第48話 それなら問題ないよ
三郎は早速軍議を開いた。先鋒が敗退した今、敵の次なる目標はこの能代城に座する南斗軍本隊である。敵の攻撃は時間の問題であった。
……やれやれ、一昨日徹夜で考えていた甲斐があったな。まあ、必要にならないほうが本当は良かったんだけど。
「まず、現状を確認しましょう。現在の我々の戦力は……」
「儂がここに連れてこられたのは七百ほどだ。他は死んだか逃げたか……」
「秀勝殿が生きておられることがなによりですよ。この本隊はどうですか?」
一人の将が言いづらそうに切り出す。
「……実は、嘉納殿が逃げたと聞いて、兵が逃亡しておりまして……。今は四千ほどまで減っております」
あの豚野郎、とことん足を引っ張るな!
三郎が額に手を当てていると、舞耶が傍で口を開く。
「三郎様、我らの隊からも逃亡者が出ております」
あらら、そうなのか。
「金で雇った者は夜の内に姿を消してしまいました。八咫の里から連れてきた者は皆残っているのですが……」
「ああ、それなら問題ないよ」
どうせ、傭兵たちは数合わせだったからな、元々期待なんかしてないし。それよりも、皆が残ってくれて良かった。
「では、八咫軍三百五十を含めて、我々の現有戦力はおよそ五千ということですね」
思えば、南斗軍は開戦時に一万二千の大軍を擁していたはずなのだ。それが、たった一夜で半分以下にまで減っていた。
「対する敵は秀勝殿が戦われたおよそ三千に、もう一軍が迫ってきていると物見から報告があります。また、天下の堅城である岐洲城が敵の手にあると。総勢では七千ほどかな」
考えれば考えるほど圧倒的不利である。長政の戦略家としての実力が窺えた。
「では、次はこれからの我々の目的です。まさかこの期に及んで拓馬家を攻めるとか言い出さないとは思いますが!」
何人かが顔を伏せる。
やっぱりか、とんだ脳内お花畑だな、と三郎は呆れた。
「我々の目的は『可能な限り多くの兵を生存させて勢良国に帰還する』ことです。これを成立させるための障害は二つ。一つは通せんぼをしている岐洲城、もう一つは迫ってきている敵軍です。これに対処するために、軍を二つに分けます」
「軍を二つに!? 全力で岐洲城を攻めたほうがよいのでは!?」
「いいえ、まず五百の兵で、岐洲城を攻略します」
「五百!? たった五百であの岐洲城を攻略せよと仰るのか!?」
まあ、普通そうなるよな。というか、私は三百で落としたんだが。
「理由はここから岐洲城までの距離です。全軍で動けば一日かかるので、攻略自体が明日になってしまいます。それでは迫ってきている敵軍との挟み撃ちになって我々は全滅してしまいます」
一同が黙り込んでしまう。
「ところが、五百なら半日での移動が可能です。そう、沿岸に控えている大戸水軍の船に乗れば!」
なるほど! と声が上がる。
まあ、また京に借りを作ることになるからな、あとが怖いけど。
「それから、実は岐洲城に細工を仕掛けてあります。この細工を使えば、敵の戦力をほぼ無力化することが出来るはずです」
まさか本当に使うことになるとはな。まあ、鎌瀬のバカ相手なら遠慮なく使えるかな。
「この岐洲城の攻略は、秀勝殿! 貴殿にお任せしたい」
「儂か? しかし、儂はその細工とやらを知らんぞ?」
秀勝が言うのも一理ある。
三郎は岐洲城を実際に攻略した経験があり、例の細工を施した張本人でもある。また、秀勝は『鬼』と謳われるほどの野戦名人なのだ。攻城戦と野戦の二手に分かれるのであれば、前者を三郎、後者を秀勝が担当したほうが理に適っている。
だが、最も憂慮すべきは、敵が五百丁もの鉄砲を配備していることである。秀勝の先鋒が今朝方敗退したのも、これが大きな要因となったのだ。現状で鉄砲に対する攻略法を知っているのは、この先の歴史の知識を有している三郎ただ一人である。
……やっこさんに勝つには仕方ない、知識は最大限に活かさないとな。まあ、幸い岐洲城の細工は京も知っているからな、京なら任せていいだろう。
「大丈夫です、大戸水軍の頭領が知っています。私からの書状も添えますので、協力して攻略に当たってください」
「よかろう、先の戦いでの雪辱、晴らしてくれる!」
秀勝が両手をかち合わせる。今朝の戦では敗退したが、未だ戦意は衰えていなかった。いや、逆にたぎらせているのが秀勝らしい。
やはりこの人が生きていてくれてよかったと、改めて三郎は安堵した。
そこへ、一人の将が声を上げる。
「それでは残った四千五百を持って、ここで敵を迎え撃つのですか?」
「いいえ、ここは放棄します」
どういうことです! と一同がざわめきを上げる。
「この能代城は防御施設が破壊されていますし、すでに敵はここを包囲しようと動いているはずです。このままでは包囲殲滅させられてしまいます」
それも込みで、やっこさんはここを破却したんだな。本当に厄介なことをしてくれる。
「……ですが、まだ包囲網は完成していません。そこで、急いでここから移動して、新たな戦場を設定します」
わざわざ敵の有利な所で戦ってやる義理はないからな、それならこちらの有利な場所に引きずり込んでやるさ。
「ここから西に半日ほど移動した先に、南北に
「しかし、それまで敵が待ってくれますかな、すぐそこまで迫っているのですぞ? それに、移動するとなれば、行軍中の無防備なところへ攻めかかられることになりますぞ?」
「一つ、手があります。反転攻勢に出ている敵を、慎重にさせてしまう手が」
なにせ、あのシナリオには致命的な欠陥があるからな。
そう、私が南斗軍にいると成立しないという、重大な欠点が。
この欠点は、やっこさんも気付いているはずなんだ。でなければ、あんな手の込んだ仕掛けをしてまで、私を排除しようとは思わないだろうからね。
「『南斗軍は総大将が逃げ出して、八咫三郎朋弘が大将になった』と情報をばら撒くのです」
「?? それがなぜ敵を慎重にさせてしまうのですか?」
まあ、ここにいる連中にはわからないかもな。つい昨日まで、私のことを穀潰しだの軟弱者だの引きこもりだのと罵っていたんだから。
そんな私を、やっこさんが一番評価しているだなんて、想像もつかないだろうさ。
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