第14話 三次川の戦い・本戦 五
その森の最中では、とある軍がひしめき合っていた。
南斗軍の第一陣から第六陣、その生き残りである。
他の者が戦場から離脱する中で、まだ戦う意志のある連中が集まっていたのだ。散り散りになった各陣を再編し、ようやく千五百人程度の戦う集団が整いつつあった。
そこへ、戦場から駆け寄ってくる軍があった。
「なんだ、敵襲か!?」
陣の再編に奔走したかつての第三陣の将、
「やあやあ、これは日俣殿!」
戦場から逃げてきた三郎であった。
「なんだ、八咫殿ではないか。貴殿、『遊軍』ではなかったのか、こんなところでなにをしておる?」
三郎とわかった途端に態度がガラリと変わる。だが、三郎は気にせず問いかけた。
「日俣殿、こちらの軍は?」
「ああ、残った者を再編しておったのだ。それで、戦況は――」
「良かった。間に合ったか」
「おい、何を言って」
「それでは、お任せ致します!」
そう言って三郎は陣の後方へと通り抜けていった。八咫軍、およそ百名がそれに続く。
「お、おい、待て! 任せるとは、一体何事か!?」
「ああ、なんかけっこう怒ってるみたいなんで、気をつけてください!」
「怒って? おい、待たぬか!!」
普段から言動に理解出来ぬ所があったが、ついに奴め頭でもイカれてしまったか。
と行成が悪態をついていると、その耳に地響きと怒声が聞こえてきたのである。
おいおいおいおい、怒って? 任せる? 間に合った?
「殿ーッ!! 敵です、拓馬軍です!!」
行成はここに至って気づいた。三郎は、行成達がここにいると知った上で、敵を誘導してきたのだ。
「うろたえるな!! 応戦、応戦しろ!!」
この時、開戦から約四時間が経過していた。
南斗軍の第八陣、『鬼秀勝』の部隊およそ一千は、拓馬軍の前衛三千の内およそ半数をすでに敗退させていた。しかし、残ったおよそ一千が頑強に抵抗し、徐々に混乱を治めつつあったのである。
一方の拓馬軍後衛四千は、三郎に誘い込まれて、行成によって再編された千五百と正面から激突した。行成の軍は数で劣るものの、森の中に敵を引き込むことで地の利を生かして互角の戦いを繰り広げている。
双方の戦線が膠着し、互いの本陣は未だ無事なのである。全体の戦況としては、まだどちらも決め手に欠け、勝敗の行方はいずれに転んでもおかしくない。
この場にいる者の誰しもがそう思った。拓馬軍の総大将、拓馬光貞もその一人だった。
光貞は本陣を動かさずに戦況の把握に努めていた。三郎を追わせたはずの後衛部隊が戻ってこないのである。
「あのような小勢を相手に何をしておるか!」
三郎は息子の仇である。将来を渇望され、若き獅子ともうたわれた光信を失った悲しみは大きかった。しかも、あの穀潰しの刀も振れぬ八咫の小倅ごときに討たれてしまったのが何より許せなかった。
「まだか!? まだ奴の首は取れぬのか!?」
光貞は地団駄と共に叫びを上げた。
その時、戦場に一陣の光が差し込んだ。日の出であった。徐々に増えていく光量によって、戦況が明らかになっていく。
正面前方では前衛が南斗軍第八陣と打ち合っている。そして右手前方、三郎を追っていたはずの後衛が、森の近くで南斗軍の残存部隊と交戦しているではないか。
「八咫は、八咫の兵はどこへ行ったのだ!?」
「――殿、あれを!!」
将の一人が右手を指して叫ぶ。振り向くと、一隊が真一文字にこちらに向けて駆けて来るではないか!
その旗印は、三本足の黒鳥――烏の家紋である。古代より伝わる神話において導きの神とも、太陽の化身ともされるこの神聖なる鳥を家紋とする家はそう多くない。まして、この戦場において使用する軍など、一つしかないのだ!
「八咫です、八咫軍が迫ってきております!」
「八咫だとおおおおおおお!?」
八咫軍は後衛部隊が追っていったはずではなかったのか!? こちらは追いかけていたはずなのに、なぜ奴らがこちらに向かってきているのだ!?
そうして、ようやく光貞は気づいた。こちらの本陣が、戦場で孤立していることに。先程まで怒りに燃えていた身体が、一瞬にして冷えていく。
「だれか、誰かおらぬのか! ワシを守れ、守るのだ!!」
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