第12話 仕切り直し
柳に風、暖簾に腕押し、ぬかに釘。日本語の表現というのは、外国人に申し訳無いほどに実バリエーションが豊かだ。ただ、惜しむらくは今のこの状況、これを比喩するには義務教育で培ってきた語彙力では少々荷が重い。
あえて言葉を紡ぐとしたのなら、暖簾にマジックハンドでコークスクリューブローを連打している、と言ったところだろうか。
仮称、卜部少年が一体何者なのか。夜風はどうにかしてヒントになりそうな情報を引き出そうと質問を繰り返すが、少年からは一切手応えのある回答はなく・・・いや、これはそもそも聞き方の問題だろう。
「どうやら私達の方も卜部さんに警戒されてしまっている様なので、まずは雑談でもいかがでしょうか。実は私、最近レモンを使ったタバスコにハマってしまいまして、広島焼きに使ってみたら大変良かったので、それ以来気になってるんですよね。」
「もしかして、広島焼きって言い方に引っ掛かるかどうか確認してるのかな?なるほど、僕が広島県民か確認しているわけだ。面白いやり方だね。でも、特にコメントは無いよ。」
「むむ。では、芋煮のお話に変えましょうか。やはり牛肉にあう醤油といえば濃い口の・・・」
「今度は東北の芋煮論争だね、うんうん、知ってるよ。でも、話が突然代わって芋煮っていうのは、流石にあからさますぎないかな。」
本来は夜風の後押しをするべき立場なのだが。この状況は卜部君に共感せざるを得ない。
「なかなか手厳しいですね。直接お会いできれば、ご機嫌取りにデザートでも差し入れ出来たところなのですが。ちなみに卜部さんは大判焼きの餡はこしあんとつぶあん、どちらがお好みですか?」
「これ、何焼きで訂正するか待たれてるよね?でも今の切り替え方は芋煮の時より自然だったかな、花丸をあげよう。」
もはや完全にあしらわれている。確かに空気はほぐれて来たかもしれないが、ゆるすぎないか?これは。
「残念です、話には乗ってもらえませんか。まあ無理はありますよね。でも、ちょっとした雑談は出来たかと思います。」
一通り脱線して満足したのか、ようやく茶番が終幕を迎えた。となれば、ここからは夜風の隠された交渉術の才能に期待したいところ・・・なのだが、ここまでがここまでだけに不安はよぎる。
「それにしても、卜部さんはご自分のことを話したくないとのことでしたのに、私がなんとかして聞き出そうとする点については咎められないのですね。」
「うん、まあね。言ったろ?怖がらせちゃったみたいだから訂正しに来ただけだって。本当に、それだけなのさ。」
「ふむ。では、明日以降も私たちが卜部さんのことをあれこれ調べても怒られないと思って良いのでしょうか。映画などで主人公が危険に晒されるパターンであれば、これ以上関わるな、なんて言われそうなところですが。」
なるほど。この質問であれば彼が主張する“危険が無いことを伝えに来た”という主旨に沿うことになる。個人のプロファイルに関わる内容でもないはずだ。
「うーん、お勧めはしないけどね。僕自身は危害を加えるつもりは無いけどさ、僕のことを調べようとしてアンダーグラウンドな領域に手を出したとしたら、他でひどい目に遭うよ、多分。」
「ということは、危なくない方法であればご本人の公認の調査団として活動できる訳ですね。」
「そう、なるかな。いや参ったな、まさか面と向かってそんなことを言われるとは思わなかったよ。」
これまで、質問を意に介さなかった卜部少年は、想定していなかった要求に戸惑いを見せながらも了承の意を示した。
というか、不正アクセスの犯人に向かって、あなたの事を調べて良いですか、なんて聞くヤツがいると思う方がおかしいだろう。それを了承する方も稀だとは思うが。
「私としても、まさか本当に認可を頂けるとは思いませんでした。その余裕は、たとえ危ない方法をとっても私たちが貴方の正体にたどり着くことはない、という自信からでしょうか。それとも、仮にたどり着いたとしても私たちも卜部さんも特に困ることは無いから、なのでしょうか。」
「両方、と言いたいところだけど。危ない橋は渡って欲しくないなぁ。結果的に何かあったら、僕がこうして話をしに来た意味が無いどころか、逆効果だったってことになってしまうからね。」
