第29話 第八次・岐洲城攻略戦 六

 継信にすがりつくように武者が叫ぶ。


「殿! ダメです、城に取り付くことも出来ませぬ!!」

「ええい、どいつもこいつも!!」


 なぜだ、なぜこんなことになったのだ!

 これまでたとえどんな大軍で攻められようともことごとく打ち破ってきた。天下の堅城と全国に知れ渡るまでになったのだ。

 それが、たった三百の、それも穀潰しの軟弱者の引きこもりの若輩者に奪わるようなことになってしまうのだ!?


「許せん、許せんぞおおおおおおおおおお!!」

「殿、あれを!!」


 将が海の方向を指して叫ぶ。継信が振り向くと、河を埋め尽くさんばかりの船団がこちらに向かってきていた。


「あれは、大戸水軍です!!」


 見る間に、継信軍の船が次から次へと炎上する。大戸水軍が火矢を放ったのだ。

 燃え始めた船上から兵たちが我を競って河へと飛び込む。やがて継信と大戸の船との間に遮るものがなくなった。

 そして継信は見る。船団の中でも一際大きい船、その舳先に朱色に反射する甲冑に身を包んだ美しい姫武将が立っていることに。

 姫武将が弓をつがえて構える。


「ヒイッ、誰か、ワシを守れ、守らんか!?」


 だが、継信が周りを見渡しても、誰一人動こうとしなかった。むしろ、冷ややかな目で見つめているのだ。

 もはや、継信の盾となって戦おうとする者はいなかったのである。


「き、貴様ら、ワシを誰だと思っている! ワシは、岐洲城の城主、三宅継信ぞ!!」

「岐洲城は敵の手に落ちました! 殿は、いやアンタは、もう城主でもなんでもない!!」


 家臣の一人が、震える声で言い放つ。


「きさまあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 継信がその家臣へ飛びかかろうとしたその時。一本の矢が、継信の眉間に突き刺さった。






「へえ、アンタやるじゃん!」


 京は舞耶の肩を叩いた。ちょうど、舞耶に射抜かれた三宅継信が、川面にその身体を伏したところであった。

 京は舞耶の弓の腕前を初めて目の当たりにしていた。噂には聞いていたが、側で見ていればその凄さがよくわかった。


「当たり前だ! 某がぬかるわけないだろう!」


 舞耶がぷいっと横を向く。もっと可愛げがあればいいのにと思う一方で、これだから可愛いのか、とも思い直す京であった。

 ふと見れば、拓馬の軍船が次々と舳先を返していく。


「あーあ、大将がやられたくらいで逃げちゃうなんてねえ。情けないったらありゃしない」

「いや、これでいいのだ」

「どういうことだい?」

「三郎様が言っておられた通りだ」


 そう言う舞耶はとても誇らしげである。それを見た京は、へえ、とまた呟いた。


「あれだけ殿様のことを怒鳴り散らしていたのに、えらく評価してるじゃない」


 そ、それは! と、やはり舞耶が顔を赤くする。


「それは……、三郎お兄様は、ずっと我らのことを考えておられる聡明なお方なのだ。それなのに、ふざけて見せているから、周りから侮られるのだ。それが、悔しくって……」


 京は二度瞬きをした。すぐに、ニヤリと笑みを浮かべる。


「なあ、舞耶姫。アンタ、あの殿様のこと、好きでしょ?」

「す、好きとか嫌いとか、そういう問題ではない!!」

「はいはい、わかったよ」


 お手上げとばかりに、京は腰に手を当てた。そして、んー、と少しばかり唸った。


「まあでも、あの殿様はちょっと甘いんだよねえ」

「甘い……?」


 少しばかり余裕を取り戻した舞耶が聞き返す。


「そう。今回にしたってさ、大将を討つだけで、あとの兵は逃しちゃうんだもん。それに、岐洲城に残ってた三宅継信の女たちも、人質にせずに解放したんだってね。甘いよ」

「そ、それは!」

「でも、そこが面白いんだよねえ」


 そう語る京はニコニコしている。まるで新しい玩具でも見つけたようだった。






「――おわっ!?」


 三郎は思わず短い叫びを上げていた。なにやら底しれぬ冷気を感じたのだった。


 ……なんだなんだ? また、誰かが私のことを噂してるのか? それにしては、身の危険を感じるけど……。


 身体を震わせながらあたりを見回す。当然、誰の姿もない。

 ふと、眼下を見やると、継信軍の船が散り散りになって逃げていた。大将が討ち取られたのであろう。誰だって無為に死にたくなどないのだ。


「そうか、舞耶はやってくれたか」


 やはり、舞耶に任せて正解だった。ホントに舞耶がいてくれて助かる。

 まあ、あれでもう少し知恵が回ってくれたら、全部任せて私は館でのうのうとしていられるのにな。


「やれやれ、仕事なんてしたくないんだけどな」


 んー、と伸びをする。身体の緊張が解けていく。

 今回の戦いもうまくいく保証はなかった。どんなに入念に準備をしようとも、三郎に絶対の確信なんてないのだ。

 むしろ、他人が保証してくれるなら、どれだけ気が楽でいられるだろうか。

 それでも、周りを動揺させてはいけないと、そんな素振りを見せてこなかったのである。


 ……なかなか、私も役者じゃないか。あるいはとんだ嘘つきだな。


 三郎は長い息を吐いた。


「まあ、これで一段落だ。ようやく、研究を再開できる……」


 三郎は星空の照らす戦場で、束の間の安堵を噛み締めていた。

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