第13話 ブリーフィング

 「歴代の仮面ヒーローだったり、変身ヒロインが大集合する劇場版アニメがあるじゃないですか。」


 「突然どうしたんです?新橋さんのご趣味には無かったラインナップと思いますが。」


 「いえね、ああいうのって、1人や2人全然関係無い人が混じってても案外すんなり受け入れられそうだなと思いまして。」


 「はあ。もしかして美少女変身ヒロインの中に混ざりたいのですか?」


 「僕の運動神経では、足を引っ張ることになるのでやめておきますよ。地球に危機を招きかねない。」


 夜風のいぶかしげな質問を軽く流して、あらためて周囲を眺める。雛坂研究所の入るマンションの1階共用スペース。その中に会議室のような設備もあり、今は夜風が予約を取り客人を招いていた。


 その客人とは、先日の騒動で同席した面々、小路ちゃんが所属する部活動のメンバーだ。しかしその中に一人だけ、見覚えの無い異質な雰囲気の少女が居た。


 「あのテーブルのエスニックな雰囲気の女の子、僕は勝手に例の部活動のメンバーだと思ってましたけど、もし彼らの方も僕たち研究所のメンバーだと思っていたら、謎の人物が増えている事にならないかな、なんて。」


 前回の古見家、そして僕と夜風が“過去の世界”でお邪魔した部活動の中にも彼女の

姿は無かったはずだ。不思議な空気を纏う褐色の少女は、炭酸のペットボトルを興味深げに眺めている。


 実は先日の卜部少年の関係者だった、なんて展開も警戒していたのだが、その点については顔見知りから情報がもたらされた。いや、見知っているとは言え、彼女も実際に対面するのは今日が初めてにはなるのか。


 「アルはねー、ちゃんと私たちのメンバーだよー。そういう新橋さんこそ、ひななんが作ったAIプログラムなんかじゃ無いかと密かに疑っていた、かなぎちゃんなのであった。」


 いつの間にかひょっこり現れた柑凪さんが、あの子が関係者であることを告げると長テーブルの向こう側にしゃがみ込み、手と首だけを出した状態で話を続ける。


 「いやー、実在したんですなぁ、新橋さん。あらためまして、柑凪かなぎです。よろしくねっ。なんか、イメージしてたより大きいですよね。」


 「そりゃこの前はスマートフォンの画面越しだったからでしょ。もう少し大きい画面になら実物大には近づくけれど、あれ以上大きくすると所長が肩こりを発症してしまうからね。」


 「えー、大丈夫でしょ-。若者の代謝を舐めて貰っては困りますぜお兄さん、ねー、ひなななーん?」


 急に話を振られた夜風は、古見家でのやり取りの中ですっかり懐いてしまった小動物に目線を合わせるように、テーブルのこちら側にしゃがみ込むと、顔だけ出した状態で答える。


 「もちろんです。私に肩こりなどは無縁ですので。ただ、私に似合わないサイズだと可愛くないので、やはり大画面端末は却下いたします。」


 肩こりが無縁なのは若さが理由ではないのだろうが、余計なことは言わずにため息で返す。ちょうどそこに、遅れて到着した志摩波さんが姿を現した。


 「・・・何、してるの?あなたたち。」


 「おつかれー志摩りん、今日はこのスタイルで会議を始めるよー、さ、はやくはやく。」


 「帰っていいかしら?」


 志摩波さんが呆れた表情でたしなめると、それを聞きつけた小田部君が切羽詰まった口調で引き留める。


 「行かないでくれ氷の女王っ。初対面の人たちの前で柑凪を制御出来るのはお前しか居ないんだよ、なんでか知らんけど部長も剛もろくに止めようとしないし!」


 「誰が氷の女王よまったく。あいつらが止めないのも、この人たちを信用してるってことよ。って、あ。すみません、お守りを任せてしまって。」


 一言断ると、志摩波さんはテーブルに張り付いた小動物を引き剥がし席に着かせる。なるほど実に頼りになる女王陛下だ。


 今日皆に集まって貰ったのは他でもない、という台詞を声に出して言いたかったところだが、それは置いておいて。この場は謎の少年ハッカー、仮称 卜部うらべ君の正体にどの様に迫るか、という作戦会議である。


 なるべく全員が集まれる日時で調整し、今回は志摩波さんも合流。そして、事実上初対面の小田部君と、正真正銘初対面の謎の少女が加わったらしい、というのがここまでの経緯だ。

 どうやらあまり社交性には自信の無いらしい小田部君をよそに、一通り自己紹介を済ませる。彼のフルネームは小田部 幸広。そして件の謎の少女については、柑凪さんの家にホームステイで来ている外国人と言うことらしい。