少年の言葉は明確に肯定を示すものではなかったものの、夜風の仮定を否定しないと見て良いだろう。その意図を受け、夜風は一呼吸置いて話を続ける。
「お心遣いありがとうございます。私たちにとってはそれでも一つ進展があったと考えて良いでしょう。ふむ、真摯にお答え頂けている様なので、そろそろ明かしても良いかもしれませんね。」
夜風は思わせぶりに間を置くと、さも重大発表のように真剣な表情を作って画面に向けてこう話しかけた。
「ここまで伏せていましたが、実は私は元々の記事の執筆者、sanafull05さんでは無いのですよ。」
「そっか。話の途中ぐらいからかな、薄々感じてはいたよ。それじゃあ、君は誰なのかな?」
流石に、今までの流れで投稿者と同一人物でないことは分かるだろう。ほぼ自明であると言う点も夜風が情報を明かした理由の一つであり、重大発表風の真剣な表情も悪ふざけの様なものだった。となると、名前を尋ねられた夜風の回答は当然・・・。
「それは秘密です。あなたのお名前を聞かせて頂ければ、私からもお答えしますよ?」
「やっぱりそうなるよね。じゃあお互い秘密のままってことで。僕にそのつもりがない以前に、本名なのか確認する手段なんて無いわけだし。」
と、ここまでは予測出来た話の流れなのだが、ここで横やりが入る。
「ハイハーイ、じゃあ特別にかなぎちゃんが名乗り出てあげようっ。柑凪 かなぎ、高校1年生だよっ。よろしくぅ!」
「えっと、さっきのお姉さんだよね。えっと、突然どうしたのかな。悪いけど、お姉さんから名乗られたとしても、僕からも名乗るなんてつもりは無いよ?」
勢いで押し切られてくれればありがたいところだったが、流石にそうも行かないか。それにしても、柑凪さんの行動はうちの所長以上に読めないところがある。
「いいってことよー。情報がギブアンドテイクってことなら、今度はこっちから出しても良いんじゃ無いかって思った訳なのさ。だからもし気が向いたらってことで、そのとき教えてくれれば良いんだ・・・ぜ?よろしくねっ。」
柑凪さんが独特のノリと謎のテンションでまくし立てるので、モニター越しも含めた一同、都会に迷い込んだ野生動物への対処の如く扱いに困っていたのだが、当人は意に介さない。
「それにもしかしたら、かなぎちゃん偽名かもしれないぜぇ?」
「いやそれは無いと思う。」
初対面のはずの卜部少年が即答すると、その場の一同が感慨深く同意を示す。
その反応を受けた当人はというと。
「そっかぁ、かなぎちゃん早くもそこまで信頼を獲得してしまったか-。」
などと一貫して前向き姿勢を崩さない。この希有な才能は是非将来みんなの役に立てて貰いたいところだ。
「えー、話が大幅にそれてしまいましたがようやく落ち着いた様なので、他になにか彼に確認しておきたいことがある方はいませんか?」
夜風が自分のことを棚に上げて柑凪さんの意見を区切ると、三久島君が手を挙げた。
「では僕から、良いでしょうか。」
「うん、そっちの眼鏡のお兄さんだね。なんだか鋭そうな表情だけど、僕の答えには期待しないで欲しいな。」
「そのあたりは、先ほどまでの彼女とのやり取りで大方把握したよ。なので、君にも答え易いように、当たり前の事を今一度確認させて貰いたい。」
そう前置きをすると、三久島君は眼鏡の位置を直しながら質問を告げる。
「君は、一人なのか?」
「えっと、それはどういう意味なのかな?」
質問の背景がつかめないでいる卜部少年から確認を促され、三久島君が説明を続ける。
「まず一つは、今ここにアクセスしている君と、過去コメントを確認した人物が本当に同一人物なのか、そして、今アクセスしているこの状況やこれまでのアクセスに、君以外の第2、第3の協力者などいないのか、ということだな。」
三久島君は質問の意図を説明すると、答えを促すために一言付け加えた。
「君自身が主張する、君が危険人物では無いことの証明にも関わる話だ。例え今話をしている君自身が該当しなくても、君の協力者が危険人物であれば問題だろう?」
「なるほど。そういうことなら、今までもこれからも、僕の単独犯っていうことで間違いないよ。なんか単独犯って言い方も嫌だけど、実際のことろ表玄関から出入りしている訳じゃないからね。」
