の前には、小さなキャンプ場が設営されており、「アルテミス」の一行を乗せた馬車は、そのキャンプの前で停車した。
「はー……ようやくおしりの痛い馬車とはオサラバかー。研究中のあのバネが実用化できてればなぁ」
馬車から地面へと降り立ったエクシアは、伸びをしながらそうつぶやく。
「んー、海風が気持ちいいですねぇ」
「潮風は羽が傷むな、はやくキャンプで水浴びがしたい」
「海、いい匂い……」
同じく、馬車から積み荷を降ろしているヒスイ・イリ・レイジィの三人組も、新鮮な空気を満喫していた。そんな二人を他所に、
「あーなるほどねぇ、キャンプは結構良さそうだよ。物資もしっかりしてる。何かあったら一旦引いてきて、っていうのもアリだね」
と一足先に、エクシアはベース・キャンプを覗き込んでいた。エクシアの言う通り、遺跡の入り口に設営されているベース・キャンプには、ある程度の物資が詰め込まれていた。頑丈な作りのキャンプには、数週間分の保存食に水、簡単な料理ができる調理場や、水浴びが可能な水桶、寝起きには困らない簡素なベッドも用意されており、しばらく生活するには十分な設備が整っている。
「これは素晴らしい。どうやらマギテック協会は、この遺跡の調査にかなり力を入れているようだな。これなら、遺跡探索が終わったら毎日帰ってきたいぐらいだ」
「とても便利ですね。つまり、それだけ期待されてるってことですか」
イリとヒスイも、馬車から降ろした物資をキャンプに運び入れつつ、中を覗いて設備を確認していく。
「期待されている、というよりかは我々が道を造った後に、他の冒険者を大量に来させるためなのだろう」
やれやれといった表情でイリはつぶやく。そんなイリを見てエクシアは、
「ま、そー言わないでやってよ。んじゃ、そろそろいっくよー!」
と、元気に声を上げ、自身のマギスフィアを起動する。腰に下げた
「そうですね、まずは小手調べ程度に潜ってみましょうか」
「ふむ、仕事開始だな。今度の遺跡は歯ごたえがあるといいが」
「あぁ……安全な自室に帰りたい……。もうやだなぁ」
エクシアにつられるようにして、ヒスイ、イリ、そしてレイジィも己の得物をチェックし、必要な物資を鞄に詰めていく。
こうして、大陸最南端に位置する、謎めいた魔動機文明時代の遺跡探索が幕を開いたのだった。
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