第20話 あんなの見たことないぞ

 三津浦とは勢良湾に大きくせり出した三津半島の北部に位置する、巨大な浦のことである。

 三津半島――現代日本で言う志摩半島――は海の直ぐ側に山がせり立っており、海岸線が複雑に入り組んだリアス式海岸と呼ばれる地形が続いている。その中でも、三津浦は海からの入り口が狭く、その割に浦の内部は奥深く拡がっており、三津半島でも最大の漁村として栄えていた。

 そして同時に、ここは大戸おおと水軍の本拠地でもある。


 水軍と言えば聞こえが良いが、本質的には海賊と同義である。

 普段は漁業を生業とし、付近の海を船が通ると、通行税を取る代わりに航行の安全を保証した。もちろん、通行税を払わない身の程知らずには、イタイお仕置き――つまり積み荷の略奪を働いた。そういう点では海賊と言って差し支えない。

 それら含めて、『武器を持った漁師』というのが現実的な例えだろうか。だが、その武力ゆえに、海上交易を行う各大名たちに取って不可欠な存在であった。


 三郎が三津浦に向かったのは、この大戸水軍に接触するためであった。






 二日後、三郎と舞耶は馬から降りて三津浦の浜辺を歩いていた。

 とは言え、浦の中であるため周りは山だらけの小さな浜である。それでも、年頃の乙女でもある舞耶が絶え間なくさざめく波の音と青い海、寄せては返す白い波にあおられて、胸のときめきを覚えたのも確かである。

 なのにこの朴念仁は、


「ねえねえ、見てよ舞耶! 折れた木簡の残骸だよ! うわっ、あっちにもいっぱいある!! 館に持って帰れないかなー?」


 相変わらずガラクタを手にして遊んでいる。


「持って帰れるわけないでしょう!? まったく、何をしに来たのか……」

「へえ、見ない顔だね。ヨソ者かい、アンタたち?」


 背後から女性の声がした。三郎と舞耶が同時に振り返ると、一人の少女が立っていた。

 年齢は舞耶と同じくらいだろうか、浅葱あさぎ色の浴衣を着崩し、健康的な小麦色の肌を覗かせている。髪は頭の上でお団子にしてまとめ、白い頭巾で覆っている。今で言う海女あまさんスタイルか。

 恐らく地元の娘なのだろう。キリリと吊り上がった眉の下にある大きな瞳が訝しげにこちらを見つめている。

 そしてなにより、はだけた胸元から溢れんばかりの巨乳が見る者を圧倒する。三郎だってずっと目が釘付けになっていた。


「三郎様、鼻の下が伸びております!」

「いやだってあんなの見たことないぞ」

「そ、某だって少しは……」

「え?」


 なんでもありませぬ!! と、舞耶が顔を真っ赤にして叫ぶ。


「あのさあ、ヨソ者がこんな所に何の用だい? 痴話喧嘩ならヨソでやってほしいねえ」


 舞耶が途端にすました顔になって取り繕う。もはや色々遅い。


「……我らは八咫家の者だ。大戸水軍の頭領に会いに来た。ここの者なら、大戸の館に案内してもらいたい」

「へえ、八咫ねえ……」


 少女は興味を持ったのか、こちらへ近づいてくる。

 胸だけでなく肉付きの良い尻が密着した浴衣越しにも見て取れ、歩くごとに豊満なボディラインが強調される。


「この前の戦で活躍したんだって? 噂には聞いてるよ」


 そう言って三郎と舞耶を交互に見る。まるで品定めでもされているようだ。


「なんでも、当主は穀潰しの刀も振れない軟弱者で引きこもりなんだって?」

「なんだ、その噂、間違ってるぞ」

「どういうことだい?」

「すねかじりと厚顔無恥と甲斐性なしが抜けている!」


 三郎様! と舞耶の大声が耳を貫通した。すると、少女が驚きの顔を見せたのである。


「へえ、三郎だって?」

「ん? ああ、私が八咫三郎朋弘だ」


 いまだに『朋弘』という名前は言い慣れない。三郎自身、親しい者には三郎のままでいいと告げていた。


「一応、八咫家当主ということになっている」


 それを聞いた少女は、大声を上げて笑いだした。


「アッハハハハハハハハハハハハハ……!!」


 最後には腹を抱えて息も絶え絶えである。何が面白いのかさっぱりわからない。


「……噂には聞いてたけど、いや、噂以上だわ」


 ようやく収まった少女は、三郎に向き直った。腰に手を当て、胸を張るさまは威風堂々としている。舞耶とは違った意味で、芯の通った強さがあった。


「アタシの名前は、大戸京おおとみやこってんだ」

「大戸……? そうか、アンタが」


 京がニヤリと笑う。


「一応、アタシも大戸水軍の頭領ということになっているんだよね」

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