第38話 とんだ藪蛇だったかも
三郎は秀勝に連れられ、とある一室に案内された。途中に秀勝の配下の者が立っていたため、秀勝に割り当てられた宿舎だろう。
さて、と腰を据えた秀勝が切り出した。
「貴殿、この戦、どう見ておる?」
「どう、というのは、勝ち目のことでしょうか、それとも戦の意図についてでしょうか?」
「ガハハ、やはり貴殿は聡いの! ぜひ双方とも伺いたいものだ」
「……勝ち目という点では、それなりの戦果はあるとは思います。相手よりも多い兵力を用意するという戦略の基本を満たしていますので、どこかの拠点を攻略することは出来るでしょう。ただ、その支配を恒久的なものとするのか、あるいは拓馬家を滅亡させるまで戦うのか、どこに戦略目標があるのかが不透明ですから、我々は敵国の最中で迷子になるかもしれません」
「ウム、儂も同じように考えておる。あの頼高めが変に欲を出さねばよいがな」
そうだよなあ、あの豚野郎が総大将だからなあ。バカはホントすぐに調子乗るからな。
「むしろ懸念材料としては、戦の意図の方でしょうね」
「貴殿もそう思うか」
はい、と三郎は答えた。
「まず開戦の時期です。そもそも、南斗家と拓馬家はこの岐洲城が争点だったはずです。それが手に入ったのですから、南斗家としては悠々と事を構えて国力の回復を優先すればよかったのです」
だからあれだけ頑張ってここを攻略したってのに! 仕事を増やすためにやったんじゃなくて、これ以上仕事したくないから、押し付けられてもやってやったんだ!! それを、あの豚と狐め……!
「次に動員した兵力です。前回の三次川の戦いだって動員したのは六千でした。それが、今回はその倍です。明らかに国力を越えた無理な動員と言わざるを得ません。現に兵糧は一月分しか用意できていませんし……」
「貴殿の言うとおりだ。儂はどうも、頼高や満久が私利私欲のために動いているように思えてならないのだ。このままでは、この南斗家は奴らの食い物にされてしまう」
秀勝が拳を強く握る。『鬼』と謳われる猛者が、怒気をたぎらせていた。
「……儂はな、この南斗家の、当主の
三郎は前々からの疑問をぶつけてみた。
「秀勝殿ほどの実力があれば、嘉納殿や鎌瀬殿に大きい顔をさせないように出来たはずです。いえ、いっそ秀勝殿が家督を継いでいれば!」
すると、秀勝は笑って頭を振った。
「儂は連中のような小細工がどうもニガテでな。それに、儂は秀仁殿にこの南斗家を率いていただきたいのだ」
「なぜ、そこまで……」
……昔のことだ、と秀勝は語りだした。
今から五年ほど前のことである。
当時から秀勝の勇名は近隣に鳴り響いていた。秀勝自身、己の実力に自信を持っていた。それがとある戦において、敵の挑発に引っかかり猪突してしまったのである。
多数の敵の中に孤立し、秀勝は絶体絶命の危機に陥ったのだ。窮地の秀勝を救ったのは、秀勝の兄であり当時南斗家当主だった
秀幸の勇戦によって秀勝は辛くも脱出に成功する。だが、代わりに秀幸が重症を負ってしまう。その後の秀勝の働きによって戦には勝利を収めたものの、当主の秀幸は戦の傷が元で帰らぬ人となってしまった。
秀幸の忘れ形見が、現当主の秀仁だった。
「……兄上は己の命を投げ売って儂を救ってくれた。だから、儂は兄上の遺したこの南斗家と秀仁殿をなんとしても守り抜きたいのだ。儂の命を投げ売ってでも!」
そうして、秀勝は三郎に向き直った。
「そのために、八咫殿! 貴殿の力を借りたいのだ!」
……なるほど、と三郎は納得した。
「ええ、そういうことであれば。私も、誰かを守りたいという気持ちはわかりますから」
「おお、そうか! 儂はな、ゆくゆくは貴殿に南斗家の家老職に就いてほしいと思っているのだ」
「いやいや、私は八咫の人間ですよ! それにそんな要職は荷が重すぎます!」
八咫家の当主だって大変なのに、これ以上仕事したくないんだって!
「ガハハ、そう謙遜するな! 貴殿ならば問題ないわ! それに儂はこれでも執念深くてな、逃がしはせぬぞ、八咫殿!」
「やれやれ。これは、とんだ藪蛇だったかもしれませんね」
ガハハ、という秀勝の笑いに、三郎も釣られて微笑んだ。
「それでは、私はこれで。……本当は秀勝殿のお側で戦いたかったのですが」
そのほうがラクできるからな。
「儂のことは案ずるな! 頼高が大将では不安でな、本隊は貴殿に任せた」
「やれやれ、やはり私には荷が重すぎますよ」
二人は笑って立ち上がった。
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