第43話 まったく、よく言うよ

 三郎は軍議の席を見渡した。

 ほとんどの将が参列しているが、南斗秀勝ら先鋒隊の姿がない。この能代城は規模が小さいため、全軍を収容することが出来なかったのだ。先鋒隊は、ここから川を挟んで東側、より瀬野城に近い場所で野営していた。


 ……秀勝殿と今後の戦略についても話したいことがあったんだけどな。しかし、どうして先鋒の面々を呼ばないんだ? これじゃあ、軍議を開く意味がないじゃないか。


 三郎が小さな疑念を抱いていると、中央に座っていた大将の嘉納頼高が声を上げた。


「よいかな、皆の衆! ここまで大した苦労もなく来れたのは僥倖であった! やはり、この時期を選んだのは正解であったな!」


 おいおい、と三郎は鼻白んだ。


 ……まったく、よく言うよ。昼の戦いで味方を置いて逃げ出したのはどこのどいつだ。あの時、私が敵の側背を突いていなければ、全軍崩壊していたっておかしくなかったんだぞ。


「たしかに、敵の反撃はあったが、小競り合いをしただけで、我らに恐れおののいて退いていきおった! 奴らの不甲斐ないことよ!」


 そうだそうだ! と、称賛がほうぼうから上がる。もはや三郎は呆れて物も言えない。


 ……やっこさんの思惑通りだな。見事だ。


 三郎は明洲原の戦いの戦略的意義について考えていた。

 長政の戦略構想自体は、焦土戦術により南斗軍を自領内深くにおびき寄せ、補給線を絶った上で反転攻勢に出て一気に殲滅することにあると見て間違いない。

 なぜなら、三郎自身、己が敵であればそうするだろうと考えていたのだから。

 しかし、それでは明洲原の戦いは戦略的に誤った行動となる。なにせ、南斗軍の補給線は未だ生きているのだ。

 戦いの最中で豚の頼高が、大戸水軍がいるであろう海岸線へ向かって逃げ出したのが何よりの証拠である。

 また、橋頭堡たる岐州城も城主の鎌瀬満久含めて健在なのだ。

 では、なぜ長政は明洲原で戦ったのか。長政ほどの有能な武将が、なぜ戦略的に不十分な条件で開戦に踏み切ったのか。


 ……おそらく、わざと負けて見せたんじゃないかな。


 つまり、長政としては、南斗軍にせいぜい油断してもらったほうがありがたかったのである。前線基地である岐洲城から最も遠く、海上支援部隊である大戸水軍からも離れて、敵の本拠地の目前で安心して野営するよう、誘導したかったのではないか。

 事実、南斗軍はここ、能代城で野営し、大将から下々に至るまで余裕をぶっこいているのである。


 ……こうなったら、私が説得する他ない。このバカたちが話を聞いてくれるかわからないが、やれるだけはやろう。……はあ、秀勝殿がいてくれればなあ。


「敵の戦意は低い! 奴らはもはや城から出てくることもないであろう! よって、今宵はしっかり休め! 明日、瀬野城を総攻撃する!」


 おお! と、歓声が上がる。だが、それを破って、お待ち下さい! と凛とした声が通った。

 三郎である。


「敵が籠城すると決め込むのは危険です。ここは逆襲に備えて、慎重に警戒するべきです」

「八咫殿、この期に及んでなにを言うか!」

「敵の行動を決めつけるのは危険だと申しているのです。そもそも、ここまで大した抵抗もなく進んでこれたのを怪しく思いませんか? この能代城だって破却されているのは、我々に利用させないため。敵には予めこの城を破却するだけの時間があったのです。……敵は、我々を自領に深く誘い込み、罠にはめようとしているのではありませんか?」


 三郎の予測では、敵の反撃は明朝。


 ……ここが分水嶺だ、ここでの判断を誤れば、南斗軍は壊滅する。


「たしかに、我軍は敵の本拠地まで肉薄することができました。しかし、未だ瀬野城を包囲するには至っていません。敵軍が我らに怯えてこもっているのではなく、我らを殲滅する機会を伺っているのだとすれば、まさに今がその機会なのです」

「であれば、どうせよと言うのだ」


 不機嫌そうに頼高が言う。


「先鋒の秀勝殿と共同し、夜のうちに海岸線まで一度後退します。そして、岐洲城の鎌瀬殿に、瀬野城へ向けて西から北へ大回りして攻めるよう伝達します。これで、仮に敵が反撃に出てこようとも、大戸水軍との連携でこちらの被害は最小限に抑えられるでしょう。また、鎌瀬殿の別働隊が裏から城に接近すれば、敵軍は城に引かざるを得ません。そうすれば、我々は安全に瀬野城を包囲することが可能でしょう」


 三郎が温めていた腹案であった。

 これならば間違いない、とひと晩かけて編み出したのだった。

 周囲の将たちも顔を見合わせてざわめく。いくらバカどもであっても、わからぬ話ではなかった。

 そして、頼高も膝を打つ。


「なるほど! 八咫殿のお考えはよくわかった!」


 三郎は細く息を吐いた。


 ……よかった、これで私は――

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