第3話 事実は小説ほどでは
“わたしは一向にかまわん!!”
とでも言うかの様だ。とりあえず開封してみたホールの鰹節に、まっしぐらな猫の姿があった。流石に知能が高いらしく、削ったあとの花鰹と同じ食べ物であることを理解している様子だった。
舐めることぐらいしかできないと思っていたが、小さくカリカリかじっている様にも見える。削らずに食べるのは相当に難しいはずだが、ベターには気にならないらしい。
「すみません、猫のおやつ用とは聞いていなかったもので。あ、写真撮ってもいいですか?」
三久島くんが謝りつつも、鰹節にじゃれるベターの様子に我慢できず伺いを立てる。聞いていなかったからとはいえ、削り節では無くホール(と言うのかは分からないが)で買ってくる辺り、彼の感覚も浮世離れしていそうだ。
「勿論どうぞ。というか、わたしも撮るので、後でそちらのアングルからのデータも頂けませんか?」
夜風から許可とリクエストが返されると、鰹節にまっしぐらな猫、その猫にまっしぐらなカメラマンが2人、いや、小路ちゃんも加わって3人といった体制で撮影会が始まってしまった。
「えーっと、なんだかすみません、騒々しくてしまって。」
志摩波さんが一人冷静に、改めて僕に謝罪の言葉を告げる。
「いやいや、ベターも喜んでるみたいだし、お礼をしたいぐらいだよ。」
撮影会の輪に加わりたい衝動を抑えつつ、努めて冷静に思考を巡らせる。
「そういえば、コレっていくらぐらいしたのかな?研究所の経費で落ちるから、遠慮無く言ってね。いいですよね?所長っ。」
「勿論です。出来ればどこで買ってきたのかも教えて下さい。情報量も込みということで、お釣りは要らないですよ。」
カメラから目線を離さずに夜風から許可が下りる。実際のところ、これを経費として扱うことが問題ないかは、知識がないので分からない。
肝心なのは受け取り側の心理。経費と言っておけば、彼らも遠慮無く受け取ることが出来るだろう。
撮影会が一通り終わったところで、ようやく話は本題に入る。学生をあまり遅くまで拘束できない以上、なるべく話は反らさないようにしなければ。
「えー、それじゃあ改めて。実のところ、坂倉さんの話だけでは分からなかったことが多くてね、君たちからも一度、最初から説明してもらっていいかな?」
話しを振ると、三久島くんがことの経緯を説明してくれた。
「はい、まず切っ掛けは、文芸部の古見という生徒から、同じクラスの坂倉に相談があった、というものでした。古見は文芸部のSNSアカウントを管理しているのですが、その傍らで個人のブログを持っていまして、そこに投稿した記事に、めずらしくコメントがあったそうなんです。」
この部分だけは、小路ちゃんからの説明でも分かった情報だ。とは言え話しの伝え方が、小路ちゃんには申し訳ないが、格段に分かり易そうだ。
「古見自身コメントには喜んでいて、2往復程度のやりとりがあったらしいです。しかし、後から見直すまで気付かなかったそうですが、このすべてのコメント、古見自身のアカウントで記録されているんですよ。」
なるほど、“紗菜ちゃんだけど紗菜ちゃんじゃない”と言っていた小路ちゃんの説明は、このことか。
「実際に本人がメッセージを入力していた可能性は、どの程度あると考えていますか?」
夜風からの質問。確かにその可能性があるし、そう考えられるからこそ、あまり他人には相談したくないということも、あるだろう。本人を呼び出さなかったのも、そのあたりの配慮だろうか。
「あくまで自分たちの主観ですが、まず無いと思います。古見の性格上、といっても坂倉以外は面識があるといった程度ですが、自作自演をしている様には感じませんでしたね。ただそうなると、碌に被害は出ていませんがハッキングの可能性もあるので放ってはおけなくて、どうしたものかと。」
「なるほど、深く知らない人間からは自作自演に見えてしまいますから、ある程度理解のある相手にしか相談し難い、といったところですか。」
夜風が納得したところで、僕からも確認をする。
「話しを聞いた限りだと、ハッキングされたって考えるのは自然に思えるね。でも、可能性もある、っていう言い方なのは何でかな。」
