第11話 名も無きさすらいの世襲議員
幼少期、教科書に掲載された源 頼朝にそっくりだった友人に付けられたあだ名が“幕府”だった。今思えば、単純にヨリトモでは無い当たりにセンスを感じなくもない。
あだ名を創る側に立ったことは無いが、それには複数の才能が必要だと思う。言葉選びのセンスは要素の一つであり、一つは周囲に浸透させるための広報力。そして発想を躊躇いなく口にできる無邪気さか。
まあ、時の幕府に言わせれば、それは単なる“育ちの悪さ”らしいのだが。
依頼人である古見さんの人徳だろうか、集まった友人の中には最後の素養を有する人物は該当しなかった。しかし、その事実が思わぬ問題を発露させる。
「それじゃ改めて、と言いたいところだけど。悪いんだけど、自己紹介するつもりはないんだよね。僕は誰だって聞かれたからこうして連絡したんだけどさ、答えたくないよって言いに来たんだ。ゴメンね。」
古見さんのアカウント、そして今は使用しているPCに対して、不正アクセスを行っている“犯人”であるところの少年は、悪びれる様子もなく表面上だけの謝罪を口にする。
「なるほど。しかし、こうして連絡頂けたということは、他にはお話して頂けることがあると思って良いですよね。」
「話が早くて助かるよ。さっきも言ったとおり、僕としては悪気はなかったんだよね。それを伝えたいだけなんだ。あんまり何度も言うと逆に嘘だって思われそうだけど、信じてもらえると嬉しいな。」
夜風の指摘に対して、少年は屈託のない笑顔で答える。
「とはいえそうなると、あなたのことはどの様に呼べば良いのでしょうか。ハンドルネームのようなモノだけでも教えて頂けるとありがたいのですが。」
「うーん、それもちょっとなぁ。疑うわけじゃ無いけどさ、自分で付けたハンドルから僕の特徴みたいなモノを探られるみたいで何か嫌なんだよね。だからさ、君たちで好きに呼んでくれて良いよ。」
少年は疑うわけじゃ無いと言ったものの、おそらく夜風には指摘通りの意図があっただろう。口調の軽さに反して、彼の慎重な性格が垣間見える。
一方の夜風も、図星を突かれたはずだが一切その様な反応は見せずモニターに背を向ける。
「いきなり名付け親になって欲しいと言われてしましました。私には難しいので、ニックネームの専門家にアイデアを頂きたいのですが。」
柑凪さんに向かい合ったところで掛けていた椅子の回転が止まる。確かに、彼女は独特なニックネームを付ける傾向にある様なのだが、ここで意外な事実が判明した。
「えっ、わたし!?。えっと、ごめんねー。わたし他人の見た目とか特徴であだ名付けるのって何か嫌でさ、基本的にホントの名前をいじってるだけなんだよー。」
言われて過去の事例を振り返ると、確かにそうだった。その言動の一つ一つには無茶や無謀さを感じさせる柑凪さんではあったが、行動の内には彼女なりの配慮があったらしい。なるほど、組織の潤滑油を名乗るだけはある。
「えーと・・・そういうことらしいので、ニックネームを付けるために本名を教えて頂けないでしょうか。」
「うん、だめだよー。」
「ですよねー。」
再びモニターに向き直り、さも自然な話の流れであるかのように本名を聞き出そうとする夜風。少年は特に気を悪くした様子もなく、当たり前の様にこれを拒否した。
仕方なく、夜風が頭をひねり始めるのだが、彼女のセンスに合わせると・・・こういうことになる。
「では、どうせ仮のお名前であれば、TBDさんということで良いでしょうか。」
「てぃーびぃ?」
夜風の提案に対し、背後の小路ちゃんから疑問符付きで確認が届いた。
「To Be Determined。未定、ということですね。」
「僕は構わないけれど、良いのかい?後ろのみんなはしっくりきていないみたいだよ?」
事務的というか機械的というか、こういう時のワードセンスは夜風には期待できなさそうだ。“未定”の名を付けられそうになっている少年の指摘通り、特に小路ちゃんなどには覚え難いことこの上ないだろう。
