不死の二人

1

 時は過ぎて八月。猛暑日が続く中で、僕は穂乃実ちゃんと街に出かけた。

 二人だけでの外出は久し振りだ。街を歩き回るという事で、穂乃実ちゃんはおめかししている。薄くお化粧をして、普段は着ない白いワンピース姿で、かなり気合が入っていると感じる。

 穂乃実ちゃん、十一歳か……。二年前と比べると大きくなったなと、過ぎ去った日々を思って、喜ばしい様な寂しい様な気持ちになる。でも、まだまだ子供だ。中学生にもなっていない。時間の流れって、早い様な遅い様な。


 それはさて置き、外出と言っても特に何をすると決めている訳じゃない。H湖の湖岸でも散歩しようかなと考えていたところ、久遠ビルディングからそう離れていない場所で、ちょっと変わった一組の男女を見かけた。年齢は二十か三十ぐらいで、大人には違いないんだけど……。

 男の人の方は渋い色合いの和装に加えて、下駄履き。今時、和服を着ている大人っの人って、そうそう見かけない。しかも、この暑い夏に。浴衣ならまだしも。将棋の棋士とか落語家とか?

 女の人の方は真っ白な日傘とドレス、それにつば広の帽子。薄い長手袋まで全て白一色で揃えていて、何と言うか……貴婦人って感じ。

 二人は並んで、こちらに向かって歩いて来る。このまま進むと擦れ違う事になる。

 異様と言うか、異質と言うか、そんな二人を僕は警戒した。

 お互いにパーソナルスペースに踏み込む距離まで近付いた所で、着物の男の人が僕に話しかけて来る。


「君が向日衛くん……だね?」


 僕は足を止めて、自分のフォビアを意識する。穂乃実ちゃんも警戒して、僕の背後に身を隠した。

 男の人は苦笑いして言う。


「おっとっと、私は敵じゃない。君たちに危害を加えるつもりは全くない。ちょっと話をしたいんだ」

「あなたは誰なんですか?」

「ああ、これはうっかりしていた。私は足利宜継義よしつぎ。『不死同盟』と言ったら分かるかな?」

「ああ、はい」


 この人も不死同盟の人……。所長や超命寺と同じで、普通の人より長生きする人。足利って事は、あの歴史の教科書に出て来る足利の子孫?

 いや、待てよ……。上澤さんは以前に、不死同盟には自称「足利」がいるとか何とか言ってなかったか? 超命寺みたいに古い言葉遣いもしないし……って、それは所長も同じだったから、逆に超命寺が特殊なんだろうな。


「足利って、足利ですか?」

「そうだ。父は義詮。しかし、所謂『隠し子』だ。後継争いとは無縁だった」


 足利義詮……。アキラだから覚えている。ただ歴史の教科書では大きく取り上げられていなかった。テストにも出なかったし。

 自己紹介した足利さんは、白いドレスの女の人に視線を送って、続けて言う。


「それで、こちらの彼女はおおとり仙花せんか。旧華族、鳳伯の令嬢だ」


 鳳さんは僕に無言でゆっくりと一礼する。ただそれだけなのに、何となく上品な雰囲気を漂わせているから不思議だ。僕も合わせてお辞儀する。

 それから僕は足利さんに向き直って尋ねた。


「ええと、僕に何かご用でしょうか?」

「用と言う程の事は無いんだが、一度は挨拶しておきたくてね。東京では大活躍だったと聞いている」

「いえ、そんな」


 例の「天国と地獄」の事を言っているんだろう。


「はは、謙遜しなくても良い。今までは余り接点が無かったが、これからはあるかも知れない。宜しく」


 握手するのかな……と思ったら、しなかった。握手の習慣が無いのかも知れない。僕だって人に会う度に握手したりはしないから、悪いとは思わない。


 ……沈黙が訪れる。まだ何か話があるのかな?

 そう思っていると、足利さんが僕に尋ねて来た。


「ところで、そちらの女の子は?」


 穂乃実ちゃんの事だな。


「あぁ、彼女は……平家穂乃実さんです」

「研究所の? Fの子?」

「ええ、はい」

「その子もFか……。ああ、炎天下で立ち話はよくない。どこか陰で休める所は無いかな?」


 足利さんに聞かれて、僕は辺りを見回した。ちょうど木陰のベンチが目に入る。


「そこにベンチがありますけど……。それとも研究所に向かわれるところですか?」

「あー……いや、結構。あの木陰で話そう」


 僕達は四人で木陰のベンチに座って、話の続きをする事になった。穂乃実ちゃんが明らかに不満そうな顔をしている。

 これからH湖の湖岸に行くところだったからな……。申し訳ないけど、少しの間だけ我慢してくれ。



 右から鳳さん、足利さん、僕、穂乃実ちゃんと並んでベンチに座る。

 足利さんは懐から扇子を取り出して、パタパタ扇ぎながら話し始めた。


「話と言っても、そう大層な事じゃないんだが――」

「はい」

「お礼を言わないといけないと思ってな」

「何のお礼ですか?」

「日本を守ってくれた」

「あぁ……いや、でも、お礼なんか要りませんよ。僕は……僕のやりたい事をやったと言うか……まぁ、そんな感じなんで」


 関係無い人――と言ったら失礼かも知れないけれど、知らない人にお礼を言われるとは思ってもいなかった。

 僕がエンピリアンと戦ったのは、少なくともではなかった。

 ――じゃあ誰のためだったのか? 日本全体? それも違う。という意識もなかった。僕は僕のためにやった。それが真実だ。

 足利さんは小さく笑った。


「成程。それで……変わりなく元気にしているかな?」

「えっ、僕の事ですか?」

「ああ」

「えぇ……はい、元気です」

「それは良かった」


 ……何この会話?

 しばらく会っていなかった親戚と話をする時みたいな、この気まずさ。相手は親戚どころか初対面の人なんだけど、こっちはあっちを知らないのに、あっちはこっちの事を一方的に知っているみたいだから、それでなのかな?

 また沈黙が訪れる。本当に挨拶をしに声をかけただけで他に用が無いんだったら、そう言えば良いのに。

 穂乃実ちゃんはつまらなそうに、ぼんやりと前を見ている。

 その数秒後、足利さんがやっと沈黙を破った。


「――それで、私達は富士と会って行くが……君達は?」

「僕達は――」


 僕は改めて穂乃実ちゃんの様子を窺う。穂乃実ちゃんは僕と足利さんの話には全く興味が無いみたいで、何の反応もしない。


「これからH湖に行くんで」

「分かった。引き留めて悪かったね」

「いいえ」

「また会おう」

「はい」

「一流の風流人士なら、こういう時に歌の一つでも詠むんだろうけど、私は生まれはともかく下賎の育ちで。申し訳ない」

「いえ、お気になさらず」


 社交辞令的な言葉を交わした後、足利さんと鳳さんは立ち上がって、研究所の方へと歩いて行く。

 鳳さん、結局一言も喋らなかったな……。それは穂乃実ちゃんも同じだったから、お互い様なのか?

 二人が去った後、僕と穂乃実ちゃんは顔を見合わせる。


「それじゃ、行こうか」

「はい!」


 元気の良い返事に、僕は少し驚いて、照れ隠しに笑った。……そう言えば、ずっと穂乃実ちゃんと手を繋いでいたな。外出する時はいつも手を繋いでいたから、特別おかしな事だとは思わなかったけれど……。

 穂乃実ちゃんがもう少し大きくなったら、自然に手を繋がなくなるのかな?

 そう思うと、何だか寂しい。それが普通なんだけどさ。

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