第33話 研究さえできればそれでいい

 三郎はずっと考えていたことがあった。

 三郎が転生した今世は、確かに三郎の知る前世とは異なる歴史を歩んでいる。三郎はタイムスリップしたわけではないのだ。

 だが、完全に同じではなくても、似たような時系列で進んでいることは間違いないのだ。

 だから、現時点で外国から伝来していてもおかしくなかった。戦争の在り方を変えてしまう、当代の新兵器『鉄砲』が。


 三郎は三次川の戦い、岐洲城攻略戦と二度の戦いを経験したが、いずれも弓や槍、刀が主であり、鉄砲を使用する部隊はいなかった。

 つまり、鉄砲は伝来しているかもしれないが、まだ実戦では導入されていない段階なのだ。


 戦争の革命とも言われる鉄砲だが、導入することをためらうだけのデメリットも存在する。

 第一に、連射性能の低さだ。

 当時の鉄砲――いわゆる火縄銃――は先込め式と呼ばれるもので、一発撃つごとに弾丸と火薬を筒の先端から入れる必要があった。その装填作業に時間を取られるため、次弾の発射まで、およそ三十秒前後かかる。

 これが弓であれば、射撃間隔はおよそ五秒、弓の名人と謳われる舞耶であれば三秒での連射が可能である。一瞬のスキが命取りになる戦場で、これだけの空白期間があるのは大きな弱点だったのだ。

 鉄砲のこのような弱点を補い威力を最大限に発揮するためには、大量にかつ集中して運用することが求められる。だが、それにはもう一つのデメリットが立ちはだかる。

 つまり、第二のデメリット、鉄砲の運用における高額なコストだ。

 三郎が調査したところ、鉄砲は国内での量産体制が未発達であり、大部分が輸入に頼っていた。そのため、鉄砲そのものが高価である。

 それだけではない、鉄砲は本体だけあっても弾丸と火薬がなければただの玩具でしかない。特に火薬の原料である硝石は国内での製造法がなく、こちらも輸入に頼るしかなかったのだ。

 初期費用が高い上に、ランニングコストも馬鹿にならない。莫大な資金力がなければ鉄砲を戦場で運用することは難しかったのだ。


 ……まあ、大量に運用することはウチの財政じゃあ出来ないだろうけどね。

 ただ、十丁でも揃えることが出来れば、相手にとって多少の驚異になるはずなんだ。なにせ、数十年は時代を先取りすることになるんだから。


 そう考えていたのだが――


「ないのか? 一丁も?」

「へえ、申し訳ございません」


 店主が店に一つもないと言うのである。


「ええ、そんな! あれか、私が下郎に見えるからか!? 金ならちゃんとあるぞ!?」

「いや、まさかそのようなことは――」

「店主、本当にないのだな?」


 陽キャが刀を手にしながら問いただす。慌てた店主が頭を床に擦り付けて言った。


「は、はい! 本当にないのです! なんなら蔵の中を調べていただいても構いません!」

「……じゃあ、次はいつ入荷するんだい?」

「そ、それも、わかりません……」

「そんな……」


 三郎は困り果てた。十丁は無理でも、せめて一丁くらいは買えるだろうと思っていたのである。それが、入荷の予定もわからないとは想定外だった。


「うーん、ウチの里じゃあ手に入れるのが難しかったから、ここなら直接買えると思ってたんだけどなあ……」


 店主が恐る恐る顔を上げる。


「……なんでも、大量に買い占めた者がいたらしく、他の港でも品薄になっているとか」


 へえ、と三郎は驚いた。


 もしかしたら、鉄砲の有用性に気づいたやつがいるのかもしれない。南斗家はバカばっかだけど、他所にはバカじゃないやつもいるってことか。


 やれやれ、面倒だな、と三郎は頭を掻いた。

 いくら三郎に未来の知識があろうと、三郎の八咫家にはそれを活かせるだけの力はない。戦場で圧倒的優位に立つには、それを支える地盤と産業が必要なのだ。それは知識だけでは補えない。


 ……とは言え、土地や金が欲しいかと言われると、そんなことはないからなあ。

 私は歴史の研究さえできればそれでいいし、なにより働きたくないからな!


 そう、三郎には領土的野心がない。権力欲も金銭欲も一般人に比べて欠乏していた。あるのは、際限ない知識欲である。

 それと、もう一つ。


 ……一応、対策だけはしておくか、鉄砲を使うやつが出てきてもいいように。

 皆を守らなくちゃ、いけないからな。

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