「はい、一応素人なりに確認はしたんですが、アカウントを乗っ取られたという割には、他には何もなくて。古見の方も、管理しているブログのIDとパスワードは他のサービスと、しっかり分けて居るそうです。勿論、今回の件に気付いてからパスワードは変更している様です。」
なるほど、三久島くんとしては、比較的古見さんのリテラシーは高いという評価をしている、ということか。
「加えてパスワードも、直接聞き出した訳ではないですがいくつか質問したところ、複雑さは十分でした。PCに記憶させているものの、別の場所にメモで残しているなどと言うことも無く。PC自体にもセキュリティソフトは入っていて、スキャンの結果も正常だったみたいです。」
「素人なりにって、そこまで確認出来れば十分だよ。」
ただ、そこまで分かっている以上、アカウントを乗っ取られる要素が限りなく小さいとも言える。
「一応、サービスの運用会社にもメールで相談はしました。ただ、パスワードを変更したなら問題ないので様子を見て下さい、と言われただけでしたね。」
一応というあたり、三久島くんもそうなるだろうことは分かっていたのだろう。
「ただまあ、古見の方は不安が拭えない様で、詳しく話しを聞けそうな人や、何か手がかりが無いか探していました。そんな中、坂倉の心当たりということで雛坂さんに相談させて頂いた、というのがここまでの経緯です。」
小路ちゃんには重ねて申し訳ないが、やはり格段に分かり易かった。
「なるほど、良く理解出来たよ。怪奇現象って言っていたのはそういうことだったんだ、生徒会も大変だねえ。」
「生徒会?ああ、確かに間違われそうなメンバーで詰めかけてしてしまいましたね。今日ここに居る面子が偏っているだけで、そんな立派な集まりじゃないんですよ、すみません。」
思わず第一印象を前提に話しをしてしまった。とは言え一応根拠もあったわけで、あらためて小路ちゃんたちの“部活動”について確認をしよう。
「これは失礼、生徒から相談を受けて動いているってところで、思わずね。実際はどんな部活なんだい?」
「民族文化研究会、という名前で、なんというか、オカルト研究会の真似事の様なことをしています。建前上は。」
「建前上は?」
なんだか以前あった様なやり取りだ。当然返した僕の確認に対して、今度は志摩波さんが答えを続ける。
「私たちの学校は部活動の参加を推奨していまして。それを誤魔化すために、適当な部活を作ったという成り立ちなんです。実態は、授業の課題やテスト勉強を推進する不良部員の集まりなのですが、今回古見さんは、建前の方を期待して相談に来てしまった様です。」
「不良部員って。その活動方針だと成績は優秀になりそうだけど、なんだか複雑だね。」
そういう話しを聞いてしまうと、この2人も小路ちゃんも、単純に品行方正な優等生、という訳ではなさそうだ。
「一応部長だけは部活の方に真面目なので、“ついに本物の怪奇現象を追うときが来た”と張り切ってますよ。空回りするだけなので連れては来ませんでしたが。」
ここまでの話しの流れだと、その部長さんの方は部活に真面目な変わりに成績を犠牲にしていそうだが、触れないでおこう。
一通り説明が終わったところで、三久島くんが夜風に向けて改まった。
「怪奇現象かどうかはともかく、友人が不安を感じているのでなんとかしてやりたいとは思うんです。難しい状況ですが、力を貸してもらえますか?」
「もちろん構いませんよ。こみちゃんのお願いでもありますから、わたしの出来ることであれば。」
想いの他すんなりと受け入れた。流石に以前僕に講釈したように、人間の問題は人間の手で解決しろ、などと言うことはしない様だ。
「ただ、怪奇現象という割には少々デジタル過ぎると言いますか。すみません、ちょっと上手な表現が見つからないので端的に表現します。」
デジタルな内容であれば、得意分野なのだから前向きに捉えるべきだろう。ただ、夜風が何を言いたいかは分かる。僕も怪奇現象と聞いて少しもワクワクしなかったかと言えば嘘になる。そうなると、事実を詳細に把握した今ならどうしてもこの感想から逃れることは出来ないだろう。
「なんか地味ですよね。」
どうやら、弊研究所で取り扱うテーマは煌びやかさや誇らしさからは縁遠い運命にあるらしい。
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