「なるほど。では何故君は、不正アクセスのリスクを冒してまでこんなことを?そこまでして伝えたいメッセージには思えないのだが。」
確かに言われてみれば不自然だ。しかし、夜風がそれを問わなかったのは、おそらく答えが予測できたから、か。
「僕にとっては、こういう裏口を使うのが当たり前でね。メッセージを残したのは言葉通りだよ、ただ感想を伝えたかっただけさ。僕だって世間話ぐらいはするさ、今みたいにね。」
少年は三久島君の確認に答えると、少し考える素振りを見せて話を付け加える。
「うーん、悪いんだけどさ、さっきの“当たり前の事を確認したい”っていう質問も、次からはパスしたいかな。どうやら画面の前のお姉さん以外にも、僕からすれば要注意な人が居るみたいだし、そろそろ話を終わらせて貰うよ。」
少年から通話の終了を切り出されると、夜風が交渉に出る。
「もう終わりですか?であれば、私は貴方の正体に迫る気満々なので、そうですね・・・。2週間後に答え合わせをさせて頂きたいです。もう一度お話させて頂けますか?」
「さっき僕に指摘していたけど、お姉さんも凄い自信だね?たったの2週間ってさ。良いよ、2週間後にまたコメントしてよ。このパソコンじゃ無くても、多分送信した環境には僕、アクセスできるから。」
というこれまた自信満々な回答が少年から返ってくる。夜風の提案が快諾されたのを受けて、最後に三久島君が再び話を切り出す。
「これで終わりということなら、最後に全員から一言ずつ伝えさせてもらえないだろうか。君には、答えたいものにだけ答えてもらえれば良い。」
「オーケー、じゃあ今日はそれで最後にしよう。」
卜部少年の了承を得ると、言い出しっぺの三久島君がまず質問を投げかける。
「まずは僕から、無理だと思うが一応聞いておこう、君の本当の目的は何だ?」
回答を待たずに目線で部長の佐治原君に合図を送る。
「えーっと、正直あんまり考えてなかったけど、そうだな。もし君の正体に辿り着いたら、僕たちの部活に入らないか?」
「お、気が合いますな部長-。かなぎちゃんからもほぼ同じだよっ。必ず正体を突き止めて友達になって貰うからな-、覚悟しとけー。」
と、柑凪さん。続けて、ここまで難しそうなやり取りに慌てて居た様子の小路ちゃんがようやく一言。
「えーっと、結局良く分からなかったんだけど。卜部くんもあんまり危ないことしちゃダメだよ-。」
柑凪さんに続き、もはや質問では無いが発想が如何にも小路ちゃんだ。そして彼女の幼なじみもやはり、類が友を呼ぶタイプの様で。
「あ、あのっ。わざわざお知らせに来て頂いてありがとうございましたっ。あと、コメント嬉しかったです。」
古見さんは名前こそ名乗っていないものの、自分が投稿者であることを隠す意図など微塵も無しに感謝を伝える。
それを受けて、バツが悪そうに夜風が最後を締めくくる。
「なんだか私と最初の彼の2人だけ思いやりが足りないみたいになってますね。・・・よし、私も路線変更しましょう。卜部さん、貴方は生きていますか?実は犯人が心霊現象なんじゃないか、って怖がっていた人もいましたので、念のため。」
悪意の無いコメントが続いた後に、三久島君一人だけにドライな人物像を押しつけられた。それでいて冗談交じりのふざけた質問だったのだが、気のせいだろうか、少しだけ卜部少年の表情が動いた気がする。
「うーん。正直、答えても良いメッセージもあったけど、答えられない人に悪いかもしれないから、僕からの回答は控えさせて貰おうかな。うん、大丈夫、画面の前のお姉さんも、眼鏡のお兄さんも、友達のためにこうして集まってるんだから、いい人たちだって分かってるよ。じゃ、また2週間後にね-。」
少年がそう言い残すと、通話の画面が終了する。元通りのデスクトップが表示された画面が残り、それを眺める三久島君の口から、夜風に対して一言疑問がこぼれる。
「何故、慰められてるんでしょうね、僕たち。」
「これはメンバー構成の問題ですね。新橋さんと志摩波さんが居ればチーム思いやり不足も五分の勢力になるはずです。」
などと、発言権の無いままに冷徹グループに編入されてしまった。後で志摩波さんの分まで抗議しておこう。
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