第7話 追跡行

「どうしましょう新橋さん、真っ当な女子高生です。」


間接的に自身の友人を真っ当では無いと評した上司から、感嘆と供に報告が入る。

まあ、たしかに小路ちゃんは良い子ではあるが、どこかずれている印象は受ける。


無事、偽装剥離の危機を脱した僕たちは、本件の最終顧客である古見紗菜さんの追跡調査に入っていた。所長をして真っ当な女子高生と評された彼女は、むしろ一般的な高校生よりは落ち着いた印象を受ける。ああ、だから“普通の女子高生”ではなく真っ当な、なのか。


存在感にステルス処理が施されているとはいえ、流石に僕がその真っ当な女子高生を尾行するのは絵面に問題がある。となると、こういう時のためのプチ上司である。


「この映像、所長ご自身も映って見えてるんですが、誰が撮ってるんです?」


現実から手荷物として持ち込んだ携帯端末で通話をしながら、僕の右前方の空間に表示されたスクリーンについて確認する。何も無いはずの空中に表示されており、VR空間のメニュー画面の様に、僕の移動に合わせてスクリーンも移動してくる。


「オペレーション機能の1種なので、特にカメラのようなモノは必要ありません。なお、私の周囲であれば各方向に展開可能です。」


「そいつは便利この上ないですが、なら携帯で通話する必要も無いんじゃないですかね。」


「もちろん通話自体は可能です。ただそうなると、虚空に話しかける形になってしまうので悪目立ちすること甚だしいわけですよ。存在性ステルスはあくまで個性というか、存在感を抑えるものなので、行動はあくまで控えめにして下さい。」


 完全に存在を隠蔽するものではない、ということか。無人の空間から潜入することが出来ない理由とも繋がるのだろうか。


 改めて画面に目を向ける。映像は変わらず、友人と談笑しながら帰宅中の古見さんを捉えている。三つ編みに清潔感を感じさせる佇まい、これで眼鏡を掛けていれば文学少女のテンプレートだ。改めて、追跡役を仰せつかることが無かったことに安堵する。


「僕が直接尾行していたら、職質されていた自信がありますよ。」


「ですよねぇ」


 しみじみと肯定されてしまった。ここは少しでも否定してもらいたかったところなのだが。まったく、乙女心の分からない上司を持つと苦労をする。


「そういえば、プチ所長から離れすぎない様に付いてくってことでしたけど、他にも何かこの状態の所長に制限みたいなものはあるんですか?」


 追跡前に受けた説明によると、厳密ではないものの半径1km以内の距離は保つ様にとのこと。あくまで僕のナビゲートに用意した機能であるため、本人から離れすぎると無効化され、出現位置がリセット、つまり僕の近傍に強制的に戻ってしまうらしい。


「えっとですね。たとえば壁や窓をすり抜けたりといった幽霊のような行動は出来ません。不可視ではありますが、実体があると思って頂いて結構です。新橋さんから離れすぎてしまい、存在をリセットする場合だけ例外ですね。」


「あぁ、そんな制限ありましたね。ナビゲート用途ということなら、それこそ幽霊みたいにスイスイ動けたほうが便利でしょうに。」


 前回の任務で過去に長期滞在した折、引き出しの中にプチ所長の別荘を作ったことを思い出した。あの時も確か、僕は引き出しの開閉をいちいち指示されていたのだった。


「実際のところ、それなりの作り込みをしていれば可能ではありました。ただ、あえて機能を実現しないことで、新橋さんのプライバシーを保証しているのですよ。いつでも見られている、あるいはその可能性があるだけでも、落ち着かないでしょう。」


 言われてみれば納得出来そうな理由ではあるが、ひとつ引っ掛かることがあった。


「でもそれって、僕が来る前から出来上がっていた機能なんですよね?」


 自分がこの常軌を逸した実験に協力する事になった切っ掛けは、偶然だったはずだ。坂倉さんのお母さんに再就職先として紹介されなければ、夜風と出会う事も無かった。そもそも、僕が退職して無職になったのは僕の意思によるところだ。夜風が予見していたものではないはずだ。


「新橋さんの勘の良さは、美徳と呼ぶには間が悪すぎるんですよね。恩を売るチャンスだと思ったのですが。」


「そういう所長は嘘が下手ですよね。僕が気付くことは前提で話しているでしょう。」


 この上司、恩を売る事には長けているものの、あくまで正当な代価を求めてくる。それはそれで鬱陶しいのだが、不当につり上げられた恩を売るつもりなど無いことは、この実質数ヶ月で理解したつもりだ。


