Ⅱ.アタシには身に覚えのない「コト」

 かみかわかしながら、冷蔵庫に入っていた妙にあまったるいラズベリーのジュースを拝借はいしゃくしつつ様々なニュースサイトを巡回し始める。

 情報の整理。これが、「今日」という日の初めに必ず行うことだ。


 今回は特に大きく変化がないので、少し胸をで下ろす。

 というのも、過去に一度だけ口に出すのもはばかられるような、アタシ自身も明日まで生きられるのか、というレベルの凄惨せいさんな世界情勢を経験してきた。

 あれに比べれば、記事が芸能人スキャンダル一色な今回は、随分ずいぶんと平和なパターンに入る。

 このようにして欠かさずチェックを行っているのだが、結局のところ、与えられた時間は「今日」一日のみ、つまり二十四時間しかない。

 だから、なぜアタシがこんな状況になっているのか、どうしたら明日の朝日を拝めるのかは、皆目見当もついていない。

 過去、何度か家族や親友へ思い切って打ち明けてみたのだけれど、まともに取り合ってはもらえないどころか、狂人やべー奴あつかいされる始末しまつだった。

 勿論もちろん、この事実を証明する手立ても時間もない。

 もし、同じような境遇きょうぐうの人が近くに一人でも見つかれば突破口も見えてくるのかもしれないが……。

 とはいえ、この状況に気づいた当初は出来る限りの時間を使い、あれこれと調べ上げ、名探偵気取りで考察と推理をり返してみたものだ。

 その結果、分かったことも少なからずあった。


 まず、二十四時間が終わり、次の「今日」を迎えたとしても、アタシ自身の記憶は特に問題なく継続けいぞくする。

 なぜか食欲や睡眠欲すいみんよくみたいなものも引きがれてしまうので、初めの頃は前の「今日」で無理しすぎたせいで、次の「今日」はほぼ一晩中寝ていた、なんてこともあった。

 次に、これはとても重要なことなのだが。

 小説やドラマでありがちなのは、毎日同じ「今日」をループして、同じ展開をひたすら繰り返すというパターンで、特に舞台背景は変わらないというのがお約束だと思うのだが、冒頭ぼうとうでもお伝えした通りアタシの場合は、日にちこそ2025年7月19日の土曜日ではあるのだが、とにかく同じではないのだ。

 例えば。

 直前の回で世間を一番にぎわせていたニュースは、妻子持ちの俳優が浮気しており、そのお相手が、それぞれが家庭を持つ二人の女優、というようなものであった。

 それが今回はと言うと。

 どうやら、例の二股俳優は結婚していなさそうで、前回お相手だった女優は、一人が別の男性と婚約こんやく発表しており、もう一人は名前すら見かけず、タレント名鑑めいかんでも全くヒットしない状況であった。

 このような感じで、毎回違う部分がある。

 それは何も世の中に限った話ではなく、「私」の環境についても同様だ。

 視覚的に分かり易いところで言うと、住んでいる部屋は住所も含め毎回変わる。

 今回の私はワンルームの住まいであるが、一番良い時は都心に1LDKのデザイナーズマンションを確保出来ている時もあった。その時は思わず「よっしゃあ!」と勝利の雄叫おたけびを上げてしまったものだ。

 あとは、仕事関係。

 大学の頃から業界をある程度しぼっていたので、同じになる事も稀にあるのだが、基本的にほぼ違う会社に就職している。勤務地は大概が都内か横浜近郊だが、大企業になると名古屋や大阪なんてこともあった。

 幸運なことに土日休みの会社ばかりに当たっていたので、毎回この土曜日をうまく活用していたのだが、いつぞやの時は、土曜も仕事の業界に参戦してしまっており、惰眠だみんむさぼっていた朝、上司なるご年配の婦人に電話で叩き起こされ、あわてふためいて出勤したものだ。

 なお、勤務地の場所が分からず途方とほうれていたが、会社関係のファイルは私らしく戸棚とだなにひとまとめにしていたので、何とかことなきを得た。

 とはいえ、仕事の知識がなさ過ぎたので、その日は思い出したくもない一日になったのだが。

 最後は居酒屋で実質初対面の、同僚どうりょう女子数名と「日が変わる」まで飲んだくれる始末であった。

 これをに全体的な環境の変化だけではなく、身辺しんぺんのことも良く調べるようになったのは言うまでもない。

 そこまで思い浮かべて、先程の「今日の始まり」が頭をよぎった。

 今日は本当に、めちゃくちゃだった。というのも、


 見知らぬ全裸の男の上で、腰を振っていたのだから。

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