第15話 なぜ、そんなモノを持っているのか。

 当たりが出たらもう一本、これがアイスクリームなら素直に喜べるのだが。厄介事を当てずっぽうで解決したことで、困ったことにもう一本新しい問題が浮上した。


 「間違いなく彼、僕たちが卜部君と呼んでいた少年と同じ顔ですが・・・どう思います?所長。」


 開かれた画像は地方新聞のアーカイブ。問題はその記事の内容だった。


 「親類縁者、と言うには余りにも一致しすぎていますね。一卵性双生児という場合もありますが、そうだとしても問題は同じでしょう。」


 仮に双子だとしても年齢は同じ。そうなると、新しい問題が発生する。この記事が2003年の日付で発行されているという問題が。現在から20年近く過去の記事と言うことになる。


 2003年10月初旬、関東某所山間部、三ヶ木(みかげ) 善市(ぜんいち)氏邸宅で未明に大規模火災。周囲の山林に延焼は無かったものの邸宅は全焼。三ヶ木氏本人と、同居していた甥である小学生の少年の消息が不明、となっている。


 「薪坂 優、11歳・・・ですか。もしかして、所長の遠縁だったりしません?」


 彼が本人だとすれば現在、2021年なら29歳前後になる。17歳から年をとらない声優や、吸血鬼と疑われるほどに見た目が代わらない漫画家になら心当たりがあるものの、そういうレベルではなかった。冗談にならない精度で当時の姿と一致している。となれば、心当たりは齢120ほどを数える目の前の少女ぐらいなのだが。


 「んー、違うと思いますよ。私たち、個体数が少ないので基本みな顔見知りなんですよ。私のコミュニティと別口で生き残っていた可能性も、まあ理論的にはあり得ますけど。」


 僕にとって非現実的な存在の代名詞とも言える少女は、この消息不明とされる少年が彼女と同じ存在である可能性は現実的では無いと言外に語りながら、記事を閲覧していたモニタとは別の端末に指を走らせる。


 「やれやれ、今回は実務を所長に任せて、僕はコーヒーを淹れるだけの簡単なお仕事だと思っていたんですけどね。」


 不本意ながら条件がそろってしまった。仮称卜部少年が何者なのか分からない以上、全く同じ顔を持つ薪坂くん、ああいや、一応年長者になるか。薪坂さんに何があったのか、不明とされる消息を追う必要があるだろう。


 そして、弊組織にはそれを可能とする手段が存在する。


 「と言うわけで新橋さん、久しぶりの長期出張ですね。」


 「待ちかねていた風に言わないで下さい。僕としては、月曜日を迎える社会人の気分ですよ。」


 雛坂研究所での僕の仕事は、本来お茶汲みとペットの世話ではない。正確に言えば、この2件すら僕の役割では無く、所内に待機さえしていれば読書なりゲームなり、好きに過ごして居れば良いという一見破格の待遇だ。


 「そうなんですか?普段手持ち無沙汰で落ち着かなさそうだったので、私はてっきり、お仕事がくるのを待っているものと考えていました。」


 「いやまあ、実際暇を持て余してはいましたけれど。メリハリが強すぎ無いですか?この契約。」


 破格の待遇の代償は、偽装現実実験の被験者となること。偽装世界の中で何日、何ヶ月過ごしたところで現実の世界では1秒すら経過していない、即ち勤務時間ゼロ扱いである。


 現実で遊んでいてもOKというのは魅力的な提案だったため承諾したものの、偽装世界での体感拘束時間に合わせた報酬を求めた方が良かったかもしれない。


 「はいはい、今さら文句言わないで下さいね。古来より悪魔との契約に後悔はつきものなのです。あ、新橋さんコレ持ってて下さい。」


 久しぶりに悪魔らしい振る舞いが出来て上機嫌な所長殿は、手際よくセッティングを進めながら、思い出した様に奇妙な携帯端末を差し出した。


 「何ですかそれ?トランシーバー?」


 「携帯電話ですよ、いわゆるガラケーですね。2003年ではスマートフォンを使える電波なんて飛んでいませんから。ちなみにこれは私が20年前に使っていた端末です。」


 「随分と物持ちが良いことで、というか、良くそんなモノがすぐ出てきますよね。」


 理屈は分かったが、最新技術のさらに先を扱おうという研究所から、実際良くこんなアーティファクトが出てきたモノだ。


 感心しながら端末を受け取ると、じゃらりという音と供に見た目以上の重量が右手に襲いかかる。


 「っと、何ですかこの束は。」


 「ストラップに決まっているじゃないですか。かわいいですよね。」


 決まっているのか。そしていつものことだが、かわいさは肯定が前提になっている。正直に言うと、何か呪いの儀式に使われている怪しい術具かと思った。


 「わかりました。じゃあこれは僕が外しておくので、所長は準備の方進めていて下さい。」


 「えー、かわいいのに。かわいいのにぃ。」


 「駄々こねるんじゃありませんよ全く。かわいいから僕が持ってちゃ不自然ででしょう、目立つ様な振る舞いはマズいんですよね?」


 偽装世界では、実際の過去とかけ離れた事象が発生した場合、言い換えれば現実との矛盾が大きくなり過ぎると、世界を保てなくなるらしい。偽装が剥がれる、と表現するその現象を未然に防ぐためにも、目立つような行動を避けるように説いてきたのは、他ならぬ夜風自身だ。


