第13話 三次川の戦い・本戦 四

「かかれェーッ!! 敵は無防備だ、そのまま突っ込めェーッ!!」


 舞耶が檄を飛ばす。それに呼応するように、八咫軍は敵の横っ腹に一気に突入した。


「な、言ったとおりだろ?」


 三郎は馬に振り落とされないようにしがみつきながら、舞耶に問いかけた。


「三郎様はお人が悪くございます!」


 舞耶が後から抗議する。だが、口調は厳しくない。


「どういうことかい?」

「初めからこうなることを予期しておられたのでしょう! だから、あのような指示を!」

「ああ、そのことか」


 まあ、私は知っていたからな、こうなることを。


 三郎は敵味方の配置を見て、前世における『姉川の戦い』のようだと気づいていた。『姉川の戦い』、それは織田・徳川の連合軍が、浅井・朝倉の連合軍を打ち破った戦いである。

 合戦の全容はこうだ、両軍は姉川を挟んで対峙し、織田軍は十三段に至る縦深陣を構えていた。しかし、浅井軍の猛攻にあい、十一段まで打ち破られ劣勢に追い込まれてしまう。ここで、徳川家康が伸び切った敵の戦列の横を突いたことで形勢が逆転、浅井・朝倉連合軍は大敗を喫することとなる。

 三郎は前世でも歴史の研究を多少なりともしていたため、この事例を覚えていたのである。そしてその類似性から、こちらにも勝機はあると考えていたのだ。


 ……だからあの時、具体的にどう『勝つ』のか教えてくれ、って言ったんだけどな。まあ、所詮はバカばっかだから誰も思いついてなかったんだろうけど。


「この戦に勝つためには、縦深陣で敵を深く誘い込むこと、敵の陣形を前後に長く伸びさせること、そして伸び切った敵陣の横を狙って突くことだったからね。誰もそのことに気づいてなかったから、横を突く役割は我々がすることになるだろうとは思ってたけど」

「火を消さないのはすぐに動けるように身体を温めるため、軽装に切り替えたのは長距離を駆けても疲れないようにするためだったのですね!」


 そういうこと! と三郎は笑いながら頷いた。


「さあ、このまま突破だ!」






 八咫軍は拓馬軍の横を突いたばかりか、そのまま敵軍を突破、前後に分断することに成功した。

 ここで拓馬軍は一気に浮足立った。不意を突かれての側撃の時点で全軍に大きな動揺が走っていた。それだけでなく、前後に分断されては後方の大将の指示が前線に行き届かないのである。

 そしてその孤立した前線が戦っているのは、南斗軍最強、『鬼』と謳われる南斗秀勝である。


「敵の動きが止まったぞ! 今だ、圧し潰せェーッ!!」


 この機を逃す秀勝ではなかった。秀勝自ら槍を振るって敵陣に切り込む!

 秀勝が操るのは天下三名槍と呼ばれた『陽炎切かげろうきり』である。全長およそ四メートル、穂先だけでも七十センチに及ぶ大身槍だ。

 秀勝が陽炎切を振れば、その穂先は陽炎のように煌めきを発する。光が闇を照らすたびに、一つ、また一つと敵兵の首が飛んだ。

 秀勝の勇戦に、配下の将たちが続く。秀勝本人に負けず劣らずの剛の者揃いである。

 先刻までの優勢とは打って変わり、拓馬軍の先陣はここに来て大混乱に陥った。






 拓馬軍の総大将、拓馬光貞たくまみつさだは陣中で大声を張り上げていた。


「うろたえるな!! 敵は我らより少数なのだ! もう一度押し返せ!!」


 おかしい、ついさっきまで有利に進めていたはずだったのである。闇に乗じて敵の縦深陣を八段の内、七段まで食い破ったのだ。あと僅かで敵の本陣に届くというのに、こんなところで手をこまねいてしまうとは。それもこれも、


「あの小賢しい八咫共めええええええええ!!」


 八咫軍があのタイミングで側背を突かなければ、こんなことにはならなかったのである。


「八咫の小倅め、我らをどれだけ苦しめれば気が済むというのか!!」


 光貞は怒りを顕にした。彼には三郎を恨むだけの理由があったのだ。

 申し上げます! と伝令が注進する。


「中央の部隊が、八咫軍に突破されました!」

「なんだと!?」

「その後も、後方の我らに向かって弓を打ちかけています!」

「ええい、うろちょろしおって!! もはや許せん!!」


 彼は息子をつい先の戦いで亡くしていたのだ。将来を渇望されていた、拓馬光信を。


「前線など放っておけ! 八咫の小童こわっぱをなんとしても、打ち取るのだ!!」






「さて、ここまでは前例通りだ」


 三郎は『姉川の戦い』を思い返していた。

 前後に伸び切った敵の横を突き、形勢を逆転させる。それが鍵だったのである。

 その再現には成功したが、未だ拓馬軍は戦線の崩壊には至っていない。中央を突破して前後に分断したとは言え、南斗軍で戦っているのは、秀勝の第八陣と八咫軍だけなのだ。拓馬軍はまだそのほとんどが残っている。


「というわけで、ここからはアレンジだな」

「申し上げます! 敵の後方が我らに向かって来ております!」


 伝令の報告に、舞耶が続けて問うた。


「三郎様、いかがなさいますか? 敵は三千を超えております。我らだけでは持ちこたえられません!」


 この時、八咫軍はわずか百余名だった。昨日の戦いで死者は出なかったものの、負傷者が出ており、残った中でも戦に長けた者を選抜していたのである。


「うん、だから、他の連中に任せよう」

「任せるって、一体誰にですか!?」

「そろそろのハズなんだ」


 三郎は後方、敵から見て右翼、味方から見て左翼にある森を指して言った。


「全軍、あの森に向かって逃げろ!」

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