第18話 探偵不在

「そうだ、わたし結構若く見られる事が多いですから、名探偵かもしれませんよね?!」


 さも名案とばかりに問いかけられた。


 「見た目が子供なら良いって事であれば、ライバルは中学生っぽいお笑い芸人でも良いですね。」


 「えー、じゃあいいです。名探偵を名乗ったところで真実がわかる訳でも無いので。」


 分かっているなら無駄に話を脱線させないでもらいたい。


 秋の肌寒さにもようやく慣れてきた頃、薪坂少年の保護者である三ヶ木氏の身辺調査プロジェクトは、潤沢な予算と日程をあらかた消化していた。


 素人にしてはよく調べたところではあるのだが、2021年に現れた少年との関連をうかがわせる情報など、そう簡単には得られなかった。


 期待はずれの釣果にやむをえず向かい合うことにした夜風は、ひとまず集めた三ヶ木氏の情報を整理し、少年との関係性を見出せないかと頭を捻っていた。


 「しかしまあ、知れば知るほど事件の黒幕っぽいですね。」


 「まだ何の事件も起きてないですよ、所長。」


 「良いじゃないですか、私たちは別に警察でもマスコミでもありませんから。無責任な嫌疑を掛けたところで、表に出してご本人に迷惑を掛けないうちは問題ありませんよ。」


 一理あるような気もするが、身勝手な言い分である。


 繰り返しはなるが、三ヶ木氏についての“取材”から得られた情報に、核心に迫るものは無い。


 それらは基本的に、ありきたりな評価ばかりだった。彼は優秀ではあったが気難しい人物で、当時所属した研究室でも相当煙たがられていたらしい。現状どこの組織にも所属していないらしいこととも、辻褄が合う。


 専門は工学系。当時今ほどは盛り上がっていなかった人工知能に関する分野を専攻している。ただ、計算機の処理能力を超える空論ばかりで全く相手にされなかったとか。


 相手にされなかったのに優秀さを評価されていたのは、人工知能の参考にしていた脳科学分野での話だ。学会の場で質問を受けた教授から、受験し直してでも脳科学を専攻した方が良いと半ば冗談めかして誘われていた、という証言もあった。


 「一応、各組織で同期だった関係者の中には“悪い奴じゃ無かった”という人物もそれなりにいましたよね。」


 「新橋さん、そこは正確に。悪い奴じゃ無かった“けど”、までが皆様の共通認識です。」


 夜風の指摘通り、良い奴だったとまで断言する人物は居なかった。父親が資産家で金には困っておらず、他人の指摘は気に留めずに我が道を行くタイプだったらしい。そんな性格だからプレゼンテーションが上手くなく、就職のめども立たないまま私費で研究を続けると言い残して大学を去ったそうだ。


 ここまで聞くと親のすねかじりだが、一部近しい立場に居た人物の話では、父親のビジネスの成功は三ヶ木氏が裏で支えていたらしい。バブル崩壊の引き金になった証券会社の破産騒ぎを事前に言い当ててからは、父親の方が息子に心酔しきっていたとか。


 「才能と財産を持て余し、あらゆる組織から離れて独自の研究に没頭している。これだけ聞くと確かにマッドサイエンティストというか、黒幕らしさは満点ですね。花丸をあげたいところです。」


 「ほら、やっぱり新橋さんも同じ考えじゃないですか。」


 ただ、気になる事がある。


 「これって、所長にも当てはまりません?」


 「まあ、悪魔ですから。」


 才能を持て余す、と言うあたりも含めての全肯定。このふてぶてしさは、少々羨ましくもある。


 「だったら、同じ境遇を生きる者として、彼、三ヶ木 善市氏の現在について、何か推測とか出来ないですか?」


 「仮に、私と同じタイプであるとするのであれば、推測するのは無理ですね。あらゆる研究成果は常に他人の想像を超えるでしょうから。」


 フフンと得意げに胸を張る一方で、こと今この時点において、その才能が微塵も役に立っていない。指摘したいところだが、今は少し視点を変えてみることにする。


 「では、仮に所長ほどの才能では無かったとして考えてみましょうか。ついでに推測のポイントを絞りましょう。三ヶ木氏が薪坂少年を引き取った意味は、何なんでしょうね。」


 「どうでしょう。好意的に考えて後継者の育成、ファンタジー小説的には実験台といったところでしょうか。」


 「そこはファンタジーじゃなくて、SFかサスペンスじゃ無いですか?」


 どちらにしても、ここまで聞いた三ヶ木氏の人物像からは、好意的な見かたでは無い方の可能性も疑いたくはなる。たとえば、脳科学の知識を活かして自身の記憶を薪坂少年にコピーしていたら・・・。僕たちが2021年に遭遇した薪坂少年と同じ顔をした彼、仮称卜部少年の正体は、実は三ヶ木善市その人だった?


