ガラスの靴で踊って、廻って

南方 華

Ⅰ.今回という「今日」の始まり

 あれから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。

 薄手うすでのタオルケットを頭からかぶり、ベッドで壁を背中につけ三角座りをしたまま、とにかく心を落ち着けることに集中していたアタシは、ゆっくりと顔を上げると、テーブルの上にある時計を見た。

 照明がついたままの廊下の逆光で、暗い室内でも角張かくばったデジタル数字がかすかに確認出来る。ちょうど一時半になるところだった。


 ――さすがにこのままじゃダメだ。


 先程の一連の出来事で負ったダメージでふさぎこんだ心を鞭打むちうつように、タオルケットをね飛ばし、立ち上がる。

 ベッドのスプリングが派手にきしむ音をバネにしてそのまま床に下りると、少し汗ばんだ身体の汚れを拭い取るため、バスルームへと向かう。

 強めのシャワーを頭に受けると、今までぐちゃぐちゃにき混ぜられ、乱れていた心が急速に落ち着きを取り戻す。

 アタシにとってシャワーはやっぱり大事な儀式だ。

 出来れば一日三回くらいは浴びていたいと、その効能を改めて実感してしまう。

 バスタオルで水滴をふき取り、部屋着に着替え、頭の水気を拭き取りながら、ようやく「今回」を始める心持ちになった。



 アタシの名前は二宮沙希にのみやさき

 入社二年目になる二十五歳のOLだったはずだ、

 結婚もまだで、彼氏もここ五年以上出来ず、独身女シングル満喫まんきつしていたはずだ、

 断言が出来ないのは、それらの記憶全てを随分ずいぶんと昔のことのように感じてしまっているからなのだろう。

 それがどうしてなのか、――理由は簡単だ。


 アタシには、明日が来ない。

 毎日違う「今日」を過ごしている。

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