第44話 これだからバカは困るんだ
「八咫殿が我らを不利に導きたい旨、重々承知した」
……は?
「ガハハ……! ついに化けの皮が剥がれたな、この裏切り者め!」
「なに、どういうこと――」
「者共! こやつを引っ捕らえろ!!」
陣幕を破って武者達が躍り出る。そのまま一斉に飛び掛かられ、無抵抗な三郎はあっという間に取り押さえられてしまった。
なんだ、一体何が起きてるんだ!?
「嘉納殿! これはどういうことです! 私が何をしたと言うのか!」
「フン、貴様が拓馬家に内通していると、密告があったのだ」
なんだって! 内通だなんて、そんなわけあるか!
「密告者が言っておったのだ。『八咫殿は拓馬家に味方しているため、南斗家が拓馬家を攻め滅ぼそうとすると必ず止めるように主張するはず』だと。まさか本当にその通りになるとはな、見損なったぞ、八咫殿」
――ハメられた!
三郎は直感した。己の思考とそこから生じる行動を、完全に読まれていたのである。だが、これだけで捕らえるというのは、暴論に過ぎる。
「冤罪だ! 私が内通しているという物的証拠はあるのか!」
「ふん、見苦しいわ! 問答無用だ! こやつを牢にブチ込んでおけ!」
「なにっ!」
もはや秩序も何もなかった。ただ、三郎を貶めたい、その結論ありきで事が進んでいるのだ。しかも、三郎に味方しようという者は一人もいなかった。周囲は三郎を見下し、嘲笑するばかりである。
生意気な穀潰しが、いい気になりおって、大人しくしていれば良いものを、まこと惨めなことだ、ああ、せいせいした。
そういった眼差しを三郎に投げている。
こいつら……!
「ガハハ、すべては鎌瀬殿の言う通りであったわ! さすがよのう!」
鎌瀬だと! あのバカの狐、私を貶めるために、こうまでしたというのか……!
三郎は、奥歯を噛んで目を落とした。
……こんなバカな話があるか。ここで行動しなければ、翌朝には全滅してるかもしれないんだぞ。自分の命だけじゃない、ここにいる一万の将兵、その生命がかかってるんだぞ。それなのに、内部闘争なんかに目がくらんで、身内を蹴落とすことしか考えていなくて、それで吊し上げたら鬼の首を取ったように喜びやがって……!
これだから……!
「……これだからバカは困るんだ」
「ン、なにか言ったか?」
「これだから! バカは困ると言ったんだ!!」
三郎の大音声が響く。その場にいた全員が度肝を抜かれ、身をこわばらせた。
「状況を正確に把握することもなく、他人の言うことにも耳を貸さずに、勝手な思い込みで判断して! さらに敵を倒すことよりも、味方を蹴落とすようなことばかり考えて! それで、皆を守れると、思っているのか!!」
三郎は今まで倒してきた相手を思い出す。
三次川の前哨戦、本戦、そして岐洲城攻略戦。彼らが何故敗北したのか。それは、彼らが部下を守ることよりも、己の私利私欲のために動いてきたからである。そして今、三郎の目の前にいる豚野郎もその一人になろうとしている。
三郎の脳裏に、夢に出てきた、いや前世の部下の姿が浮かんでくる。
「それじゃあ、行ってきます! 先輩、また……」
あの日、そう言い残して営業に出かけた後輩は、ついに帰ってこなかった。三郎が遅くまで会社で待っていると、代わりに一本の電話が入ったのである。
――お宅の営業マンが、車で事故を起こしたと。
三郎が病院に駆けつけると、凄惨な姿に変わり果てた後輩と再会したのであった。即死だったと、医師からは説明された。
後輩は、車を運転中に過労で意識を失い、対向車線から来ていたトラックと正面衝突を起こしたのだった。その前日、ミスを犯した上司が自分の不始末を隠すために、後輩に担当の得意先を押し付けていた。後輩は二十連勤の挙げ句、引き継ぎもままならない得意先に向かう途中に事故を起こしたのだった。
翌日には、後輩が待ち望んでいた代休が控えていた。
……アイツが死ななきゃいけない理由はどこにもなかった。
アイツはなんのために死んでいったのか。
どうして私利私欲で動くようなバカのせいで、アイツが死ななければならなかったのか!
……私は自分が不甲斐なくて仕方なかった。
アイツを守ることが出来なかった自分が、何よりも情けなかった。
だから、もう二度と、後悔しないと心に決めたんだ!
私はもう、アイツのように理不尽な命令に付き合わされて、それでも一生懸命に応えようとして、「救けて」とも言えずに苦しみを抱えたまま死んでいくようなやつを、私の周りから出したくはないんだ!!
「一度でも、切り捨てられる側の人間の気持ちを考えたことがあったか!! 己の愚かな判断で無為に死んでいく部下の気持ちを考えたことがあったか!! ……いや、考えたことがないからこんなふざけた真似が出来るんだろうな。そんなことで、ここにいる人間の生命を守れるのかと、私は言っているんだ!!」
三郎は頼高を正視した。
相手の豚は怒鳴られて激しく紅潮しているが、目は虚ろに泳いで口はパクパクとわなないている。反論したくても、なにも言葉が出ないのだろう。
周りの一同も、おずおずと互いを見合わせ始めた。彼らだって三郎の言葉に思い当たるフシはあるのだ。
ようやく、頼高が声を絞り出す。
「……罪人が何を言おうと、戯言に過ぎん。早く、早く牢に連れて行け!」
「しかし、その、嘉納殿。八咫殿の仰ることにも一理あります、ここは再考なさってはいかがでしょうか?」
一人の将が恐る恐る提案する。それに頼高は激昂した。
「貴様、ワシに刃向かうと言うのか!? ワシが私利私欲のために動き、貴様らを見捨てると、そう言うのか!?」
「いえ、そのようなことは……」
諸将が顔を伏せる。その反応に頼高は自分の信頼が揺らいでいることを悟った。
「ええい、この罪人に味方するやつは同罪だ!! 牢に入りたくなければ、ワシについてこい、貴様らはワシの言うことを聞いていればよいのだ、ワシに従え!!」
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