 ああ、なるほど。このカテゴリーならファンタジーでもしっくりくる。20年以上見た目が変わらない説明にはならないが、全てに説明が付く仮説を思いつくには物書きのスキルが必要だろう。


 結局、ターゲットに関する情報に確信を得られないままタイムアップ。記事にあった火災の当日になってしまった。


 残念ながら、弊研究所の限られたスタッフの中に名探偵は存在せず、薪坂少年どころか、三ヶ木氏の正体にも迫れなかった。そんな僕たちに取れる行動となると・・・。


 「結局、インチキに頼るしか無い訳ですね。」


 「人聞きが悪いですよ新橋さん。これは私の研究成果による正当な武器な訳ですから、インチキどころか正攻法じゃないですか。」


 正攻法かは置いておいて、今さらではある。過去を再現して調査出来る時点で既にチートな訳で、もはや綺麗に推理して看破する展開に未練は無い。ただ、ちょっとズルいよなぁという申し訳なさが残る。


 「結局こうなるんであれば、今までの取材ごっこも必要なかったんじゃないですか?」


 「そうでも無いですよ。私たちに出来ることといえば、現場で何があったかを観測することだけですから。」


 そう、全部確認出来るのだ。となれば、やはり取材の意味は無かった様に思うところだが、それを見越して夜風は説明を付け加える。


 「ただ眺めるだけですから、彼らが交わす言葉がどの様な意味を持つのか、その背景を知っていなければ理解できない可能性が有ります。ご本人達が分かり易く解説しながら会話してくれるはずも有りませんからね。」


 なるほど。夜風の計画では初めからそのための聞き込みだったと言うことか。そうであれば、初めから目的を伝えてくれれば良いものを。


 きっと、無駄に事件を推理しようとしていた僕を眺めて楽しんで居たに違いない。厄介な上司を持ったものだ。


 一言投げつけてやりたい文句を飲み込み、いよいよ三ヶ木氏邸宅への侵入を試みる。レンタカーを借り、ペーパードライバーには少々難易度の高い山道を走破すると、ゲームや漫画にでも有りそうな洋館に辿り着いた。なかなか良い趣味をしている。


 目的地を確認した僕たちは、その場から一旦離れ、かろうじて地図に載る程度の獣道に車を停車させる。ここなら“射程圏内"だ。


 「レンタルで借りたルパン三世のVHSは無駄になりましたね。どうやって潜入しようか考える時間は、まあ楽しかったですよ。」


 「面白いアイデアがあれば直接の潜入というのも試してみたかったのですが、残念です。新橋さんにもう少し想像力さえあれば、と言ったところですね。」


 勝手に楽しんで勝手に失望されるのも良い迷惑だ。


 僕が直接潜入する必要など無いことは、古見さんの追跡を行った時の経緯を思い出せば明白だった。現在当該邸宅との距離は300mほどの位置にあり、半径1kmという条件は余裕でクリアしている。


 この範囲内であれば、僕から離れて妖精さん状態の夜風がふらふら移動する事が可能なのだ。本来、偽装現実に放り込まれた僕のオペレーターとしての姿なのだが、今に至っては夜風が潜入の主役である。


 とはいえ、僕以外には見えない存在であり、完全にノーリスク。これがゲームなら非情にナメた展開だ。真面目に潜入方法を考えていた自分がバカバカしくなる。


 「新橋さん、真面目に考える人はルパン三世をヒントにはしないと思いますよ?」


 「表情から思考を読み取るの、やめてもらえませんかね。」


 相変わらず厄介な上司をさっさと目的地に送り出す。ここからは夜風に任せて自分は狭い車中とはいえバカンスに突入する、・・・つもりだったのだが。


 よく考えれば分かりそうなことだが、この後は遠隔で上司の話し相手をさせられる運命が待っているのだった。

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