第28話 第八次・岐洲城攻略戦 五

「相手はたったの三百だ、我らの城を取り戻せ! 攻め立てろ!!」


 三宅継信は怒りに燃えていた。ものの見事に三郎の策にハマってしまったのである、しかも女に目がくらんで自分から城を明け渡してしまったのだ。継信にとって最大級の屈辱でしかなかった。

 怒声を上げる継信に家臣が寄りすがる。


「殿、おやめください! 岐洲城は二千の軍では落とせませぬ! たとえ相手が小勢であっても落とせる城ではないことは、我らが一番よく知っているではありませんか!?」

「ええい、うるさい!! 思えば、お前が『南斗家が中入りを考えている』などと報告せねば、こんなことにはならなかったのだ! お前が先陣を切って攻めろ!!」

「な……、放っておけと命じたのは殿ですぞ! それに、泥酔した八咫を攻めておれば、何の苦労もありませんでした!!」

「貴様! ワシに逆らうと言うのか!!」

「臣の言うことに耳を貸さず、無為に死ねと命じる殿など、主にござらん!!」


 黙れ!! と、叫ぶやいなや、継信は刀を振り抜いた。

 驚きの声を上げる家臣を、一刀のもとに切り捨てる。首から上をなくした胴体が、川面に音を立てて倒れた。


「よいか! ワシに逆らうものはワシが殺す! 敵と戦わぬものもワシが殺す! それが嫌なら、敵と戦って死ね!!」






 継信軍は無謀な突撃を繰り返した。だが、勝ち目のない戦いである、兵たちの士気は低かった。

 そこへ雨のような矢が降り注ぐのだ。そのほとんどが上陸する前に倒れていった。


「三郎様、これは戦ではございませぬ。こんな惨いことは……」


 舞耶が思わず口に手を当てる。いくら勇将であっても、一方的な殺戮には悪寒を感じずにはいられなかった。


「ああ、こんな無益な戦いは終わらせないといけない」


 三郎は大きく息を吐いた。


「……これだから、バカは」


 三郎は珍しく怒っていた。その怒りの矛先は相手の大将に向けられている。

 相手が少しでも分別のある者なら、不利を悟って軍を引いてくれただろう。いや、相手のバカさにつけ込んで追い詰めたのは三郎自身ではある。

 それを罪と言うなら甘んじて受け入れるが、それもこれも相手がバカなせいではないか!


「……どうしてこうも、バカが多いんだ。少し考えればわかるだろう! そうやってバカが無謀で無茶なことをして、困るのはいつもその下で働く者たちなんだ。どうしてそこに、気が付かない!!」


 三郎の叫びは城内の兵たちにも届いた。思わず手を止めて、皆が三郎を注目する。


「死にたいなら一人で死ねばいいだろう。責任を取って腹を切るというなら、むしろ止めてくれるやつだって出てくるさ。それを、自分の見栄を守るためなんかに、他人に責任を押し付けて! それでも飽き足らず、命まで捧げろだなんて! そんな不条理が、許されるわけないだろうが!!」


 三郎は舞耶に振り向いた。


「舞耶、京と合流して海から奴らを攻め立てろ。そしてあの大将を討て! 大将さえ討てば、敵は戦意をなくして引くはずなんだ。他の兵は捨て置いて構わない、この戦いはそれで終わらせる!」


 舞耶は驚いていた。無理もない、こんな激情に駆られる三郎を初めて見たのだから。

 舞耶が戸惑っていると、城内から声が上がった。


「舞耶姫様ー! 我らからも、お願い申し上げます!」

「俺たちだって、敵が憎くてやってるんじゃないんだ!」

「あんなひでえ大将、やっつけちゃって下さい!」

「おらぁ、三郎のお館様に仕えて、幸せだあ!」


 すると、さっきまで怒っていた三郎が頭を掻きだした。おそらく、照れているのだろう。


「……やれるかい、舞耶?」


 そう優しく言う三郎は、舞耶にとってはやはりあの日と変わらぬ三郎お兄様であった。


「当たり前です! 某を誰だと思っているのですか! 八咫家一の勇将、武藤舞耶にございます!!」

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