第10話 邂逅、と言うには緊張感が

 「Deleteキーが、クマさん・・・だと!?」


 「所長、語り口が。というか、キャラ付けが変わってますよ。」


 待ち合わせの喫茶店から徒歩20分ほど、我々2人にっとてはまだ記憶に新しい古見さん宅2階、長女紗菜さんのプライベートルーム。前向きに表現すれば個性あふれる面々は、奇跡的にも古見さんご両親への挨拶をそつなくこなした。部屋に上がり込むと、主に柑凪さんが一通りお宅訪問コントを披露するなどゴタゴタはあったものの、どうにか件のPCを立ち上げる。


 そして本人にPCを起動してもらい操作を夜風に交代することになったのだが、席に着いての第一声がコレである。


 「いや新橋さん、見て下さいよ。というか見えますか?カワイイです。うちでもやりましょうコレ、欲しい、凄く欲しいです。」


 「分かりましたから、見えてますから。とりあえず落ち着いてください。」


 夜風の胸元に短く纏められたストラップで吊り下げられたスマートフォンは、どうやら無駄に予算が潤沢らしくメインカメラの解像度に申し分無かった。画面こそ斜めにはなっているが広角高精細、遠隔通話中の僕にも画面とキーボードがしっかり把握出来る。


 前回偽装現実世界の中で訪れた際は、古見さんの背後から夜風がのぞき込む様な位置関係だった。ノートパソコンのキーボードのディテイルにまで気付くはずもない。


 新たな発見にカワイイ物好きの夜風がはしゃぎ回るのは結構だが、話が進まなくなるのでどうにかなだめすかして本題に入らせたいところだ。


 「大丈夫ですよ新橋さん、落ち着くことは不可能ですが仕事は進んでいます。と言うわけで古見さん、何かあった時のために此方で用意したプログラムをインストールします。パスワード入力してもらって良いですか?あと、クマさんについて詳しく。」


 いつの間にかUSBメモリを繋いで怪しげなアイコンをクリックすると、夜風は席を立ち再び古見さんに譲る。


 「あ、はい。えっとその、そちらのキーの部分はキャップになっていまして。小学校の時に夏休みの宿題の工作で作ったものです。レジン、でしたっけ?何か自作できるセットみたいなモノを父が買ってくれまして。あ、間違えた。」


 「すみません古見さん。この子のわがままに無理に付き合わ無くて良いですよ、ゆっくり進めて下さいね。」


 会話をしながら入力したことでパスワードを間違えたのだろう。余計な気づかいをさせてしまったことをスピーカー越しにフォローする。我ながら実に優秀なスタッフだ。


 「いえいえ、そのときの宿題の評価はあまり良く無かったので、褒めて頂けて嬉しかったです。自分でも気に入ってしまって、父にはパソコンを買い換える時に同じサイズにするようにお願いしているんですよ?パソコンは父のお下がりをもらっているので。あ、終わりましたのでどうぞ。」


 プログラムの仕込みが完了し、再び夜風が席に付くとUSBを取り外し一息つく。


 「ふむ。小学校の教師も大変なのは分かりますが、なんとも見る目がないことですね。ただのパソコンをここまで可愛くするという創意と工夫を理解出来ないとは。」


 「えへへ・・・。そこまで褒められるとちょっと恥ずかしいですね。でもすみません、実はもう一つ言いそびれて居たことがありまして。それ、クマじゃなくて、コウモリなんですよ、あはは。」


 『え?!』


 室内のほぼ全員の声が重なる。他の皆も、夜風がはしゃいでいる間に気になって確認していた様だ。いや、しかしどこをどうしたらこのクマがコウモリなのか。この丸い耳とデフォルメされた口元で一体なぜ。


 「いや、その、なんかすみません。なにぶん、小学生の感性でつくったものなので。」


 「バットちゃんだよね-。紗菜ちゃん、小学校のときに絵本作ったんだよ、凄いでしょ。」


 恥ずかしそうに慌てる古見さんに、小路ちゃんがさりげなくフォローする。なるほど、二人は小学校以前からの幼なじみだったのか。


 「童話のコウモリさんのお話が可愛そうだーって、紗菜ちゃん自分で物語り作っちゃったんだよね。鳥も動物も仲良くなっちゃう可愛いコウモリさん、まんまるむらさきバットちゃん、なんだよ-。」


 「そうか、この両耳のような丸い部分はコウモリの羽なのか!造形の都合上、羽の先端が頭部に接している、それが耳に見えてしまっているということか。」


 三久島くんの発見に、原作者と幼なじみを除く全世界から感嘆の声が上がった。それにしても良く気付いたな。


 「バットちゃん・・・。なるほど、そうと分かると一層カワイイですね。原作者の方っ、私も自作のバットちゃんグッズを企画してもよろしいでしょうか?」


 「わぁ、素敵ですね。是非お願いしますっ。出来たら私にも見せて下さいねっ。」


 椅子から身を乗り出し、飛びつく勢いの夜風の要求を快く了承してくれた古見さん。彼女には僕からも感謝の意を伝えたい。これでようやく本題に入れそうだ。


 「さて、こちらが問題の投稿ですね。」


 もはや何の事件だったのか分かりにくくなってしまったので、ここで一度状況を整理しよう。


 依頼人、古見 紗菜さんは所属する文芸部のブログでの広報活動を担当していた。ブログ記事の内容は良くある部活動の紹介に過ぎないのだが、そこに奇妙なコメントが付く。


 その違和感はコメントの文面にはなく、投稿者が古見さん本人になっていたこと、そして、常識では考えにくい早さで回答が付いている点にあった。


 このいかにも地味な事件の発端となった3月16日の記事。そのコメント一覧を表示すると、夜風はギャラリーに向き直った。


 「一応、心構えはしておいて下さいね。普通あり得ない事ではありますが、なにぶん前回が前回ですので、すぐに回答が返ってくるかもしれません。」


 回答が来た場合のリアクションについては、皆の意見を聞いて決めたいと思う旨夜風が伝えると、全員が固唾を飲んで首を縦に振る。


 全員の了承を確認すると、彼女は再びモニターに向き直りキーボードに指を走らせる。


 “貴方は誰ですか? 私じゃ、ないですよね。”