 「アルモ。言葉は分かるけど、文化は知識だけ。多分役に立たない。でもよろしく。」


 と、本人の第一声はこんな感じ。


 「心配ないぞぉアル、アルの分までかなぎちゃんが大活躍するから、まーったく問題ないのだっ。」


 「おー。すごいぞ、かなぎ。でも、かなぎは大人しくしていた方が皆よろこぶ。」


 言葉は拙いが、聡明な人物であることを期待して良さそうだ。はしごを外されたはずの柑凪さんは、全く堪えて居ない様ではあるが。


 「柑凪さん、転校生って言ってたよね。転校してホームステイまで受け入れるなんて、随分アクティブなご両親だね。」


 考えて見ればおかしな話だ。ホームステイの制度自体詳しくは知らないが、こういった状況の家族が選ばれるものなのだろうか。少し気になって話を続けようとしたのだが。


 「すみません新橋さん、アルと柑凪はこの通り個性の塊なので、今触れると話が戻せなくなるかと。今日のところは、異文化視点担当者と言う程度にとどめて頂ければ。」


 三久島君に怒られてしまった。確かにこの2人に深入りするのは得策では無い。彼には簡単に詫びと感謝を伝え、本題に入る。


 まずは先日の卜部少年との接触につて情報共有。概要を当日居合わせなかった3人に伝えたところ、小田部君から質問が出た。


 「そんな怪しいヤツの言うこと、皆は信じるのか?このままコイツのこと調べて大丈夫なのかな、本人が危険は無いっていうならさ、もう関わらない方が良いんじゃ無いの?」


 危機感から混乱して矛盾を孕む思考に陥っている小田部君に、志摩波さんが答える。


 「注意は必要ね。ただ、鵜呑みに出来ないということであれば、本人が危険は無いと伝えてきた言葉すら疑う必要があるわ。信じるにしても信じないにしても、調べておくべきだと、私は思うけれど。」


 「実際のところ、良かったコレで安心だと、スッパリ忘れて平穏に生活できるのは柑凪ぐらいのものだろう。」


 続けて指摘する三久島君の意見も受けて、小田部君もしぶしぶ納得した様子だった。柑凪さんはというと、特別良い意味で引き合いに出されたということは無いと思うのだが、本人は実に自慢げだ。


 「意思統一もとれたところで、もう一度彼の情報を、分かっている事だけでも纏めてみましょうか。」


 「あ、はい、お願いします。」


 まだ緊張感はほぐれていないだろうか、夜風の呼びかけに小田部君が堅苦しく答える。


 「まず、映像が本物であるかは分かりませんが、見た目は子供、言動はやや大人びている印象です。各自感性の差異を考慮しても、おおよその見解は一致しするものと期待します。」


 「続いて日本語、よどみなく標準語を使いますね。またインターネットにおける日本のミームやスラングにも詳しい様子でした。ご本人がかなり警戒されている様子でしたので、今分かるのはこのくらいでしょうか。他に、何かありませんか?」


 夜風が一通り現状を纏めると、柑凪さんが早速手を挙げる。


 「さすらいの世襲議員である可能性は否定しない、だね!」


 「いや、それはいいから。」


 部長の佐治原君からツッコミが入る。


 「正確には、巨大組織には追われてはいない。かつ、電脳世界に囚われたさすらいの世襲議員で、実は私たちに助けを求めに来た、という点は否定も肯定もしない、ですね。」


 「いやだから、その確認は要らないですよね。」


 情報を補足する夜風に、今度は僕から苦言を呈するのだが、ここで柑凪さんが食い下がる


 「いやいやしゅー兄、ここはですなぁ。こんな荒唐無稽な説をウラランが警戒しているってところが重要なのですよ。」


 「なるほど。問題は世襲議員である可能性には無く、この後出てくるはずだったトンデモ説が、どこかで当たりを引くかもしれない点にあったと。」


 「さーっすがひななん、それそれ。それが言いたかったのだよかなぎちゃんは。おそらくウラランには、信じられない様な秘密が隠されているのだと、ワタクシ思うのですよ。」


 さらっと"しゅー兄"にされてしまったことはともかく、良くもまあそんな理屈を思いつくものだ。仮に、本当にそこまで考えていたのだとしても、この子と話をするのが疲れるという事実は動かない。とりあえず話を戻さなくては。


 「結局のところ、現状ではお世辞にも情報を絞り込めたとは言えないですね。となると、手がかりになるのは僕がリモートから録画したこの映像だけ、ですか。」


 プロジェクターに当時の“通話”の様子を映し出す。卜部少年と古見さんのフリをした夜風の通話・・・ではなく、僕と夜風、彼女の携帯のメインカメラで写していた映像を研究所側で僕が録画していたものだ。これを卜部君に悟られないために、当時僕側のデバイスはミュートにしていた。


