第26話 第八次・岐洲城攻略戦 参

 岐洲城内ではピリピリとした雰囲気が漂っていた。

 連日連夜、どんちゃん騒ぎを目の前で見せつけられたのだ、羨ましいと思って当然である。それだけでなく、大将の継信自身も苛立ちを隠せないでいるのだ。必然と、下々の者にもそれは伝播していた。

 今夜も八咫の連中は散々に騒いだ挙げ句、先刻になってようやく寝静まったのだった。いまだに篝火かがりびは焚かれているが、八咫軍はそろって眠りこけているのだろう。


「ええい、あの憎たらしい八咫の穀潰しめ! 戦場で会えば捻り潰してくれる……!」


 継信が怒りを全身にたぎらせている所へ、家臣が駆け込んでくる。


「殿、殿ぉっ!!」

「ええい、うるさい!! ワシは今気が立っているのだ!!」

「そ、それが、河口を敵の軍船に封鎖されました!!」

「なにぃ!?」






 岐洲城のすぐ南は勢良湾と繋がる河口になっている。

 岐洲城はその立地故に勢良湾への警戒任務も請け負っている。南斗家中入りの情報を得ていた継信は配下に命じて、拓馬家の軍船およそ百艘をもって河口から湾内へと警戒させていたのである。

 そこへ、京率いる大戸水軍およそ二百艘が宵闇に乗じて一気に襲いかかった!

 二倍の敵に奇襲を受けてはたまったものではない、拓馬家の軍船はあっという間に敗退してしまったのである。そうして、河口を完全に封鎖したのだ。


「味方の船は何をしておったのだ! 夜討ちに警戒するのは当たり前であろう!!」

「それが、敵はこちらより数も多く、さらにあの大戸水軍が敵に加勢したようで……」

「なに!? あの大戸水軍だと!?」


 大戸水軍は操船技術に長けていることで有名であった。三津半島の南は大洋であり、普段から激しい波に揉まれて船を行き来させているのだ。湾内の穏やかな波しか知らない拓馬家とは経験が違うのだ。

 さらに、申し上げます! と、別の家臣が注進する。


「南斗家の本隊が、港を出発したとの噂です! その数、一万五千!!」

「なにぃぃぃぃぃいいい!?」


 継信は焦った。

 南斗の本隊が海側から来ることに備えて、河口付近を警戒させていたのである。それが、大戸水軍によって敗退させられてしまっては、羽支国内へ素通りしてしまうではないか。

 しかも、その数が一万から一万五千に増えているのだ、これではたとえ敵が上陸したところを挟み撃ちにしようとも、壊滅に追い込むのは難しいかもしれない。

 なにせ、本拠には一万と報告しているのである、一万五千の敵と戦う準備はしていないのだ。

 こうなっては、仮に南斗軍を撃退しようとも継信は責任を追求されるだろう。岐洲城の城主は、国境警備の責任者であるのだから。

 そして、継信は気づいた。


「しまった、奴らに騙された!!」

「殿、いかがしました?」

「八咫の連中に騙されたのだ!! あの宴は我らをおびき出すためではなかったのだ、我らを疑心暗鬼に陥らせて城に閉じ込めるための策略だ!!」

「なんですと! では……!?」

「すべては我らの注目を引きつけ、本隊の中入りを成功させるための演技だったのだ!!」


 一同は黙り込んだ。たった三百の兵に、しかも穀潰しの軟弱者の引きこもりのあの三郎にまんまと踊らされてしまったのである。これ以上の屈辱はなかった。


「では、いかがなさいますか? 中入りした敵を背後から襲うために出陣なさいますか?」

「いや、それではガラ空きになったこの岐洲城を八咫の兵共が襲ってくるだろう」

「なるほど、では……?」


 継信は思案した。失敗を取り返したいという焦る気持ちと、三郎に対する憎悪、そして三郎のそばにいる美女たちを手に入れたいという願望。

 それらが入り混じった結果、一つの案を閃く。


「そうだ、まずあの八咫軍を全軍で襲うのだ!」

「八咫軍を、ですか?」

「我らは二千、八咫軍はわずか三百足らず。七分の一の敵など、すぐに蹴散らしてくれよう! その後すぐに引き返し、上陸してきた本隊を討つのだ! そうすれば、岐洲城を攻略される心配もなく、全軍で心置きなく戦える」

「なるほど、妙案ですな! さすがは殿!!」

「そうと決まれば、全軍に出撃命令だ! あと、本拠にも援軍の使いを出せ! 急げ!!」


 ハッ! と頭を下げて、家臣が駆け出す。


 フフフ、見ておれよ、八咫の小倅め。策を用いて我らを手玉に取ったつもりだろうが、その策ごと食い破ってくれるわ!!






 継信の軍およそ二千は安立あんりゅう川、続けて大威おおい川を音もなく渡った。無灯火によって忍び寄り、八咫の陣を奇襲しようというのである。

 一方の八咫軍は灯りが付いているものの、静まり返っている。大方、酔いつぶれてひっくり返っているのだろう。

 奇襲するには好都合だった。


「よいか、敵は油断している上に少数なのだ、皆殺しにしてやれ!」


 継信の鼓舞に兵たちは無言で頷いた。ここしばらくのフラストレーションをようやくぶちまけられると、皆戦意を昂ぶらせていた。


「だが、女は殺すな! 必ず生きて捕らえるのだ、わかったな!!」


 継信としては、それが一番気がかりであったのだ。

 噂によるなら、一人は豊満な肉体に溢れんばかりの色気を漂わせる美女だと聞く。そしてもう一人は、あの拓馬光貞・光信父子を討ち取った武勇の誉れが高く、なおかつ気高さと美しさを兼ね備えた姫武将だというのだ。

 この二人を同時に手にすることが出来れば、継信に取ってその喜びは百万石の領地を手に入れたに等しい。


「よし、上陸しろ! 一気に攻め立てるのだ!!」


 おおーッ!! と兵たちが勇んで八咫の陣に襲いかかる!

 ククク、ひとたまりもないわ、と継信がほくそ笑んでいると、一人の武者が駆け寄ってくる。


「と、殿!!」

「なんだ、どうした?」

「敵が、敵が一人もおりませぬ! 敵陣は、もぬけの殻です!!」

「なにいいいいいいい!!!????!?!?」


 そして、兵たちが継信の後ろを指して叫んでいる。つられて振り返ると、そこには、


「八咫の小倅めえええええええええええ!!」


 炎に包まれる、岐洲城があった。

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