ただ、その発想を受けて三久島君が一つの案を提示する。
「トゥ、ビィ。トベ・・・そうだな、
「To Beの部分だけでは未定の要素が無くなってしまいますよ?」
何故か夜風が食い下がるが、もとより決まってしまった途端その名が矛盾する案である。
「この場では由来の詳細を詰めるより、なるべく人名に近い、呼びやすい命名を優先するべきかと。」
「ふむ、一理ありますね。では卜部さんということで、よろしいでしょうか。」
「もちろん、構わないよ。」
三久島君からの説得に応じた夜風がディスプレイ越しに確認をとると、本人も元の宣言通り受け入れた。
これでようやく本題に入る事が出来る。
とは言え、何を聞き出したものか。おそらく卜部少年のプロファイルに関わる事は答えるつもりは無いだろう。今のところ友好的な態度には見えるが、無理に聞き出そうとすることで機嫌を損ねてしまった場合、通話を終了される可能性もある。
そんな中、夜風が最初の質問に選んだのは、依頼人 古見紗菜さんの安全を確認するものだった。
「では卜部さんに最初の質問です。悪意は無いとのことですが、今ってこのパソコン不正なアクセスをされているんですよね。」
「ああうん、そうだね。不正アクセスには、なるだろうね。」
「つまり、悪意は無いけれど悪いことはしている自覚がおありですね。となると、例え卜部さんに悪意が無かったとしても私たちが困ったことになる、という可能性が他にもあるのでは無いでしょうか。」
確かにそうだった。意思の有無など、実は大きな意味を持たない。例えばあおり運転で相手を死亡させた犯人は、殺意を否定するだろう。ただ、彼らは相手を死に至らしめる可能性があることを“知っている”。あおり運転をすると死亡事故につながる可能性がある、○か×か、と言う試験問題があれば○を選ぶのだ。
卜部少年は、悪意は無いことを理解して欲しいという。しかし、悪意が無ければ安全であるとは限らない。その意図を理解してのことかは分からないが、彼の回答は小学生に見える見た目に反して、慎重な言葉で紡がれた。
「んー、難しい質問だね。君たちに迷惑を掛ける様なことは無いはずではあるんだけど、証明するつもりは無いしなあ。」
「証明以前に、無い“はず" では不安が拭えないのですが。」
「まあまあ、そう構えないで。本当は迷惑なんて掛けないよって断言しても良いぐらいなんだ。とはいえ前回は見落としがあったものだから、流石に言い切れないよねってことで、うん、申し訳ない。」
「前回の見落としというのは、具体的にどの様なものでしょうか。」
「ほら、アカウント名が君のままになっていたことさ。いやうっかりしていてね。あれが切っ掛けでこんな大勢に相談するぐらい怖がらせてしまったんだよね?」
・・・アカウント名が“君”のままに。先方の名前を訪ねておきながら、一貫してこちらから名乗らなかった甲斐が合ったようだ。今の言動から、卜部少年はディスプレイに対峙する夜風の事を、古見紗菜さんと考えている様だ。
「なるほど、その事でしたか。しかしそうなると、前回にうっかりミスがあった以上、今後も無いという確証は無いんですよね。」
「厳しいなぁ。まあその通りではあるんだけど、今こうして連絡出来ている僕のスキルも信用して欲しいね。誰か悪意のあるクラッカーに真似されるような痕跡だって残しはしないさ。」
実際のところ、彼の技術力については折り紙付きだ。何しろ、ヒトの想像すら及ばないシステムを構築するような自称悪魔の少女、当雛坂研究所の所長である夜風をもってして、その糸口すらつかめなかったのだから。
「そんなにスキルのある方が、本当に名前を変え忘れたのでしょうか。というか、そもそもそんなやり方をしなくても普通にアカウントを作成して書き込めば良かったのでは?」
