第46話 考えすぎであればいい

 縄で縛られた三郎は、獄中で身を投げだして寝転がっていた。

 明かりはほとんどない。能代城の地下武器庫跡に急ごしらえで作られた牢屋なのだろう、遠くの方に地上への出入り口から漏れる微かな光だけが闇に浮かんでいる。


「あーあ!」


 と、暗闇の中にため息を投げた。


「チクショウ! 結局、私のやってきたことは無駄だったんだ! 八咫家を守ってきたことも、戦を終わらせようと動いてきたことも、南斗家の連中に忠告してきたことも。……私は、なにも守れなかったんだ。もう一度、チャンスを与えられたというのに」


 前世の部下を思い浮かべる。

 三郎は周りのバカのせいで死んでいった彼を救えなかった。だからこそ、転生した今生ではやれるだけのことはやろうと、努めてきたのである。

 研究がしたい、仕事なんてしたくない、なんて悪ぶっていても、なんだかんだやってきたのだ。

 だが、この大一番で、南斗家の連中を説得することが出来なかった。


「一体私は、何のために転生したんだ」


 あの場所がラストチャンスだった。あの軍議の場が三郎にとってのラストチャンスだったのだ。そこでも、誰一人納得させることが出来なかった。


「こんな悔しいことがあるか」


 涙を堪えるように歯を噛みしめる。

 三郎は、己が不甲斐なかった。実力の無さが情けなかった。

 後悔しないようにと、やれるだけはやってきたのだ。しかし、結局何一つ守れなかった。己がいかに惨めでちっぽけな存在であるか、改めて思い知らされたのだった。


『私はたしかにバカは嫌いだが、かと言って自分が誇れるような人間でもないことは自覚してるつもりだ』


 岐崎湊で己が放った言葉を思い出す。

 長政は謙遜だと言ったが、今となっては高慢も甚だしく思えた。


「なにが自覚してるだ、なんにもわかってないただのバカじゃないか。鎌瀬のことなんて笑えるもんか、やっこさんにだって――」


 そこまで考えて、三郎はふと止まった。

 鎌瀬、長政、そして敵への内通。

 それらのワードを組み合わせて、一つの可能性に気づく。


「そんな……、まさか。いや、しかし……」


 三郎は敵への内通を疑われて捕まった。密告したのは鎌瀬だという。

 三郎に内通の覚えはないのだから、鎌瀬の策略と考えるのが普通だ。

 ここまではいい。

 問題は、鎌瀬の策略が、誰かの入れ知恵だった場合である。

 候補者は挙げればきりがないが、その中でもとりわけ厄介な人物が一人いる。

 そして、その人物であれば、現在進行系で最悪の事態に陥ってることになるのだ。


「証拠はなにもない。憶測の域を出ない。しかし、仮にこれが正解なら、すべてのピースが揃ってしまう。そう、南斗軍を全滅させる、あのシナリオのピースが」


 不足していたピースは、二つ。

 一つは、三郎を南斗軍から排除すること。しかし、これはすでに成立してしまった。

 残るもう一つは、南斗軍の補給線を絶つこと。


「考えすぎであればいい。だが、もしやっこさんだとしたら、次に起こるのは――」






 翌朝、嘉納頼高は清々しい気持ちで目覚めを迎えた。


「気持ちの良い朝じゃのう」


 なにせ、あの生意気で鬱陶しかった三郎を牢に放り込むことが出来たのだ。これまで散々辛酸を嘗めさせられた鬱憤を晴らせて爽快だった。

 あとは、風前の灯火である拓馬家の本拠を落とせば、万事上手くいくのである。こんなに心が踊るのは久しぶりだった。


「殿! 殿ーッ!!」


 家臣が寝所に駆け込んでくる。


「なんだ、うるさい! 朝くらい静かにできんのか!」


 せっかく気分良く目覚めたのが台無しである。頼高は怒り狂った。


「それが、一大事にございます!!」

「ええい、うるさい! あとにしろ!」

「いえ、それが……岐洲城が……」

「なんだ! 鎌瀬殿の守る岐洲城が何だというのだ!?」

「その鎌瀬殿が、岐洲城ごと、敵に寝返りました!!!」

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいい!!!?!?!??!?!!???」


 頼高にとってまさに青天の霹靂であった。満久は、頼高にとって最も信頼を置いていた、云わば盟友なのである。


「そんなバカなことがあるか!? 鎌瀬殿はワシに八咫の寝返りを教えてくれたのだぞ!? それだけではない、こたびの遠征も鎌瀬殿が提案したのだぞ!? 何かの間違いに決まっている!!」


 そこへ、別の家臣が駆け込む。


「殿、一大事にございます!!」

「今度はなんだ!?」

「先鋒の南斗秀勝殿の軍が敵の奇襲にあい、敗北! 敵が、こちらに向かっております!!」

「そんなバカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!!!!!!」






 これら二つの凶報は瞬く間に南斗の陣を駆け巡った。それを聞きつけた各将が一斉に頼高の元へ押し寄せたのである。


「岐洲城が寝返ったというのはまことですか!?」

「あの『鬼秀勝』が敗れるとは、敵は一体何者なのです!?」

「我らは敵国内に孤立しております、この後いかがなされるおつもりか!?」

「岐洲城が敵の手にあるのなら、我らに逃げ道はございませんぞ!?」


 皆、口々に言うばかりで誰も提案しようとしない。あまつさえ、この事態は頼高の責任だと言わんばかりである。まあ、その通りなのだが。


「ええい、うるさい! たとえ岐洲城が奪われようと、拓馬家を滅亡させれば問題ないわ! 敵の本拠は目と鼻の先なのだ、ここで退くわけにはいかん、絶対にここを死守するのだ!!」


 そう言い放って、頼高は各将を追い返してしまった。諸将も納得はいかないが、誰も提案出来ないのだ、渋々自陣に帰るしかなかった。






 その数分後。

 能代城の搦手口から抜け出る一人の男がいた。男は馬に乗っているが、頭から衣を被って顔を伏せていた。そうして木戸を抜けようとして、警護の兵に呼び止められたのである。


「貴様、何者だ! どこへ行く!」

「いや、ワシは……」

「怪しいやつ、その衣を取れ!」

「あっ、やめ……!」


 抵抗する男に構わず、衣を剥ぎ取る。するとそれは、


「これは、嘉納殿!」


 総大将の嘉納頼高である。


「失礼いたしました、嘉納殿とは知らず、申し訳ございません!」

「よい、だから、そう声を上げるな」

「ハア、なんと?」

「そうだ、お主以外に、ここに人はおらんのか?」

「ハッ、某だけでございます!」


 それはよかった、と頼高は声を低くして言った。

 ハア? と首を傾げた兵だったが、次の瞬間、その首が地に落ちた。続けて、主を亡くした胴体が仰向けに倒れる。


「……悪く思うな。ワシが生きてこそ、南斗家の再興が叶うのだ」


 頼高は刀を鞘に納め、馬を走らせた。向かうのは南――海の方角である。


「走れ、早く走れ! 敵が来る前に!!」


 嘉納頼高、南斗軍総大将の敵前逃亡であった。

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