第18話 どうしてこんなことになるかなあ

「あーもうヤダー、働きたくないのにー」


 三郎は馬の首にもたれてボヤいた。

 あのあと、すぐに城から引き上げたのだった。澱んだ空気の中にいると、精神まで腐ってしまう。


「どうしてこんなことになるかなあ。私は静かに本さえ読めればそれでいいのに」

「……申し訳ございません」


 後ろから舞耶がポツリと言う。普段の威勢がない。


「某が受けるなどと言い出さなければ……。けど、悔しくって……」

「わかってるさ」


 え、と舞耶が顔を上げる。


「私がいくら侮られようと別に構わないんだ。なにせ、穀潰しの引きこもりの軟弱者の甲斐性なしなのは事実だからな!」


 だが、と三郎は声を落とした。


「私のせいで、他の誰かが傷つけられるのは許せないんだ。……ごめん、舞耶」


 三郎お兄様……、と舞耶が神妙になって三郎を昔のように呼ぶ。


「なんて言うと思ったか?」

「はい?」

「こうなったら舞耶にも働いてもらうからな、前の戦の比じゃないぞ」

「え、あの……」

「あと、あれだ、蔵書の予算、一割増やすこと。それに、朝は寝坊しても起こさないこと、貴重な資料をガラクタとか言って勝手に捨てないこと、無理矢理武芸の稽古をつけようとしないこと、それから……」

「なっ、この――」


 甲斐性なしが! と舞耶が叫ぼうとすると、


「八咫殿ー!!」


 という声に遮られた。後ろから雄々しい武士が馬で追いかけてきていた。


「これは、秀勝殿」


 あの『鬼』と呼ばれる南斗軍最強の将である。


「いかがなさいました、このような所まで?」

「ガハハ、八咫殿! 先程の物言い、実に気持ちよかったぞ! 知恵だけの小賢しい若造かと思っていたが、なかなか気骨があるではないか!」


 大声で笑いながら三郎の背を叩く。鍛え上げられた筋肉から繰り出される張り手である、舞耶のとは比べ物にならない衝撃に、馬から転げ落ちてしまった。


「あいたっ、いたいいたいっ……ってうわああああ!」

「おお、すまんすまん。しかし、やはりお主、軟弱者よの!」


 またガハハと笑う秀勝に、三郎は呆れて物が言えない。


「それで、一体なんの御用ですか、秀勝殿?」


 まさか、本当に背中を叩きに来ただけとか言い出さないよな、このオッサン。


「おお、そうであった。八咫殿、岐洲きず城の攻略、本当に八咫軍のみでなされるおつもりか?」

「ええ、まあ、主命でありますから」


 実際は頼高と満久が主導した罠であるが、主君である秀仁もあの場には同席していたのである。主君のお墨付きであるのなら、形式上は主命に違いなかった。


「フム、しかしそれでは荷が勝ちすぎるのではないか?」

「まあ、一応策があるにはあるのですが」

「ほう、また奇策とやらか?」

「あはは、そういうことです」


 フム、と秀勝は押し黙った。三郎はまだ秀勝の意図がつかめない。


「あの、秀勝殿?」

「どうだ、八咫殿。わしが加勢してやろうか?」

「えっ、秀勝殿が!?」


 三郎と舞耶は思わず見合わせた。

 南斗軍最強と謳われる『鬼秀勝』の軍である、協力してくれるならこれほど心強いものはない。


「三郎様、ぜひ加勢頂きましょう!」


 舞耶が喜んで言う。しかし、三郎はしばし考え込んで、こう返したのである。


「いえ、秀勝殿。大変光栄ですが、今回はお断りさせていただきます」

「三郎様!?」

「なんだ、儂では貴殿の役に立たぬと申すか」


 舞耶だけでなく秀勝もやや不服そうである。


「いえ、とんでもない! むしろ、秀勝殿に率いてもらって、私がその下働きをしたいくらいです!」


 ですが、と三郎は続けた。


「ですが、今回は『八咫家単独で攻略せよ』との主命です。もし秀勝殿に加勢いただいたら、『八咫は嘘つきか』『主命に逆らってまで恩賞が欲しいか』と罵られることになります。私はこれでも小心者ですので、世間体を気にしてしまいます」


 最後は嘘だ。バカにどれだけ言われようとまったく気にならない。


「そうであったか、これは無粋なことをした。こちらこそ配慮が足りんかった」

「とんでもない、本当に嬉しかったです! しかし、なぜ私に加勢を? そのようなことをすれば、嘉納殿や鎌瀬殿に目をつけられてしまいます」

「あのような卑小な輩にどう思われようと一向に構わん! それに、儂はすでに厄介者扱いされておってな」


 ああ、と三郎は納得した。実力がある上に、このズケズケいう物言いだ、さぞかし連中は手を焼いているのだろう。


「他の者も同じだ。皆、何を言われても反論する気概もない。あまつさえ奴らに便乗するばかりではないか! だが、貴殿は違う。あの場での行い、なかなか出来るものではない」

「……それが理由ですか?」

「他に必要か?」


 三郎は頭を掻いた。ぶっちゃけ、恥ずかしくて照れていたのである。同時に、一つの希望を胸に抱いていた。

 この人は信頼できる、と。


「いえ、それだけで十分です」


 三郎はしっかりと秀勝を見上げた。それに秀勝もうなずく。


「ウム、ではこれにて失礼する。八咫殿、ご武運を!」

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