 「・・・かわいいのに。」


 台詞は変わっていないが声のトーンで渋々了承したことを表現する。同意が得られたので、早速呪われた携帯電話を解放してやるためにストラップを取り外し始める。しかし、夜風は彼女の仕事には戻らず、もう一つの指示を残した。


 「分かりました。ストラップは諦めましょう。あと新橋さん、手持ちの晶子さんと野口くんをお預かりします。代わりに諭吉っつぁんを5人ほどお預けしますので、財布を整理しておいて下さい。」


 「特別ボーナス、という話ではなさそうですね。あー、デザインが違っていたんですか。」


 「話が早くて助かります。しかもデザインが変更されたのが2004年なんですよ。これがもっと昔なら、こども銀行扱いされるだけでて済むかもしれないんですけどね。しかし、今回はその前年である2003年を調査しますので、タイミングが悪すぎます。何かしらの漏洩や不正な手段で入手したと疑われかねないです。はっきりいって超危険物です。」


 確かに。既に新札のデザインは発表されている頃か。発行はまだなのに、それを実際に持っている人間が居れば大ごとだろう。大人しく指示に従い自分の財布を確認するのだが・・・。


 「所長、二千円札ってどうしましょう?」


 「なんでそんなモノ持ってるんです?」


 そんなモノとは酷い言い草だ。現役で認められている正規の紙幣だというのに。まあ、自販機では使えないのだろうけれど。


 「結構前に、貸した金をコレで返してきた奴が居たんですよ。使う機会が無いからずっと財布に居座ってるんですよね、困ったことに。」


 「はあ。まあどちらにしてもお預かりしておきます。もういっそ小銭も出して下さい。すべてを諭吉に託すのです。」


 「怪しげな新興宗教みたいな言い草になっていますよ。」


 「現金信仰というジャンルであれば、既存のコミュニティが乱立していそうですね。新興勢力の入る余地は無いんじゃないでしょうか。レッドオーシャン中のレッドオーシャン、真っ赤っかです。」


 現金信仰というのはどうにも響きがよろしくないが、よくよく考えればこの人をトップに仰いでいる時点で僕自身も悪魔崇拝をしていることになるのか。体面を気にする地点は、スタート時点で通り過ぎていた。


 などと、くだらないやり取りをしている内に準備が完了した。修行のためにみずからの何倍もの重量をくくり付けていた携帯電話をその呪縛から解放し、オラもそろそろ本気を出すとしよう。


 一方財布の中は諭吉一色。こちらはドンジャラなら相当高得点を期待できそうだ。


 「新橋さん、念のため持ち物はもう一度チェックしておいて下さい。」


 小学校の遠足を思わせる念入りな持ち物チェックを指示しながら、夜風は解説を続ける。


 「べっちゃんにより偽装世界へ投入される新橋さんは、ご本人の現在の認識をベースに作成されます。とはいえ、新橋さんが思い込んでいれば何でも実現出来るということは全くなく、無意識下も含めて認識されている情報がベースになります。なので、実はうっかり持ってきていた、なんてモノまで反映されてしまいます。ご注意を。」


 「分かりましたけど、そんな感じでうっかり持ってきているモノがあっても、向こうでも気付かないとおもいますよ。」


 指摘しつつも、一応はもう一通り確認しておく。携帯電話、財布供に問題無しだ。使えないと指摘されているスマートフォンも、機器自体は持ち込んでOKらしい。


 見られたら不思議には思われるかもしれないが、よく分からない不思議なモノ、程度の扱で済みそうなんだとか。電波は届かないが、メモをとる程度は出来そうだ。


 「問題ありません。それじゃ、お願いします。」


 持ち物検査の完了を告げ、ゴーグルをかぶる。


 「ではオペレーション開始します。システムリンク・偽装構築、介入開始。」


 操作の開始を告げられ、意識がまどろみ始めたところで、珍しく慌てる様なトーンで夜風が話しかけてきた。


 「あ、新橋さんすみません、一つお伝えし忘れていました。いいですか・・・」


 まだ夜風の声は聞こえているが、徐々に意識が遠くなる。このパターン、映画やドラマでも良くあるやつだ。大事なことは結局、何も聞こえないパターンだ。


 そう覚悟したところで、夜風からの最後の一言が頭に響いた。


 「2000円札、使えたみたいです。ちょうど2000年ですね、この年の途中から発行されていたみたいです。」


 想定に反してはっきりと聞こえたが、心底どうでも良かった。

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