第8話 都市伝説は生まれない

「少年漫画で“かませ犬”な皆さんの気持ちが分かった気がします。もし新橋さんが漫画家を目指すことがあれば、彼らに優しい展開にしてあげて下さい。」


「その心配が無用であることは僕の絵心に掛けて誓いますから、せめてもう少し分かるように愚痴ってもらえせんかね。」


 平日、春の到来を感じさせる駅前の通り沿い。客入りもまばらなカフェの一角で、小さくため息をついたプチ上司殿は頭を抱えながら意味の分からないオーダーを寄越す。申し訳ないが当店ではお客様のご要望に沿うことは出来そうにない。


 古見さんの一連の行動は結局のところ、事前に同級生の面々から聞いていた通りだった。何一つ、不審な点も異常な現象も発生しなかった。となると問題はサーバー側で観測されている様なのだが。


 自分に任せておけ、とそれなりに大きめの風呂敷を広げていたはずの上司からもたらされた一次報告は“ひとまず落ち着きたい”だった。


「すみません。私としたことがまだ動揺している様です。つまりですね、今回の依頼について、私たちには偽装現実という手段があるから単純な問題だ、過去の出来事を再現して直接確認すれば済む話、などと高をくくっていました。ところが実際は、その予想を上回る相手だったのですよ。まさしく、かませ犬だったという事です。」


「律儀にリクエスト通り、分かる様に愚痴って頂いてありがとうございます。そしてすみませんでした。そこの説明は、わりとどうでも良いので本題に入って下さい。」


 デスヨネー、と心ここにあらずといった表情で呟いた後、ようやく上司からサーバーサイドで発生した事象の説明が始まる。


「新橋さんは、ブログサービスやSNSなどの文章データがどこに存在しているか分かりますか?」


「データの保存場所ってことですか?パソコンならハードディスクですよね。」


「はい。そしてそれはサーバーであっても同様です。まあ厳密に全く同じではありませんが。」


「それ、もしかしてテストに出るんです?」


「ちゃんとノートとって下さい、ここから少しだけ難しい話になりますから。」


 唐突に授業の流れに巻き込まれたが、当然ながら板書もされなければ筆記用具もない。


「話、戻しますね。今回のブログのデータも当然ディスク上に存在するのですが、このデータは直接扱うことは無く、一旦ディスクから必要な範囲だけメモリという領域に移動させてから取り扱います。」


「あぁ、何かの授業で聞いたことがある気がしますね、そういえば。」


「予備知識があったようで何よりです。それでですね、例の返信はこのメモリ上に突然データが発生していました。」


 早々に結論を示されたが、なにか色々と省略されている気がする。


「えーっと、サーバーに不正なアクセスがあったと見て間違いない、ってことですね。」


「いや、まあそうなんですけどね。問題は文字通り、突然データが発生しているんですよ。書き込んでいるプロセスが存在しないんです。不正アクセスがあったとしか思えないのに、不正アクセスの事実が補足できないのです。リアルタイムで見ていましたから、痕跡が無いという次元でもないのでもう何が起きているのやら。」


 説明を省略したのではなく、本当にそれだけしか確認出来なかった、ということらしい。


 そういえば、似たようなエピソードと言うだけなら覚えがある。解決に結びつく可能性は皆無ではあるが。


「何もしてないのに壊れた。ってやつですね。」


「こんなに器用な壊れ方をするのであれば、まだお化けの方が説得力がありますよ。」


「メモリの中で心霊現象が起きていると。」


「そう疑いたくなるような状況ではありますが・・・。すみません、やはり無理があります。」


「無理がある、ですか。さっぱり分からない事が起きている割に、心霊現象じゃないって辺りは間違い無いんですね。」


 自ら持ち出した説をあっさりと否定した、いまだふて腐れている上司殿にその説明を促す。夜風はもう何度目か分からなくなりつつあるため息を再び吐き出し、ストローからアイスコーヒーを小さく一口飲み込み、説明を続ける。


「新橋さんは、高速道路を疾走するお婆さんの都市伝説をご存知ですか?」


「今の流れで都市伝説ですか!?まあ、話しぐらいは聞いたことありますが。」


 確か、高速道路を後方から猛烈なスピードで追い抜いてくる走る老婆の都市伝説。追い抜かれた自動車は交通事故を起こすとか、そんな話しだっただろうか。


「では、そのお婆さんを例にお話しましょう。」


 口ぶりから、内容を知っている都市伝説の類いであれば何でも良いという事だろうか。しかし、そのハイスピード老婆がどうやって不正アクセスらしい事象に結びつくのか。


「都市伝説や心霊現象というものは、謎に包まれていてこそですよね。それが今回、妙に手順や仕組みに即した痕跡が点在しているのです。まあ、点在するだけで経緯が見えないというのがまた厄介なのですが。」


「リアリティを持たせるためには、こんな痕跡ものこっているなんてエピソードはあり得るんじゃないですか?まあ、お婆さんの件にはその手の話は思い当たりませんが。」


「リアリティ、といえばリアリティなのですが。不自然というか、何か変なんですよ。そうですね、お婆さんのケースに当てはめると、追い抜かれた時によく見ると、お婆さんの腰にナンバープレートが付いていた、という感じでしょうか。」