「むぅ。まったく可愛げがない方ですねぇ。」


 プチ所長は見た目に似合わないため息をつくと、追跡対象から目を離さないまま説明を続ける。


「もともと、偽装現実を構築するに当たっては、第三者の協力が必要であることはお伝えしましたよね?」


「所長本人、プチ所長ではなく本体の方は術式の制御をする必要がある、でしたっけ。」


「そうです。なので、あくまで誰かの協力を前提とした作りになっているのですよ。そして、私が協力を想定する様な人物は限られています。」


 心当たりは、今のところ一人しかいない。


「坂倉さん、小路ちゃんですか。」


「はい。とは言え、今のところ私の出自については明かていませんし、私からお願いするというのは悪魔としての矜持に関わります。あくまで交換条件として提示しなくてはならないのですよ。」


まったく、悪魔と言うのはいちいち面倒くさい。


「その様な状況下でしたので、趣味で構築とメンテナンスを続けてはいたものの、実証実験をどうするかという点は最大の課題でした。一応求人など出してみましたが、私もまさか丁度良い無職の方が訪れるとは思って居ませんでしたので。」


「丁度良い無職。」


「そこは重要ではありません。求人こそ出していたものの期待はしていなかったのです。結局協力者に想定していたのは、こみちゃんだったということを理解して欲しいのですが。」


「僕の人生にとっちゃ重要なんですがね。まあ、そこを拾ってもらった以上感謝はしていますよ、コレでも。」


実際のところ、待遇も悪くない。マグロ漁船もかくやという長期労働になる可能性があるという点を除けば破格の待遇だ。日常がほぼ自由時間になる事に耐えきれず、思わずペットの世話係を拝命してしまうほどに。


「あー、なるほど。今の僕の待遇含めて、本来は坂倉さんをパートナーに想定していた訳ですね。」


「だから、そう言っているではないですか。」


以前、この偽装現実世界に若干の不安を感じる僕に向けて、“こんなに便利なモノにリスクが無いはずが無い、というのは先入観だ。”という旨の講釈を頂いたモノだが、親友を巻き込む事を想定していたのであれば、所長自身もリスクは入念に検証したことだろう。


「僕の福利厚生が充実しているのは、坂倉さんのおかげですね。感謝しないと。」


「良い心がけです。さしあたって今は、こみちゃんのお願いに誠実に対処しましょう。さて、古見さんのお宅に到着したようです。新橋さんは裏の路地で待機を。一旦映像を切りますが、音声は繋いでいますので何かあれば話しかけて下さい。」


問題のブログ記事が投稿された時刻までは、まだ少し間がある。音声だけとは言え、女子高生の生活音が聞こえてきては気まずい思いもあるので、何かあればという前提にはお引き取り頂いて、夜風に話しを振る。


「学校からの流れで古見さん本人に付いてきちゃいましたけど、記事のデータがあるサーバーの方はどうするんですか?」


「ご安心を。そちらは既に私の監視対象下です。偽装現実そのものが情報技術の親戚みたいなモノですから、そちら方面のチェックはお手の物なのです。私にお任せ頂いて大丈夫ですよ。」


偽装現実世界の完成度を見せつけられている以上、このセリフの心強さは別格だ。お言葉に甘えて、サーバーの方はデキる上司にお任せしよう。


「僕の方は基本的にオフラインの活動担当ということですね。」


「はい、また実際のところ、こちらが本命です。不正アクセスにしては不自然な状況である以上、まずは本人を当たる必要がありますので。こみちゃん達が古見さんに信を置いていることは、本人の振る舞いを見ても納得するところではありますが、まずは確認できることから始めましょう。」


「確かに、自作自演の書き込みをするような子には見えませんでしたね。」


「私も創作物でしか馴染みはありませんが、多重人格という可能性もこの場合検証するべきでしょうね。」


だんだんオカルト染みた話しになってきた。とはいえ、現実にあり得そうな解に検討が付かないのも事実だ。となると。


「あとはまあ、心霊現象、ですか?」


「えぇっと。新橋さん、お化けの実在性についてはあえて触れませんが、流石にここまでサイバーネイティブなゴーストさんは無理がありませんか?」


「いや知り合いにですね、人間の想像以上にITテクノロジーを使いこなす悪魔の女の子がいまして。」


加えて言えば、普段の言動は落ち着いている様でいて、その実気分屋で周りを面倒な思いつきに巻き込みがちだ。ああ、その辺りは悪魔らしいといえば、らしいのか。


「なるほど。新橋さんが特異な才能を引き寄せる運命にあると仮定すれば、全力で否定はし難い説ではありますね。本件の犯人が可愛い幽霊さんであるケースも想定しておきましょう。」


存在するかも分からない幽霊氏に、当たり前のように形容詞が追加された。もし先方がハードボイルド生まれマッスル育ちの幽霊であったなら、不当な抗議に晒されないうちに身を隠すことをお勧めしよう。

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