001:明けの明星

 がたごとと、石畳の上を馬車が通る。燦燦と輝く太陽の元、多くの人が行きかうこの大通りは、今日もまた賑やかな喧騒であふれかえっていた。


 アルフレイム大陸南部、ブルライト地方。その中でも、最大級の交易国家であるここ《ハーヴェス王国》は、いつものように商人たちの声で賑わっている。石畳の大通りに出れば、彼らの声が聞こえぬ場所などない。右を見ても左を見ても商人たちが行きかい、行商たちが列を作る。それが“導きの港”の異名を誇る、ハーヴェス王国の見どころの一つなのだ。だが、そんな騒がしい街にも、静謐さに包まれた場所はあった。


 それは、大通りに面した石造りの堅牢な建物だった。建物に掛けられた、黒地に銀の魔動機の図が描かれた旗は、この建物が《マギテック協会》であることを示していた。樫の木で作られた堅牢な両開きの扉の上には、《ハーヴェス王国 マギテック協会支部》と書かた銀のプレートがかけられている。


 内部は、壁一面の本棚に本がしまわれており、白衣を纏う気難し気な顔をした研究者たちが、教会内部をうろついている。だが、そんな中にあって、ひときわ異彩を放つ4人組がそこにいた。


「はぁー……まだ待たせる気? もういい加減待ち飽きたんだけど」


 静かな室内に響くその声は、少女らしさが未だ残る女性の声だ。その声の主は、来賓室と思わしき部屋のソファに腰かけ、ため息を漏らしている。赤いショートカットの髪を揺らすエルフの少女は、むすっとした表情で自前のマギスフィアをいじっていた。


「エクシア、ここでそれマギスフィアをあまり弄るな。変に起動でもしたら困る」


“エクシア”と、エルフの少女に声を声をかけたのは、すぐ隣で腕を組み仁王立ちをきめているリルドラケンだ。竜の子孫、と自負する彼らは「人間」とは見た目が大きく異なり、その姿は二足歩行する巨大なトカゲに、皮膜のついた大きな翼をつけたような姿をしている。ほとんどが非常に屈強な体格をしており、鮮やかな鱗や大きな角を持っている。だが、このリルドラケンはそれとはまた違い、鱗や角の代わりに、黄色い鳥の羽毛のような羽が生えていた。人間の感覚ではわかりにくいのだが、この羽毛のリルドラケンは女性であり、よく見てみれば、どこか女性らしい柔らかさを感じ取れる。


「なにさ、イリだってさっきからずっと腕組んで仁王立ちじゃん。部屋の前通りがかる職員、ずっとイリのこと見てるよ」

「────まったくです、そんな仁王立ちで立ってたら怖がらせてしまうでしょう。職員さんたちに謝ってください、イリ!」


 エクシアの声に続き、少女の高い声が部屋に響く。リルドラケンのイリをにらみつけるのは、エクシアと同じくソファに座る“人間”の少女だ。金色の髪をポニーテールにし、やや勝気な目をしたその少女は、眉根を寄せてイリに詰め寄る。


「ヒスイ、別に私は威圧していたわけではないんだが……」

「腕組んで仁王立ちなんてしたら怯えてしまうに決まってるでしょう」

「そんな理不尽な」


「ま、まぁ皆さん落ち着いて……。依頼人が来るまでゆっくりお茶でもしてましょうよぉ」


 わいわいと騒ぐエクシア、イリ、ヒスイにそう声をかけたのは、4人組の最後の一人。ややけだるげな表情で、出されたティーカップを手にした、淡い青色の髪の少女だ。髪色と対照的な赤いフレームの眼鏡をかけた彼女は、先ほどイリに謝罪を要求していたヒスイよりも、一回り小さな躰をしており、ぱっと見では子どものように見える。だが、ドワーフである彼女はこれでも立派な、成人した女性なのだ。


