Ⅳ.太陽はその「輝き」を変えないのに

「ん……うぅ」 


 暑苦しさを感じたアタシは、ゆっくりと上半身を起こす。

 時計を見ると、朝の9時20分。

 安堵あんどし、段々と閉じていくまぶたかつを入れると、ベッドの上で立ち上がり、大きく伸びをする。

 休日は一日中寝ることが出来るスキルを持つアタシなので、予定がある場合の二度寝は厳禁だ。

 いつの回だったか。アラームに加え、定期的に鳴るいわゆるスヌーズまでセットしたにも関わらず、目が覚めると既に夜10時を回っており、あまりのショックに部屋の隅でかたつむりごっこをして次を迎えるという地獄も経験している。

 アレだけは、二度とごめんこうむりたかった。。


 真夏の日差しがカーテンの隙間すきまから部屋に差し込んでいて、その辺りから強烈な熱気が感じられる。

 エアコンは私がタイマーをつけていたのか、まるで口を真一文字に閉じているかのような面持おももちで役目を終え、眠りにいている。

 アタシは安眠しているエアコンをリモコンのボタン一つでたたき起こすと、白いソイツは呪詛じゅそでもくかのようにギギ、と口が開き、部屋の温度に負けないほどのもわっとした灼熱しゃくねつの風を送り始める。


「シャワー浴びよ……」


 依然として眠気が取れず、髪が肌に張り付くほどの汗で、アタシの口も先程のエアコン君と同じ顔になってしまっていた。

 少し熱めの42度でさっと軽く汗を流すと、冷蔵庫に放置されしなしなだった野菜のようになっていた身体がシャキっとする。何だったら肌も水をぷるんとはじいている。

 室内がようやく快適温度になってきたのもあり、気分もじわりと上がって来たので、更なる情報収集を開始するため、テレビをつける。

 すると、ワイドショーではちょうどカズキとデートをする花火大会についての特集が組まれていた。

 テレビの向こうでは、何度か見たことのある同世代の女性アナウンサーが、大きな目を輝かせながら、晴れ渡った空の下でテンション高めの生中継をしている。


「ご覧ください! こちらがこの港街で一番のイベント、あのBEOWベオゥが主催する花火大会の、特設会場となる公園になります! ここからは夜空に上がる花火が最も綺麗に見える場所で、この芝生エリアへは入場料が必要となりますが、既に前売券は完売で、今年も大勢のカップルでにぎわうと思われます! それでは、去年の花火の様子を振り返ってみましょう!!」


 昨日やり取りしていたカズキのメッセージの中にもあったように、この会場へ入場出来る前売券は既に確保しているとのことだったので、まさにここで花火を見ることになるのだろう。

 アタシは思わずにぎったこぶしに力が入った。

 赤や青、白に緑と、様々な色と形の花火が間断かんだんなく夜空を埋め尽くす迫力はくりょくある映像が大写しになる中、そういえば、と一つ気づいたことがあった。


 先程の説明の中にあった、BEOWベオゥのことだ。


 正式名称を「株式会社B.E.O.Wビー・イー・オー・ダブリュー」というその企業は、最近(の回)から急に名前が出るようになった日本の会社だ。

 初めのうちは、風邪に効くような後発薬ジェネリックのCMをしていた記憶があるが、ある回を境にありとあらゆるウイルス性炎症にく特効薬を売り出すようになり、そこから段々と「回」を追うごとに手広く事業を拡大していった。

 今回は日本を代表するIT企業として、アタシの知る2020年代では主流だったアメリカの携帯端末を一掃し、日本はおろか、世界の大半でも、BEOWの端末が最も一般的なものになっているようだ。

 本拠地はこの花火大会の場所である港湾近くの最先端企業が集まる一角にあり、現在では関連企業を含めそのエリア一体はBEOWの街、といっても過言ではないほどだった。


 よくよく考えれば、おかしな話であった。


 他の企業は毎回浮き沈みがある。

 回をるごとにほぼ確実に成長するなんてことは、余程めぐまれた運命あるか、もしくは――。

「BEOWについては、いずれ調べなきゃね」

 アタシは探偵心に火がきそうになったが、深呼吸すると、それは次回にと、まずは今すべきことを再インプットする。

 とにもかくにも、今回の最大のミッションは、私とカズキの関係を修正して、うまく明日みらいへバトンタッチすることだ。



「さて、と」


 昼食は冷蔵庫にあるもので済ませる。

 作り置きしていた明らかに一人分ではない、しかもちょっと手の込んだ朝食を複雑な気分で全てたいらげ、端末のコミュニケーションアプリを起動する。

 カズキからのメッセージが届いており、それに応対する。

 彼は日中用事があるみたいだったが、待ち合わせの時間には十分間に合うとのことだった。

 その中で「お昼過ぎに通話してもいい?」というメッセージが来たものの、そこはうまくかわすことに成功した。

 通話すると、何となくボロが出てしまいそうだったからだ。

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