第15話 三次川の戦い・本戦 六

「まあ、兵力機動の差、だったかな」


 三郎はとある倒木に腰掛けて戦場を眺めていた。自分が同乗していては邪魔だろうと、自ら舞耶に申し出てここに降ろしてもらったのだ。


「用兵学の基本はたった三つ。『集中』と『分断』、それから『機動』だ」


 『集中』とは、兵力の集中運用のことである。戦場に相手よりも多い兵力を集中させることができれば、自ずと勝利の可能性は大きくなる。

 一方の『分断』とは、敵兵力を分断し、少なくなった敵を多数の兵力で打ち倒すということだ。相手に『集中』させないということである。

 これら『集中』と『分断』とは、同じ思想、つまり「相手よりも多い兵力で戦いを有利に進める」ことが根底にある。戦いが数で決まるというのは、古代から現在、いや三郎の前世である二十一世紀においても普遍の真理なのだ。

 そして、この『集中』と『分断』を戦場において実現する力、それこそが『機動』だ。相手よりも速く移動することができれば、こちらが『集中』することも相手を『分断』することも可能なのである。


「こんなことは少しでも歴史を学べばわかることなんだけどな。別に二十一世紀の知識なんて必要ない、この時代だってすでにある前例から学ぼうと思えば出来るはずなんだ。まあ、私のほうが二周分の蓄積があるから、そういう意味じゃあチートかもしれないけど」


 三郎がこの戦において実践したのは、敵の『分断』とそして何よりも兵の『機動』である。

 八咫軍は、まず敵の横を突いて前後に分断し、続いて後衛部隊を誘い込み、そのまま孤立した本陣に急襲をかけたのである。一つの隊が戦場をこれほどに駆け抜けた例はそうはないだろう。

 だが、この類まれな『機動』が、たった百人の部隊で戦場をコントロールするに至った理由なのである。


「私がやったことは何も特別なことじゃあない。シンプルにただ特化しただけさ。この世界には、それに気づかないバカが多いから、困るんだ」


 さて、と三郎は敵の本陣を見つめた。


「アンタは昨日のアイツの親父さんなんだって? なるほど確かに、一度決めたことに固執するあたり、アンタの息子は父親の薫陶を受けていたよ。命まで取るのは忍びないけど、これがこの戦に勝つために最も被害の少ない方法なんだ。悪いけど、取らせてもらうよ」






 八咫軍百余名は拓馬軍本陣を切り裂いた。

 拓馬光貞の周りには、供回りとして百人からの武者が控えていたが、八咫軍の怒涛の突進の前に瞬く間に突き崩されてしまった。


「殿、殿! ここはお逃げください! 生きていれば再戦の機会もございます!!」


 側近の一人が逃がそうとするが、光貞はそれを拒んだ。


「息子の仇を討てずして、なんとする!! それに、我らはまだ負けてはおらんのだ!!」


 確かに拓馬軍は戦場にまだ残っている。しかも南斗軍よりも多く。だが、総大将が討たれてしまっては、元も子もない。


「殿をお連れしろ! 早く!!」


 抵抗する光貞を武者たちが抑えて馬に乗せる。そして、馬の尻を思い切り叩いた。

 馬がいななきを上げて駆け出す。馬上で光貞は三郎への怨嗟を繰り返していた。


「あの穀潰しの軟弱者の奇天烈めが!! よくも、よくもー!!」

「そこまでだ!!」


 美しくも凛とした声に、光貞は振り向いた。朱色の鎧に弓を携えた騎乗の姫武将が、こちらを追いかけていた。黄金の陽光が甲冑を照り返し、神々しささえ漂わせている。


「ぬうっ、何奴!?」

「八咫が家臣、武藤舞耶! 拓馬光貞殿とお見受けす! お覚悟!!」


 舞耶は馬上から大弓を放った。その矢は正確に光貞を捉えている。だが、光貞とて歴戦の将である。


「小癪な!」


 素早く刀を振り抜き、矢を打ち払ったのである。


「小娘ごときにやられるこの光貞では――」


 しかし、光貞が見たのはすでに次の矢をつがえて狙いを定めている舞耶の姿である。

 舞耶は弓の名手である、それも八咫家中、いや勢良国一とも噂される腕の持ち主だ。非力な女性ながら、戦場での功を上げ続けているのにはわけがあるのだ。そうでもなければ、女の身ながら周囲を納得させて家督を継げるはずもない。

 三郎が舞耶を信頼しているのは、ただ幼馴染だからではない、武将として一流だからなのである。


「貴様らあああああああああ!!」


 光貞が悲鳴とも言うべき叫びを上げた時。その眉間を、舞耶の矢が射抜いた。






「敵将、討ち取ったりィーッ!!」


 舞耶の声が戦場に響き渡る。


「また舞耶か。昨日に続けて大手柄だな」


 大将さえ倒してしまえば、残った軍は戦意を失って引き上げていくだろう。これでこの戦いはケリが付いた。まあ、みんなよくやってくれた。


 三郎は喜ぶ一方でため息をついた。


「はあ、これでまた私に対する風当たりが強くなるな。ただでさえバカが多くてめんどくさいのに、厄介なことだ」


 ともかくも、と三郎は立ち上がった。


「やれやれ、これでようやく帰れる。もう仕事は懲り懲りだ」


 大口を開けてあくびをする三郎を、有明の光が包んでいた。

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