「む、レイジィ。そういう貴方もなに呑気にお茶なんて飲んでるんですか。これから依頼人と合うというのに、気が抜けすぎです」

「えぇ……だ、出されたから飲んでもいいのかなって……」


「時に、だ。今回の依頼、どういうものなのか聞いてないんだが?」

「私もそういえば聞いていませんね。エクシアに呼ばれてきたのですが……」


 不意に、エクシアを除く3人は顔を見合わせ、きょとんとした表情を互いに見せる。その様子を見たエクシアは、


「あれ、ヒスイに飛ばした手紙に、遺跡調査って書かなかったっけ? あたしなんて書いてた?」


 エクシアのその言葉に、3人は「はぁ」と息をつきながら、未だ誰も事の顛末を聞かされていないことを思い知る。そして口々に『魔動機絡みか……いつものやつか』と、声をそろえて零すのだった。



 彼女たち4人組は、グレートソード級(約一名ブロードソード級だが)の冒険者であり、とある企業お抱えの冒険者パーティ。特に魔動機文明時代アル・メナスの遺跡探索や魔動機調査を得意とする、腕の立つ冒険者たち。その名も『アルテミス』のメンバーだ。

 4人そろって動くこととなれば、そのほとんどは魔動機文明時代の遺跡調査や探索であり、その依頼を受けるため、今日はハーヴェス王国の《マギテック協会支部》へと足を運んでいたのだった。



 彼女たちがエクシアから、今回も魔動機文明時代の遺跡調査だと聞かされていると、客室の扉がノックされ、髭面の神経質そうな男性が部屋へと入ってくる。白衣につけられた銀のバッヂは《マギテック協会支部長》を示しており、今回の依頼の依頼人でもある。

 簡単に冒険者たちと挨拶を交わした彼は、さっそく本題の魔動機文明の遺跡について語り始める。


「……今回貴方がた『アルテミス』に依頼したいのはほかでもない、ここ、ハーヴェス王国より南方で見つかった、魔動機文明時代の遺跡調査です」

「ふむふむ、それでわたしたち遺跡調査を得意とする『アルテミス』を呼んだのですね」

「その通り、まぁ順を追って説明しましょう」


 支部長はヒスイの言葉に頷きながら、依頼の詳細を語りだす。


「遺跡に関してですが、先遣隊の報告によればどうも手つかずの遺跡らしく、内部には貴重な遺物が残されている可能性が高い。……のですが」


 支部長は深いため息をつき、冒険者の顔を見る。


「遺跡内にトラップや、侵入者防止用の防御機構が残されている。との報告が入っております。冒険者の皆様には、それらの排除と、最深部までの安全な経路確保を依頼したいのです」


 と、支部長は依頼の詳細が書かれた、依頼書をヒスイへと渡す。そこには報酬金や達成条件などについてこと細やかに書かれており、冒険者ギルドが認定した正式な依頼であることを示す印も押されていた。


「ははーん。あたしらで調査探索してこいってんじゃなくて、後々そっちが調査できるようにしとけってことね。探索だけじゃなくて脅威の排除と地図作成マッピングかー……ちょっとめんどくさそー」

