第19話 金がないなら知恵を絞れ

 天下の堅城と謳われる岐洲きず城は二千人からなる守備兵が常駐していた。彼らを指揮するのは、城主・三宅継信みやけつぐのぶである。

 継信は四十八歳、拓馬家の中でも重鎮として扱われる歴戦の将である。岐洲城を築いた彼の父と共に七度の攻防戦のうち六度に参加し、南斗軍をことごとく撃退してきた猛将であった。


「南斗軍がいくら大挙を成して来ようが、この城は落とせんわ! 二万、いや五万の大軍が押し寄せようと、打ち破ってくれる、ハハハハハハハハハ!!」


 このように周囲に豪語してはばからないのだという。


「舞耶なら岐洲城をどう攻める?」


 と、三郎は帰路の道中で興味本位に訊いてみた。


「……正直申し上げるなら、攻めたくありませぬ」

「あれ、八咫家一の勇将が、えらく弱気じゃないか。流石にお手上げか?」

「なっ、そんなわけありませぬ!! 十万の兵を与えていただければ! ……それから、いくら兵たちを失おうと構わないのであれば……」

「そうだな、もちろんそんな人命をいとわないようなマネはしたくない。そういう意味じゃ、確かに攻めたくないな」


 実際、六度目の攻略戦にて、南斗家は一万五千もの軍を持って攻め立てている。だがしかし、三千人を超える犠牲を出した挙げ句、なんの戦果もなく退却していたのである。


 岐洲城は勢良国と羽支国の国境沿いに流れる大威おおい川の下流に位置する。その大威川を西の勢良国側として、安立あんりゅう川がそのすぐそばを流れて合流し、岐洲城のある中洲を挟んで東の羽支国側に手野越てのこ川が流れている。

 これら三本の河川一つ一つが、幅およそ五百メートルはあろう大河なのだ。当然、川を渡る橋は架けられておらず、行き来するには舟が必須である。だが、水深も浅く川の流れも早いため、大船は川に侵入することが出来ない。

 そのため、いくら南斗軍が大軍を用意しようと、小舟に分乗して寄せるしか方法がなかったのである。

 岐洲城は高矢倉を多数配し、そこから散々に矢の雨を降らせるため接近することすらままならない。たとえ上陸に成功したとしても、そこは川の水に侵食された泥湿地である、身動きも取れず討ち取られてしまう。なんとか城に取り付いたとしても二重の堀が待ち構えており、もはや城に傷一つ付けられない有様であった。

 継信の「五万の大軍でも落とせない」というのは、あながち妄言でもないのだ。


「それに、あの城主は、嫌です」


 舞耶が口をとがらせて言う。


「嫌って、えらく嫌われたものだな、三宅継信も」

「あの男、女の敵です。三郎様もご存知でしょう?」


 ああ、と三郎は思い出した。継信は特に女に目がないことで有名だった。

 この時代は一夫多妻制ではあるものの、正室のほかに十人もの側室を持っているのは、異常な数であった。さらに、それ以外にも二十人を超える妾を侍らせているというのだ。


「毎日女をとっかえひっかえしてヤり放題なんだってな。よくも飽きずに出来るもんだ」


 一方の舞耶はフン、と鼻で大きく息を吐いた後、怒りを顕にしてまくしたてた。


「あの男、渡し船の関で自ら検分して、女と見るや城内に連れ込んで手篭めにしているともっぱらの噂なのですよ!? それだけでは飽き足らず、近くの村に赴いては女刈りをして攫っているとも聞きます、しかも若い女ばかり!!」

「まあ、オスとして至極まっとうだな」

「下半身で行動する野蛮な下等生物です!!」


 舞耶の怒りが収まらない。その一方で、三郎の思考は先刻からの別件を処理していた。


「ふむ。そうだな、やっぱりこの手で行こう」

「……唐突になんです?」

「まあ、奇術奇策ってやつさ。兵法の常道は相手よりも多い戦力を整えることなんだがな、それが出来ないからには、知恵を働かせるしかない」


 そういや『金がないなら知恵を絞れ』ってよく前世で言われたっけなあ。そもそも、資本を用意できてない時点で色々詰んでるってことに、あのころは気づけてなかった。

 ……やれやれ、仕事なんてやりたくないんだけどな。


「舞耶、館に戻るのはヤメだ、このまま南へ向かうぞ」

「はぁ、南ってどこへ向かうおつもりですか?」

三津浦みつうらさ」

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