 そこには、メインカメラ越しにもう一つの通話の様子がそれなりの解像度で映し出されている。


 「一応確認しておくけれど、彼の顔に見覚えがあるって人は、いないよね?」


 会議室を見渡すものの、やはり期待した回答は無し。


 「あの様子だったから、どこかで天才少年として騒がれてるんじゃないかとは思うけれど、身内に情報は無し、か。」


 あきらめ、というより再確認したところで、柑凪さんが謎の少女、アルモちゃんに話しかける。


 「ねえねえ、実はアルの知り合いだった!とか無いよね?」


 「知らない人。でも、たぶん日本人。」


 「おおっ、そのこころは?」


 「こころ?」


 「あー、ごめんごめん、なんでそう思ったの?」


 柑凪さんが日本人では無いアルモちゃんに難しい聞き方をした事を訂正する。しかし、意図せずこのやり取りが、アルモちゃんの意見の本質を突いていたらしい。


 「把握した。なぞかけ、というやつで使う言い回しだ。」


 「そうそう、で、なんでアルはウラランが日本人だと思ったのかな?」


 「うん。今のやつだ。」


 「今のって?」


 「ちょっとまて。説明する。順番にだ。まず、私は日本語を理解している。かなぎ達と同じぐらいに。」


 外国人には珍しいたいした自信だ。日本語完全に理解した、なんて日本人ですら思わないだろう。だが、なるほどそういうことか。


 「だが、だから、分かる。私は日本語を話せていない。その、上手には。」


 「いやいや、アルは十分上手だよっ自信もっていこー!」


 「そういうのは、いい。そうじゃない。」


 徐々にぐだぐだしてきた。そろそろ、僕から纏めに掛からなくては。


 「なるほど。もし外国人であれば、例え日本語を理解していてもあそこまで流暢には話をできないだろう、ってことかな。」


 「助かる。新橋えらい。ありがとう。」


 どうやら的を射ていたらしい。なるほど、日本人とみて間違いはなさそうだ。だが、やはりそれだけでは、この後の方針は建て難いのが実情だ。


 「ふむ、多少の見込みは絞り込めましたが、まだ情報は足りませんね。ここからどうしたものでしょうか。」


 夜風も考えは同じだったらしく、皆に意見を募る。


 「どこかで有名な子かもしれない、ということなら、SNSで聞いて回るというのはどうかしら。上手いことインフルエンサーに補足してもらう必要はあるけれど。」


 「成果は期待できますが、危険ですね。ターゲット本人が周知されることを好むとは思いませんし、最悪の場合、現状では否定されている敵意を生じてしまう可能性があります。」


 志摩波さんから挙がった意見に、夜風が慎重な姿勢を示す。とは言え、確かに後先考えなければ有効な手段には思う。当日居合わせなかった分、柔軟な発想ができるのだろう。


 「画像の出所もしゅー兄の隠し撮りだしねー。」


 「正直そこは不安要素でした。新橋さんは変に生真面目なので、倫理的にアウトなシーンが映ったら録画を止めてしまう可能性がありましたからね。ターゲットが全年齢対象な人で良かったですよ。」


 柑凪さんと夜風が好き勝手に盛り上がっているが、ここは放置が得策だ。そうそう何度も蛇の潜む藪をつつくことが無い程度には学習したつもりだ。


 悪ノリタッグをスルーすると、今度は小田部君が手を挙げる。


 「となると、あとは画像検索ぐらいしかすることが無いんじゃないか?」


 「なるほど。それは試してみる価値がありますね。サーバーに履歴は残ってしまうでしょうけれど、ご本人にバレなければ大丈夫でしょう。さっそくやってみますね。」


 「え!?いや、ちょっと、それってバレたらマズいってことですよね!」


 名案とばかりに即行動する夜風。小田部君が余計な事をいってしまったことを後悔する間もなく、画面には早速検索結果が並ぶ。


 「これは・・・、当たりが入っていたとしても分かりませんね。」


 検索の結果、同年代の少年の画像どころか、単に髪型が似ているだけのナイスミドルまで上位に表示されている。ざっと見たところでは同一人物の姿は無く、このまま続けても徒労に終わるであろう事が見て取れる。


 「と、とりあえず、ヤバそうなプロフィールの奴が出てこなくて良かった・・・のか?」


 小田部君が胸をなで下ろすが、そんな様子もよそに夜風は淡々と話をまとめはじめる。


 「ヤバそうな方でも見つかれば楽だったのですが。とは言え、アイデアは悪くないと思います。インスピレーションは頂きましたので、私の方でもう少し対策を練ってみますね。皆さんも今日は一旦お引き取り頂いて、何かアイデアがあれば次回持ち寄りましょう。」


 「え!?マジでッ?かなぎちゃん、アルの分まで役に立つはずだったのにまだ何もしてないよ?」


 夜風が促した締めくくりの空気を、柑凪さんが遮る。流石に今はこれ以上なにもできないと思うが、ここまで常識の壁をある意味打ち破ってきた柑凪さんだ、多少なりとも期待をしてしまいそうになる。


 「おや、まだ何かアイデアがあるのですか?」


 「うーん、無いね!」


 柑凪さんは夜風からの確認に、言われてみるとと何もアイデアが無かったことに気付いたという様子で、いっそ清々しいほどに元気の良い回答を発する。後先を考えているのかいないのか。


 「では解散で。」


 「オッケー!次回までに面白い解決策を考えとくからねっ。」


 解決策が面白くある必要は無いのだが。指摘する間もなく、柑凪さんは志摩波さんに引っ張られて帰り支度に取りかかった。


 なるほど、これは。次に集まるときも是非、志摩波さんの都合が良い日程にしなくてはならない。

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