「ちょっとエクシア! 依頼人の前でなんて失礼なことを、謝ってください!」

「いや~テンション上がっちゃってさぁ。なんつっても魔動機文明の遺跡だし?」


 二人の様子を見て、支部長は、


「確かに手間のかかる依頼ですが、腕の立つ冒険者にしか依頼できませんからね。この手の仕事は」


 と、4人の冒険者たちを見ながら、話を進めていく。


「探索だけじゃなくて罠の無力化、ってなるとねー。そこまで行くと単純な調査じゃなくなるし、あんまり広大なら全範囲にわたって罠の解除は無理かもね」

「脇道にくらい、罠を残して置いたらどうだ? 子ども向けのテーマパークを造りたいわけでもあるまい」


 エクシアの懸念に、イリはすべての罠を解除する必要などないだろうと、言葉を続ける。イリの言葉に支部長もうなずき、


「最低限、最深部までのルート開拓さえできていれば問題ありません。あとはこちらで別途冒険者を雇って、細部の安全確保を依頼しましょう」

「あぁ、それならよさそうだね。あたしたちだけでも、十分に期限内に対応できそうだ」

「とりあえず奥まで行けばいいわけですね……」


 と、レイジィもこくこくと頷いて見せる。概ね遺跡探索に関する基礎情報の共有が図れたところで、支部長は一つ、部屋の隅に置いてある魔動機を持ってきた。


「それと、こちらの魔動機は遺跡の内部で見つけられたマギスフィアの一つです」


 といって、片手に収まるサイズの球状の魔動機────マギスフィアを冒険者たちへ見せる。遺跡からの発掘品ときいて、猛烈にテンションの上がったエクシアは支部長からマギスフィアを受け取り、興味深げに触り始めていた。


「あー……壊さないで下さいよ。一応出土品なんですから。起動して内部を確認しようと試みたのですが、どうも休眠状態スリープモードのようで、起動はできませんでした」

「ふんふんふん? ほほう……触った感じ現在普及しているマギスフィアと酷似した材質だね。しかしいくつか見慣れない追加部品アタッチメントがあるな。これは外部との通信を図るためのパーツか……いや、こっちは……」

「これ叩いたら治りますかね、エクシア?」

「いやいや、レイジィじゃないんだから無理でしょー」

「こいつも叩いたくらいではそうそう動かんぞ」

「わ、ワタシ叩いても動きませんよ?」

「あ、あの……ホントに壊さないで下さいよ!?」


 4人の冒険者を不安げに見つめながら、支部長はそうつぶやく。だが、魔動機に関しては知識欲が振り切れるのか、彼女たちは満足いくまでマギスフィアを触り倒したのだった。



「ふぅ。ま、たしかにこれは“未知”が期待できそうだね」


 ぺたぺたとマギスフィアを触りつつ、エクシアはそうつぶやく。未知への興味は底なしのようで、マギスフィアの表面を入念に調べていたエクシアだが、


「……ん? これは一体……」

「どうしましたか、エクシア?」

「いやね、マギスフィアの表面。よく見てみたら、なんか数列みたいなのが出てるっぽいんだよね」


 その言葉に、その場にいた全員がエクシアの持つマギスフィアの表面を覗き込む。そこには0と1の羅列がいくつも表示されていた。


「これ……なんだろう、初めて見た……」

「レイジィも分かんない感じ? あたしもこんなの初めて見たよ」


 魔動機に詳しい二人でも、このような現象は見たことがないのか、次から次へと現れる0と1の羅列に首をかしげる。そんな二人を他所に、ヒスイとイリは数列を見て顔を見合わせた。


「……この数字、繰り返して何かを伝えていますね」

「そうだな。この紋様の刻むリズムは、ある程度一定な部分がある」


 二人は、魔動機に関することではなく、この数列に関していくつか気が付いたことがあるようだ。


「おそらくですが、これは何かしらの文章を暗号化しているのでは……?」

「あぁ、特に『0111 1010 10010』の部分が連続して表示されている。何かを伝えるための文章なのは間違いない」


 急に仕事の顔に戻った冒険者たちを見て、支部長も少し安心したようで、


「うぅむ……保管中にこんなことはなかったのですが。ひとまず、こちらのマギスフィアは冒険者殿にお預けします。もしかしたら、遺跡内で復旧させる手段があるかもしれません」


 と、マギスフィアを冒険者たちに預ける。


「ふーん? じゃあ預かってと……今回はなかなか楽しめそうじゃない? 前回はイマイチだったからなー」

「そうだな、私としてもいささか不完全燃焼だった」

「前回はかっこよく暴れただけで終わりましたからねー」

「ワタシは楽でよかったんだけどなぁ……」


 と、彼女たち「アルテミス」のメンバーは口々にそうつぶやく。そんな彼女たちを見て支部長は再び不安な気分になりつつも、今後の予定について彼女たちと話し合ったのだった。

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