 古見さんの口調を意識した文面を打ち込み、送信。


 実際のところ、相手が凄腕のハッカーか何かだったとして、即座に回答を期待するのは無理がある。最初の記事にコメントがあったのはおそらく、偶然目に付いた、と言う程度の理由だろう。


 その後の返信は同日の同じ時間帯。反応が早すぎると言う点を除けば、その時点では古見さんからのアクションを待っていたと考えるのが自然だ。たとえば、今の僕たちが彼、あるいは彼女の反応を待っている様に。


 「可能性は低いと思いますが、前回と同様の回答が期待出来るのであれば、もう返信があるでしょうか。」


 夜風がウィンドウ表示の更新をしようと再びキーボードに手を伸ばした、その時だった。


 「いや、ごめんね。驚かせるつもりは無かったんだよ。」


 突如ディスプレイが切り替わり、フルスクリーンで映像通話が始まった。おそらく画面に映し出されている人物が今回の事件の“犯人”。


 当然ながら、こちらとしてはコメントの返信を期待していた。まさか映像で話掛けられることになるとは。玄関からインターフォンを押そうとした瞬間に、後ろから直接話しかけられたような気分だ。


 「うん、また今も驚かせているかもしれないね。急に話しかけちゃったから。まぁ、僕も反省したんだよ。どうせ気づかれちゃったなら、今度は履歴に残らない形で伝えようと思ってね。」


 ディスプレイの向こう側に対峙する人物は、こちらの応答を待たずに話を続ける。


 考えてみれば“彼”の言う履歴に残る形での前回、ブログ記事のコメント時点で常軌を逸していたことは以前の調査で分かっていた。その上今、僕たちは彼の正体に踏み込もうとしている。過去と同じくコメントでの回答だけを期待していたというのは、想像力に欠けていたかもしれない。


 ただ、仮に僕たちの誰かが自動車教習所の運転シミュレーターをノーミスでクリア出来るほどの“かもしれない”マイスターだったとしても、画面に映る犯人と思われる人物が小学生ほどの少年であることまでは、想定出来なかっただろう。


 冗談であれば心霊現象などという話はしていたが。まさか本当に幽霊?だとすれば、令和の幽霊は随分と解像度がお高くていらっしゃる。


 「そうそう、こんな形で連絡しちゃったからね、とりあえず僕からの誠意っていうことで、そっちのカメラとマイクはオフでコールさせて貰ったよ。でさ、そっちのデバイスも許可してもらって良いかい?画面の右下にアイコンが見えると思うけど。」


 見ると、確かにディスプレイ右下に分かり易く2つのアイコンが表示されている。随分と律儀でユーザーフレンドリーな幽霊が居たものだ。


 夜風が振り返ると、古見さんが黙って頷く。少年が言うことが真実であれば、今の時点で無言でやり取りをする必要は無いのではあるが、部屋に張り詰める緊張感がそうさせるのか。スマートフォンのカメラ越しに見ていると、刑事ドラマで逆探知を試みているシーンの様で少し面白くもある。


 「ああ、もちろん嫌だったらそのままで良いよ。僕からは一応、君に危害を加えるつもりとかは無いよってこと、伝えることが出来ればもう要件は・・・っと。」


 「あ、すみません話の途中で。今両方ともアイコンを押してみましたが、見えているでしょうか。」


 友達感覚か、と思わず指摘したくなる声を飲み込む。画面には右上の一角にこちら側のカメラの様子も表示され、カメラに向かってひらひらと手を振る夜風と、それを見守る皆の様子が見えている。


 「うん、見えてるよ、ありがと。そっか、友達も呼んでたんだね。随分と後ろの人たちは雰囲気が違うみたいだけど。」


 間違いなく不正なアクセスを受けているこの状況下で、あっさりとボタンを押して緊張感の無い対応をする夜風と、その対応に戸惑う友人一同の様子を受けて、今度は少年の方が若干の戸惑いを見せる。


 おそらく緊張感が無いのではなく、相手の技術というか力量をあらかじめ想定していたのだろう。ただ、夜風一人だけが落ち着いているという状況はカメラ越しでも分かる程度には不自然だった。


 「えーっと・・・、はわわ、みみみ皆さん、どど、どぉ~しましょ~。」


 「いや、今さらでしょう。あと、キャラ付けが変わっていますよね?たぶんですけど。」


 わざとらしく慌てて見せる夜風に、僕に代わって三久島くんから指摘が入る。


 「ですよねー。あ、すみませんでした。今のナシでお願いします。」


 「ああ、うん。なんというか、僕の方から今まで以上に怖がらせてしまったということは無かったみたいで、良かったよ。」


 幽霊疑惑もある凄腕少年ハッカーも、もはやこのやり取りについて深く考えるのはやめた様だ。


 雛坂研究所側の内情を知っている立場からすると、現状は自称悪魔の少女VSサイバーゴーストボーイ(仮)のファーストコンタクトではあるのだが、なんとも締まりの無い展開になりつつある。

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