第4話 怪奇の再現性

 これは僕の持論だが、男は日記を書くのが苦手だ。当然、検証などしたことはないのだが、一応根拠もある。子供時代、毎週日本は滅亡のピンチだった。怪人はバラエティ豊富な侵略を試みては、派手に散っていく。男子にとって、“今日の出来事”のハードルは高かった。


 そんなわけで、小さな日常に目を留めて日記にしたためる、などという世界には僕の想像は及びも付かなかった。調査の足がかりとして確認することになった文芸部のブログ記事は、そんな男の子の“特別”とは、無縁の世界だった。


 “校庭の桜が咲き始めました”、“ついに新学期です”、“新入部員のご紹介”といったタイトルが並ぶ。地道な活動に、管理人の性格を垣間見ることが出来る。


 これが小学生男子であれば、“狙われた入学式!新入部員は鍋奉行!?”ぐらいのタイトルがつく様な出来事でも無い限り、“とくにありませんでした”という日直コメントに終始するしかない。


 「ありました、この記事です。3月16日投稿、タイトルは“遅れてきた文化祭、文芸部がんばりました!”」


 僕の端末をのぞき込んでいた三久島くんが、当該記事を指さす。


 「この時期に文化祭、ですか」


 夜風が怪訝そうに訪ねると、志摩波さんが説明をしてくれた。


 「ええ。昨年の文化祭が新型ウィルスの騒動で延期、ということになりまして。結局開催は出来ない空気になっていたのですが、各クラスでソーシャルディスタンスを保てる様な企画を出し合えば出来るだろう、という意見をされた先生が、その様に進めてくれたんですよ。」


 「三年生には申し訳ないですが受験もあるので外れてもらい、新入生の歓迎イベントも兼ねて4月に、ということになりました。今年分の文化祭もまた別にやるのかどうかは、未定らしいですけど。」


 三久島くんが補足する。どうやら、その辺りの情報も少し前の投稿で書いている様だ。


 彼女、古見 紗菜のクラスはどうやら別のクラスと合同でバンド演奏を構内へライブ中継する企画らしい。


 当然、そのライブに出演したいクラスメイトばかりでもないが、そういった生徒は歌詞の案をひとりずつ出してみよう、という企画の様だ。文芸部として頑張るというのは、この歌詞作りのことらしい。


 「不安も自信も抱きしめて、大丈夫、キミはキミだよ。」


 「ミュージックに乗せる前提の言葉を朗読しないで下さいよ。」


 思わず読み上げて、夜風にたしなめられた。確かに、配慮に掛けていたかもしれない。テレビの音楽番組でもミュートにして歌詞だけ表示することが稀にあるが、その文字列を追っている時、かなり印象が変わる。


 とは言え、読み上げてしまったのには理由がある。今回の調査対象である、謎の返信。その発信者は、元記事のこのワードに反応しているのだ。


 “はじめまして。偶然目にとまって読ませてもらいました。ありきたりな言葉かもしれないって書いてますけど、僕は好きですよ。不安も、自信も、ってところ、今の自分に響きました。ライブ頑張って下さいね。”


 そして、これに対するリプライが続く。


 “ありがとうございます!こんな風に感想もらうのは初めてなので、すごく嬉しいです。でもすみません、ライブするのは私じゃないんです(汗)。前の記事に書いていたのですが、文化祭の企画で歌詞だけ作って後は友達に任せるだけなんです。”


 「こちらは古見です。本人が、これは自分で書いたと言っていました。」


 こちらは、と三久島くんが限定する必要があった通り、どちらの投稿者もsanafull05、おそらく古見さんのアカウントなのだろう、同一人物の投稿という表示になっていた。


 そして、ここにさらに返信が付く。


 “過去記事読みました。早とちりでしたね。そうなると、頑張って下さいではなくてお疲れ様、ですね。きっと、このまま採用されると思いますよ。”


 その後、古見さんから一言簡単なお礼があり、やりとりは終わっている。


 「なるほど、確かに不自然なところがいくつかありますね。」


 「えっ?そうなのー?わたしは全然普通のやりとりだと思ったよぉ。」


 夜風がつぶやくと、小路ちゃんがそれに呼応した。ただ、夜風の言い方には僕も気になったので、詳しく確認してみる。


 「IDが同じ、ってのは彼らから説明してもらた通りでしたね。“いくつか”ってことは、他にも?」


 「はい。見て下さい、先ほどの説明で紗菜ちゃん氏本人が書いたとされているものではない、謎の文章の方。こちらのタイムスタンプが、直前のものと同じなんですよ。」


 見ると、確かに同じ時刻が刻まれていた。画面に刻まれている時刻は分単位まで、ではあるのだが。


 「すっごいねー。わたし、こんなにはやく文章打てないよ。」


 「いや。坂倉、この文章の不審点は打ち込むための時間だけじゃない。この内容だと、過去の記事を読んだ上で次の返信をしていることになるんだ。それを時刻が変わる前にとなると・・・確かに、無理がありますね。」


