第23話 まだ何もしていない!

「おっぱい気持ちいい!!」


 ガタガタガタガタガタガタガタガタ!! っと襖が震度七レベルで振動する。


「ああ、しまった! つい本音が!!」

「そんなにいいかい? アタシもちょっと自信あるんだよね」


 京が自ら手で胸を持ち上げて、三郎の顔にかぶせる。なんだこの肉厚なのにぺとーってぬっくりももももももももも……


「って、ちがああああああああううう!!」


 危うくまた別次元に転生してしまうところだった。


「違う? ああ、そうか、下のほうがよかったかい? なんだ、せっかちだな」

「わああああああああ、バカやめろおおおおおお!!」


 襖の揺れが梁を伝って館全体が揺れ始める。


 ヤバイ、このままでは舞耶のせいで館ごと倒壊して生き埋めになる! なんとか、言い訳をしなければ!


「あ、そうだ! わ、私には想い人がいるんだ!!」

「想い人……?」

「そうだ! 昔に契を結んだ想い人がいるから、約束を違えるわけにいかないんだ!!」


 すると、ピタリと襖の揺れが収まった。


 あれ……、とっさに思いついたでまかせだったんだけど、なにか変なこと言ったかな?

 ……まあいいか!


 一方の舞耶が、口を抑えて激しく赤面し、あまりの恥ずかしさに悶絶していたなど、三郎はまったく気づいていない。

 そう、舞耶が十年前の三郎との別れ際に、


『三郎お兄様が戻ってこられたら、舞耶を嫁にしてください!』


 と言ったことなど、この朴念仁はすっかり忘れてしまっていたのである!


「へえ、けっこう義理堅いところあるんだね」

「あ、ああ。というか、何が目的だ?」


 京が馬乗りのまま三郎を見下ろしてくる。


「なに、ちょいと、本音の部分を聞きたくってね」

「なんのことだ?」

「アンタが岐洲城を攻める理由だよ」

「それは、南斗家からの主命で……」

「違うね、それは建前さ。アンタみたいな人間は取り繕うのが上手いからね、こうでもしなきゃ心底の部分は話してくれないでしょ?」


 んー、と三郎は息を吐いた。

 この女、さすがは海賊の頭領と言うだけあって、なかなかに鋭い。まあ、そうでもなければ、この歳で、しかも女性の身で、荒くれ者ぞろいの海賊なんて纏められないだろうが。


「……本音を言えば、私は攻めたくはなかったんだ。だけど、誰かさんが口を滑らせたばかりに受けることになってしまってね」


 襖の向こうでビクッと何かが動く。ちょっとした意趣返しだな、と三郎は笑った。


「まあ、それは置いといて、私の個人的な理由としては、『働きたくないから』だ」

「?? 岐洲城を落とすことが、働かないことと、どう繋がるのさ?」

「ああ、正確には、今後働かなくて良いように、岐洲城を攻略するんだ」


 へえ、と京は興味を持った。どうもこの京、好奇心が旺盛なようだ。


「岐洲城はこの五十年間、南斗家と拓馬家の争点だったんだ。ここでその争点が解消されれば、双方無益な戦いは収まるんじゃないかと私は期待しているんだ。南斗家は勢良湾上の海上交易が安定して戦争を起こす理由はなくなるし、拓馬家だって岐洲城の堅牢さは持ち主だったんだからわかっているだろう」


 まあ、バカばっかだから、あくまで期待なんだが。


「出陣する機会自体がなくなれば、館に引きこもっていられるんだ。そうなれば家のことは皆に任せて、私は好きなだけ本をむさぼることが出来る。な、働かなくて済むだろ?」


 あとは、と三郎は付け加えた。


「あとは、戦がなくなれば、皆が傷ついたり命を落としたりすることもなくなる。……もうこれ以上、私のせいで誰かが傷つくのはゴメンだからな」


 これが私の本音さ、と三郎は京を見上げた。

 一方の京は「誰かが傷つくのはゴメン、か」と三郎の言葉を反芻した。

 そして、ニヤッと笑ったかと思うと、不意に顔を寄せたのである。鼻先が接触しようかという至近距離で、二人は互いの目を見合った。


「アハハ、なかなか面白いこと言うじゃない! とんだ間抜け面だと思ってたけど、アンタ気に入ったよ!」

「そりゃどうも」

「連れないねえ、アタシが認めてやったんだよ? なんなら、ここで食ってあげようか?」


 おもむろに三郎の下半身をまさぐりだす。


「おわっ、それはマズイ!!」

「いいじゃない、減るもんでなし」

「いやいやいやいやダメダメダメダメ――」


 その時だ。バタンッ! とけたたましい音がして襖が倒れる。そして、その向こうに鬼の化身となった舞耶が仁王立ちしているのである。


「なんだ、やっぱり起きてたのか」


 京がぺろっと舌を出す。


「って、知ってたのか!?」

「気づかないわけないないだろ、ちょっとイタズラが過ぎたかな?」

「えええええええええええええ、ちょおまあああああああああ!!」


 三郎の枕元を一陣の風が薙ぐ。三郎が見やると、枕が真っ二つに割れていた。太刀を片手に舞耶が一歩、また一歩と迫ってくる。


「この不埒者……ふらちもの……フラチモノ……」

「待て、舞耶! 落ち着け! まだ何もしていない!!」

「じゃあ、これからするかい?」

「こじらせるなあああああああああああ!!」


 舞耶が斬撃のための一歩を踏み出す! 三郎は京を押しのけて縁側へと這い出た。それを追った舞耶の刀が梁に突き刺さって止まる。


「チッ、仕留めそこねた」

「舞耶さん!? あなたちょっと本気すぎやしませんか!?」

「今日という今日は……、その性根、叩き直す!!」


 そうして、打刀を振り抜く。もはや一切の容赦はない。

 うわあ、もうダメだー!! と三郎が頭を抱えたその時。


「アッハハハハハハハハハハハハハ……!!」


 と京が大声を上げて笑いだしたのである。今にも三郎に飛びかからんとしていた舞耶も、思わず呆気にとられるほどであった。


「面白い……面白いよ……!」


 ひとしきり笑い終えた後、京は腰に手を当てて胸を張った。


「よし、決めた! 大戸水軍は八咫家に助力する!」

「「……え?」」

「任しときな! こんな面白いもの、他じゃ見れないもんな!」

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