第47話 やれやれ、相手してやるか

「……来たか」


 三郎は目を開けた。松明たいまつの明かりが近づいて来ていた。


「やあ、早かったね。もう少し後かと思ってたよ」


 三郎は皮肉を言っておどけてみせた。


「いえ、申し訳ございません。遅くなりました」


 その凛としつつも涼やかな声に三郎は振り向く。火に照らされた美しく整った顔立ちは、


「舞耶……?」

「三郎様、お待たせしました」


 八咫家一の勇将、三郎の側近、舞耶であった。


「どうして、舞耶が?」

「三郎様が囚われたと聞いて、家臣一同で南斗家の皆様方に掛け合っていたのです。なかなか応じてくれなかったのですが、今朝になって皆様の態度が変わって、こうしてお救いすることができました」


 舞耶が牢を開けてくれる。三郎は立ち上がろうとしたが、縄で両腕を縛られていたためバランスを崩してしまった。よろめいたところを、舞耶が支えてくれる。


「ああ、ありがとう」

「いえ。……ご無事でなによりです」


 舞耶が安堵の笑みを見せる。三郎は頭を掻こうとしたが、いかんせん腕の自由が効かない。結局、不格好な照れ笑いを返すことしか出来なかった。

 舞耶が縄を解きながら言う。


「外で皆様がお待ちです。参りましょう」






 三郎は地下から出た。日が眩しい。手をかざしながら周りを見渡すと、南斗家の将たちが集まっていた。皆、神妙な面持ちで、こちらを見ている。


 ……やれやれ、相手してやるか。


 三郎は今度こそ頭を掻いてから口を開いた。


「これは、南斗家の皆様。お揃いでお出迎えとは、光栄の限りです」

「八咫殿……、実は……」

「鎌瀬殿が岐洲城ごと寝返った」


 一同が固まる。


 的中してしまったか。となれば、やはりあのシナリオ通りなのだろう。次はアレだな。


「先鋒の秀勝殿が敗退した」

「……そのとおりです」


 敵がまず狙うなら数の少ない先鋒だったからな。しかし、あの秀勝殿が本当に負けてしまうとは、さすがはやっこさんだ。

 そして、最後の仕上げはこれだな。


「嘉納殿が一人で逃げた」

「なぜ、それを!?」


 ははははははははははははは、ここまで来たら喜劇だな。……まったく笑えない。


「それで、罪人である私を牢から出して、一体なにをなさるおつもりですか?」


 どうせ、私の知恵を借りたいって言うんだろう? まあ、みんなバカばっかだからな、自分の頭で考えようという気概もないんだから。そりゃあ私だって死にたくないからな、一応力を貸してやらんでもないが――


「そこまでお見通しなら話が早い。八咫殿に我らをまとめて率いてほしいのです」

「はいはい、知恵を貸すぐらいなら、本を寄贈してくれれば――なんだって?」

「八咫殿、昨夜のお言葉、一同感服いたしました。我ら武士として主命とあらば生命を投げる覚悟はござる。されど、あれほど下々の者まで慮っておられるのは八咫殿しかござらん。何卒、総大将となって、我らを導いてくだされ」


 諸将が一斉に跪く。今まで散々、八咫の穀潰し、軟弱者、引きこもりと罵ってきた連中がである。


 ……おいおい、どういう風の吹き回しだ?


 三郎が呆気に取られていると、別の声が上がった。


「八咫殿、儂からも……お頼み申す……」


 三郎が振り向くと、刀を杖代わりにした秀勝が立っていた。


「秀勝殿、ご無事でしたか!」


 三郎は思わず秀勝に駆け寄った。秀勝の右脇に手を差し入れ、身体を支える。

 甲冑には至るところに刀傷が残り、秀勝自身憔悴しきっている。南斗家最強の『鬼』と呼ばれる豪傑がここまで追い詰められるとは、長政の実力はいかなものか。


「不甲斐ない……。多くの味方を失ってしまった。儂は、またしても……」

「秀勝殿が生きておいでなら、まだ希望はあります」

「……敵は見たこともない新兵器を持っておった」


 え? と三郎は問い返した。嫌な予感がした。


「鉛の礫を飛ばす、火を噴く筒だ」


 ――鉄砲か!! なんてこった、時代はそこまで進んでいたのか。


「それも、かなりの数だ。百……いや、五百は下らないだろう」

「五百……!」


 三郎は思い出した。岐崎湊の商人の言葉を。


『……なんでも、大量に買い占めた者がいたらしく、他の港でも品薄になっているとか』


 あの鉄砲を買い占めたのは拓馬家だったのか。しまった、あの時に誰が買い占めたのか聞いておくんだった。知っていれば、まだ対策が立てられたのに……!

 いや、今更言っても遅い。それよりも、五百丁なんて大量の鉄砲を戦場で運用するだなんて、やっこさんは時代の先駆者にでもなるつもりか。まるで、織田信長のように。


 そこまで考えて、ふと三郎は思いとどまった。三郎は過去に転生したのではない。前世とは異なる時系列でこの世界は動いているのだ。だが、だからといって、それがこの世界に『英雄』を生まない理由にはならない。


 ……そうだ、確かにこの世界に織田信長は存在しない。だけど、この世界における、織田信長の役割を担った『英雄』がいたっておかしくないんだ。

 それが、あの鹿島長政だというのか……!


「貴殿、その様子だと、知っているのだな。新兵器についても」


 三郎はゆっくりと頷いた。


「では、やはり貴殿しかおらん。貴殿にはアレに対抗できる手段があるのであろう?」

「……あるにはあります」


 三郎は大きく息を吐き、周囲を見渡した。

 秀勝が強い眼差しを向けている。

 南斗の将たちが願うような面持ちで見つめている。

 そして舞耶が、ニコニコと微笑んでいる。


 ……状況は最悪だ。

 補給線は断たれ、頼りの秀勝殿は敗れ、総大将は敵前逃亡。

 敵の包囲はすぐにでも完成し、しかも新兵器を装備し、そしてなによりやっこさんは織田信長に相当する英雄だ。

 これで、勝つ。いや、勝たなくても、皆を守ることが、果たして私に出来るのか?

 八咫のみんなだけならともかく、南斗の人たちも含めた、ここにいる全員を、私のこの小さな手で……。


 目を閉じた三郎の脳裏に、前世の後輩の姿が浮かんだ。


 そうだな。初めから、心は決まってるんだ。

 ……後悔はしたくない。


「わかりました」


 三郎は腹を決めた。


「この八咫三郎朋弘が、僭越ながら引き受けさせていただきます!」


 おお! と歓声が上がる。


 ……あーあ、期待されたものだな。


 三郎がまた頭を掻くと、舞耶がやはり嬉しそうに微笑んでいるのだった。

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