第11話 三次川の戦い・本戦 弐
南斗軍、第七陣の将は狐こと、鎌瀬満久であった。
「来る……、敵が、来る……!」
「こんな……こんなはずではなかった!」
さすがに第七陣なら敵が及んでこないだろうとたかをくくっていたのである。これでは、頼高に賄賂を送って後方の陣に配置してもらった意味がない。
その時、おおおおおおおおおおお、と言う咆哮が闇の中から迫ってくる。満久は、恐怖のあまり立ち上がった。
こうなったら! と、満久は苦渋の決断をする。
「お前たち、ここを死守して動くな!」
そう言いながら、満久は馬に乗って駆け出した。
「殿! 殿は何処へ!?」
「援軍だ! 援軍を連れてくる!!」
「これは、鎌瀬殿。我らのような貧相な陣になにか御用ですか?」
三郎はありったけの謙虚を総動員して問いかけた。叩き起こされて何事かと出てみれば、満久との対面である。不愉快なことこの上なかった。
「フン、用がなければ、このようなところに来るはずもなかろう」
そう答えるのは、第七陣の将であるはずの鎌瀬満久である。しかし、普段の威勢が今は消え失せ、しきりに目を虚ろに泳がせる様は滑稽でしかない。
「それで、その御用とは?」
「決まっておろう、我が軍を救け――いや、貴軍の『遊軍』としての責務を果たしていただきたい」
「はあ。『遊軍』の責務ですか?」
「そうだ! 今は我が軍の、いや全軍崩壊の危機にある! このような時のために貴軍が存在するのであろう!?」
「ええ、まあご命令とあらば致し方ありませんが、しかし」
「しかし、何だと言うのか!?」
満久が苛立ちを隠さずに言う。早くしなければ、自軍が危ないのである。
「しかし、面倒くさいので出来れば勘弁して頂けませんか?」
「き、貴様!! 愚弄するのもいい加減にしろ!! ここで成敗してくれる!!」
満久が刀を振り抜いた。怒りに震えて切先が揺れている。ホントにめんどくさい。
「……私の軍を動かすのはやぶさかではありません。しかし、ここで我らが動けば、また戦功を重ねることになります。私は先の戦いでの功だけで良かったのですが、鎌瀬殿がどうしてもと言うならば手助けせざるを得ません」
「そ、それは……」
満久が言いよどむ。満久だってそれを考えていないわけではなかった。いや、それ以前にあれだけ侮っていた三郎にお願いなどしたくはなかった。だから、目前に危機が迫ろうとも、なかなか結論を出せず苦しんでいたのである。
「それは、……戦で手柄を上げることは、武士の誉れであろう」
満久が折れた。だが、同時に三郎への恨みの炎が燃え上がっていた。
「……わかりました」
やや、間が開いてから、三郎は答えた。
「我ら八咫軍も戦に参加いたしましょう」
「おお、……いや、当然であろう。貴軍らは南斗軍の一員なのだからな!」
さっさと動くのだぞ、と言い残して、満久が去っていく。それを見送ってから、三郎はポツリと呟いた。
「やれやれ、結局こうなるのか」
働きたくないのに、なかなかどうして、うまくいかないものだ。
「よろしいのですか、三郎様?」
傍で控えていた舞耶が尋ねる。
「あれ、舞耶だって戦功を立てろって言ってたじゃないか?」
「それは、そうですが、あの鎌瀬殿の言いよう、腹が立ちます!」
憮然として、馬が去った方角を見つめている。
そういや、舞耶は侮られるのが嫌いだったな、と思い返す。昔から三郎は家中の者から何かと侮られていたが、一向に気にせず書を読み続けていた。
ところが、何故か傍にいた舞耶が必死になって彼らに反論していたのだ。その後で、「どうして言い返さないのですか!?」と、三郎自身も怒られていたが。
「そんな顔するな、美人が台無しだぞ」
な、美人!? と、舞耶が顔を真っ赤にする。三郎は笑顔になって言った。
「ああいう輩はどこにでもいるさ。なにせ世の中はバカばっかだからな」
舞耶がこちらを振り仰いでいる。不思議そうに見つめるその顔は昔と変わらなかった。
「さて、生き残るためには仕方ない。――出陣だ」
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