 三久島くんは小路ちゃんに分かる様に補足するが、流石にその原因までは想像が付かないらしく、軽くため息をついた。


 「さらに言うと、最初のコメントも元記事の投稿時刻と同じなんですよね。ブログ全体のサービスの仕様で、トップページに新着記事が表示される様です。なので、反応が早いこと自体はあり得るとは思います。とはいえ、流石に早すぎますね。」


 夜風の指摘したとおり、最初のコメントも即座に付けられている。情報を整理するために、まずあり得なさそうな想定ではあるが、僕の考えは伝えておこう。


 「あらかじめ内容を把握していた。そして用意していた文章をほぼタイムラグなく登録した、ということであれば一応可能ではありますね。」


 「はい、可能性自体は私も考えました。仮に不正アクセスを受けていたとして、投稿前の画面の情報をリアルタイムで盗聴されていたのだとすれば、実現自体は可能です。ただその場合問題は・・・」


 「動機、ですね。何のためにそこまで早く返信する必要があるのか。」


 夜風のセリフを引き継いで三久島くんがこの説の問題点を指摘する。


 「はい。ただでさえ、この返信自体が何のためにされたのか分かりませんけどね。それ以上に、タイムラグをゼロにするためにここまでするか、というと、動機にまるで想像が付かないのですよ。」


 「例えば、この人物がストーカーの類いだとして、何かの目的で古見さんに近づくため返信をした、というのであれば、こんなことを頑張ったところで不自然なだけですね。」


 今度は僕が夜風の話しを受けて疑問を提示する。この場合、古見さんの自作自演でないことを前提にした場合、辿り着く答えは一つ。それは夜風も同じだったようだ。


 「となると、単純に即座に返信することが出来るからしていただけ、と考えるのが自然です。」


 確かにそうなのだが、そうなると次の問題が浮かんでくる。


 「そんなこと出来るヤツがいるのなら、って話しですけどね。」


 「そういうことです。これはもう少し、腰を据えて調べてみる必要がありそうですね。」


 これがミステリー小説なら多少は盛り上がったところかもしれないが、当研究所にあっては、夜風が言うとおり“腰を据えて”調べてみるだけで済みそうだ。


 人と機械に残された、記憶と記録を元に過去の世界を仮想的に再現するオーバーテクノロジー。ここ最近、それらしい活躍を全く見せることが出来ていなかった自称悪魔の所長殿が“偽装現実”と称する技術を用いれば、その調査が可能になる。


 当人が言うには、悪魔としての力自体はたいした事が出来ないので、現代の科学技術と組み合わせて活用する実験段階にあるらしい。


 仮想では無く、偽装現実。つまり、それがあたかも本当の過去の世界であったかのように偽装された世界。偽装された過去に干渉することで、現実の“今”を生きる人たちの記憶に影響を与える事も出来る。


 ここまで言うととんでも無い反則技にも思えるが、実際のところは、現実に与える影響が大きすぎると偽装がもたなくなる、という制限付きだ。


 とはいえ、今回の件についてはその心配もない。事件があったそのとき、実際に何が起きていたのかを、ただ観測して帰ってくるだけなのだから。


 「ふむ、今私から意見が出せるのはこの程度でしょうか。お時間を頂ければもう少し分かることがありますので、明日以降また都合の良いところでお越し下さい。」


 ふと時計を見ると、18時が近づいていた。さすがに自宅に断りは入れているとは思うが、学生の皆さんにはお帰り頂く頃合いだろう。

 しかし、さらっと明日以降などと言うあたり、今日このまま新たな“実験”に付き合わされることは確定したらしい。まあ、客人の手前小言は控えておくとしよう。


 「すみません、お手数をお掛けして。でも凄いですね、こんな手がかりだけで何か分かりそうなんですか?」


 「あまり期待はしないで下さいね。あくまでもまだ調べることが出来る事項がある、というだけなので。流石に、明日までに犯人が分かるということは無いでしょう。」


 志摩波さんが感心したように質問を投げかけたが、意図せず核心を突かれてしまった。とはいえ夜風の方も動じること無く、また上手いこと誤魔化したものだ。


 暗くならないうちに客人ご一行を送り出すと、オフィスに戻るなり流れる様にブリーフィングに入る。


 「早速ですが新橋さん、久しぶりにお仕事の時間です。今回のテーマは勿論、偽装世界で怪奇現象が再現できるか否か、というところですね。」


 「久しぶりってほど時間、経ちましたかね。前回がそれなりに面倒だったので、僕としてはもう少しインターバルが欲しかったところですよ。」


 お客さんが帰ったことで、減らず口を叩くことが出来る自由を噛みしめる。僕としても彼女たちに協力することに異論はないので、目の前で愚痴をこぼしては無意味に遠慮させてしまいかねなかった。


 「そういう契約ですからね。新橋さんが忙しくなるかどうかはご自身の仕事運次第、ということになりますので、大人しく諦めてください。」


 「所長が僕の仕事運を不当に低く評価されていることは、よく分かりましたよ。」 


 ここはせめて、愛する部下の幸運を祈るぐらいはして欲しかったところだ。

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