 原動力付き老婆となると、もはや怪談というより笑い話だ。


「しかも、ナンバーから問い合わせたらきっちりお婆さん本人が登録されていて、半年前に車検も通ってました、という様な状況です。」


「車検って、お婆さん生身で走っている設定ですよね。」


「だから変なんですよ。どうせ不思議な事が起こるなら起これば良いのに、所々データベースの仕組みを理解した動きになっていたり、メモリ管理の隙間に割りこんでいたりするんです。あ、こちらは今回のサーバーの事です。」


 システムの仕組みについては良く分からないが、その挙動が先ほどの生身で車検を通っていた老婆の様なものだという主張らしい。


「それでいて、登録されている情報から戸籍をたどってみると、その様な人物は居なかった。あ、こちらはお婆ちゃんの話で例えると、ですよ。」


 例え話すら突拍子もなさ過ぎて、いつもの夜風らしからぬ纏まりの無い説明に終始している。とはいえ、なんとなく彼女が言いたいことは理解できた。我ながら希有な才能だ。


「車両として登録されていたとなると、お婆さんスピード違反ですね。真面目に行政手続きは済ませているのに、制限速度は守っていなかったと。」


「その様な不自然さがある、ということです。多少は伝わった様で何よりです。」


 どうやら、本人もこのような説明で伝わるか疑問は感じていたようだ。実際もう少しやり様は無いものだろうか。


「とまあ、このような現象ですが分かったこともあります。」


「そんなめちゃくちゃな有様で、ですか?」


「はい、おかげさまで落ち着く事が出来ましたので。例えば、書き込み時刻が古見さんと同時刻だった理由です。これは彼女が文章を書き込んだ時点のトランザクションをコピーしたせいですね。」


 難しくなるとは聞いていたが、もはや雰囲気でしか分からない話になってきた。


「文章以外は基本複製されているので、ユーザー名も時刻も古見さんのままになっていました。ただし、ご丁寧にトランザクションIDは新規に発行されています。まあそうでなければエラーになるので当然なのですが。」


 心霊現象で片付けてしまうのなら、そんなルールに従う必要があるのか、と言うところか。正直言って、話をすべて理解することは諦めた。そんな中でもどうにか理解出来たことと言えば。


「実際は同時刻では無かったんですね。」


「はい。とは言え、異常な早さで登録されている、と言う点は変わらないのがまた厄介ではあります。メモリ上に突然データが発生するまでの時間は結局、1分強と言ったところでした。」


 真実に一歩近づいたと感じたが、早々に遠ざかってしまった。一応、あの文面であれば1分あれば登録出来なくもなさそうではあるが、実際に古見さんの文章を読んで反応するのに1分では難しいだろう。


「さらに言えば、先ほど古見さんのデータをコピーしていると言いましたが、きちんと元のデータを参照した返信の形式には加工されているのですよ。」


「不思議な現象が起きているくせに、変にシステムの仕組みには合わせている、ってことですか。」


「私の苦悩が少しでも伝わった様で何よりです。」


 その苦悩をシェアされたところで解決には協力できそうに無いが、一つだけ確認しておきたいことがあった。


「ベターの推論が間違っていた、という可能性は無いんですか?」


 この偽装現実世界は、あくまでも猫型推論エンジンであるところのBETTERによって構築されたモノだったはずだ。その推論が間違っているとしたら、今体感している偽装現実の過去世界が誤りを含んでいるなら、この検証自体が意味を成さなくなる。


「無いですね。」


「断言ですか。」


 思いの他あっさりと回答が帰ってきた。その背景にはベターに対する信頼やシステムへの自信というよりも、当たり前のことだとでも言うようなニュアンスを感じる。


「可能性がゼロではない、と言えば格好良いですけれど。新橋さん、宝くじを三枚だけ買って1等前後賞当てちゃいました、なんてことがあると思いますか?」


「流石に無理だとは思いますが、まあ、それこそゼロでは無いですよね。」


「そうですね。では、それを3年連続で繰り返すことが出来る可能性についてはどうでしょう。ゼロでは無いですよ?」


 重ねられた問いかけに、思わず逡巡した。ここまで行くと、何かしらの不正でも行わない限り、いくらゼロでは無いとは言え発生しえない。


「ベターの演算が間違いである可能性はそこまで低い、ってことですか。」


「いえ、実際はこの事象を100回以上は連続で繰り返した値に近いです。」


「僕はもう、この先少年漫画を純粋な気持ちで読んでいく自信が無くなりましたよ。」


「偽装とはいえ、世界を構築するということはそういうことなんですよ。可能性を極限までゼロに近づけなければ成立しないんです。少年の心を持った新橋さんには酷な事かもしれませんが、残念ながら現実とは厳しいものなのです。」


 全くもって夢も希望も無い話にも思えるが、一方で宝くじぐらいになら当たりそうな気もしてきた。前向きに生きていこう。


「しかしまあ、そんな少年の心をもった僕にもようやく理解できた事があるんですが。」


「何でしょう?」


「見事に手詰まりですね、今。」


 ソウナンデスヨー、と消え入りそうな声と供に夜風は再び塞ぎ込む。かませ犬として実に絵になるリアクションではあるが、相手方に見せることが出来ないのは残念・・・いや、そうか。


「所長。もう一度、古見さんから返信してもらうのはどうでしょう。」

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