その夜風から当然とも言える疑問があがったのだが、卜部少年の回答はいとも単純なものだった。
「いやぁ、ほんと恥ずかしい事ではあるんだけどねぇ。スキルがあると横着したくなるものでさ、うっかりしたミスっていうのは結構、そういう簡単なところで起きるモノなんだよねー。」
「ぁー、分かります。学校のテストでもケアレスミスってありますからね。」
今の言い方はおそらく学校のテストを思い出したものではなく、システムエンジニアサイドの“分かります”だ。身につまされるものがあるのだろう。
まあたしかに、少年の回答を鵜呑みにする訳ではないが、今のところ自然な回答ではある。
「ひとまず、今のところ害はなさそう、と言う点は信じる他なさそうですね。えっと、私ばかりお話していますが、皆さんなにかお聞きしておくべきことなど無いでしょうか。」
夜風は一つ目の質問を終えると、改めて背後を振り返り意見を確認する。勿論、直ぐに質問が出ることなど無いだろう。今のは、後でもう一度話を振るから、何か聞いておくべき事を考えて欲しい、という合図だ。
合図、だったのだが。・・・柑凪さんが元気に挙手をして話に加わってきた。
「ハイハーイ、じゃウララんに質問ですっ。休日とか何してるー?」
「転校生に興味津々の学生かっ!」
「むしろアタシが転校生だっ。どうだまいったか-。」
部長さん、佐治原君のツッコミに開き直る柑凪さん。賑やかなのは結構なことなのだが、時と場合を考えようよ、いやホントに。
「えーっと、ウララんってのは僕の事で良いんだよね。悪いんだけど、名前と同じでプロファイルが漏れそうな質問には答えたく無いんだ。」
「ちぇー。あっ、そこまで隠したいってことは、何か凄い組織に狙われてる超重要人物だったりするのかな?」
「だったらこんな内容で僕から連絡したりしないさ。単純に、不正アクセスをするような人物が、自分はどんなヤツかなんて知られたくは無いだろう?」
結局、柑凪さんから卜部少年への代表質問が始まってしまった。プロファイルを隠す理由、か。確かに彼が話す理屈も尤もではあるのだが、それだけにしては慎重過ぎる様にも感じる。
夜風のように、想像出来そうに無い正体でも隠しているのだろうか。
「あ、じゃあさじゃあさ、キミの正体は電脳世界に囚われたさすらいの世襲議員で、実は私たちに助けを求めに来たのだった!っていうのはどうかな?」
どうかな?ではない。柑凪さんの話に付き合っていては、真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
「悪いけど、ノーコメントかな。お姉さんの話は面白いけど、とにかく色んな要素を盛って“どこかに当たっている部分があったかもしれない” って反応を期待してるのかもしれないからね。今後も含めて、否定も肯定もしないことにするよ。」
「ちぇ-、だめかぁ。良い作戦だと思ったんだけどなー。」
正直、少年の買いかぶりだと思ったのだが、まさか本当にそこまで考えて振る舞っていたのか?こうなってくると、むしろ柑凪さんという女の子の方が、何者なのか分からなくなってきそうだ。
そんなわけで、散々とっ散らかった話を夜風がまとめにかかるのだが。
「ふむ、巨大組織に狙われる重要人物ではない、と言う点は確定と扱って良のですね。」
「まあ、そのぐらいは仕方ないね。」
確認に対し、素直に応える少年。うん、彼には悪いのだが。
たぶん、柑凪さんとは気が合いそうなんだよなぁ、うちの所長。
「そして、さすらいの世襲議員である可能性は否定も肯定もしないと。」
「そうだね、まあ、さすらってなんかいないで先代の政治基盤は大事にした方が良いと思うけどなあ、僕は。」
彼の正体は未だ分からないが、通話を切断せずに続けてくれることには、感謝しかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます