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ヘスペリアはルーシーとは全く違った印象を受ける。ヘスペリアは金髪でルーシーは黒髪だから、実は姉妹じゃないと言われても驚かないぞ。
そもそもヘスペリアのルーシーに対する物言いに違和感がある。自分のお姉さんに敬意が無いどころか、見下している様にさえ思える。
「心の平安だって?」
「私の家族はボロボロでした。両親は死に、残った家族は気の狂った姉と祖父だけ。超能力だのエンピリアンだの、そんなの私にはどうでも良かった。私が望んだ物は、ただ一つ……何物にも悩まされない平穏だけ。ここは私のための天国。永遠の平穏と安らぎに満ちた、私による私のためだけの国。この天国を壊すと言うなら、私が相手になりましょう」
つまり彼女が天国の元締めという訳か……。ルーシーも首謀者ではないと。
そうなると、ルーシーは妹のためだけに天国を維持しようとしている? 残された唯一の家族だから?
僕が高御座の上のヘスペリアを睨んでいると、いきなりルーシーが僕を突き飛ばそうとして来た。僕は素早く後ろに下がって、ルーシーから距離を取る。
ルーシーは僕とペスペリアの間で仁王立ちして、僕を強く睨み付けて言った。
「ヘシーは私が守る!」
これは厄介だ。二人を同時に無力化しないと、この天国を消滅させる事はできないだろう。暴力を振るいたくはないけれど、言葉での説得は難しい。
「ルーシー、頼りにしてるね」
「任せて!」
ヘスペリアは相変わらず高御座の上で偉そうにしている。ルーシーの方は好い様に使われている感じなのに、そんな事は全然気にしていないみたいだ。
洗脳……? いや、ルーシーが依存気味なだけかも。
僕は改めて高御座の上のヘスペリアに向かって言った。
「心の平安を求めるのは勝手だ。でも東京に天国を置くのは諦めてもらう!」
「何故ですか?」
「迷惑だからに決まってるだろ!」
「本音では皆、疲れているんですよ。人間には悩みが多過ぎるんです。生きて行くだけで精いっぱいの人もいれば、衣食に困らなくなっても心が虚しいまま満たされない人もいる。人間社会は余りにも巨大で複雑過ぎるんです。だからと言って、知性を放棄してアリになり切る事もできない」
「それで猫になるのはおかしいだろ!!」
「あなたもアリと猫なら、猫を選ぶでしょう?」
「そういう問題じゃないッ!」
「いいえ、実はそういう問題なんですよ。高度に複雑化した社会において、『立派な人間』になるハードルは高くなる一方です。人間らしく生きられないなら、せめて自由な生き物になりたい。それが小鳥であり、猫であり――」
「だけど、あんたは他人を救うために天国を創った訳じゃないんだろ?」
「ええ。それはその通りです。かわいそうな人は私の天国に住まわせても良いというだけの事」
願いの根本が我がままだから、やっぱりヘスペリアの説得は難しい。どんなに悪い面を指摘しても、それがどうしたと開き直られたら無意味だ。
「一つ聞きたい。天国で動物になった人間はどうなる? 動物のまま生きられる訳じゃないだろう」
「天国を維持するエネルギーとなって消滅します」
「何だと!? あんたは何とも思わないのか!?」
「元から生きる希望も無い人達ですから、生かしておいてもしょうがないでしょう? だから役に立ってもらいます」
「人の心が無いのか!!」
「倫理だの道徳だの、うるさいんですよ。人としての義務だとか責任だとか、そんな物のために不幸になれと言うんですか? どうして……どうして誰も私を放っておいてくれなかったの……」
ヘスペリアの反論には、隠し切れない憎悪が表れていた。ここに付け入る隙があるんじゃないかと、僕は直感する。誰であろうと天国にいるためには、天国の約束を守らなくてはいけない。
僕はヘスペリアを更に挑発した。
「底が知れたな! あんたが本当に逃れたかったのは世間体か? それとも――」
それまで澄ましていたヘスペリアの顔が憎しみに歪む。もう一押しだと思っていたところで、ルーシーが僕に掴みかかって来た。
「これ以上、ヘシーを苦しめるな!」
僕は敢えて掴まれる事で、逆にルーシーを捉まえて取り押さえる。
腕を絡めて捻り上げ、床に転がして伏せさせた。超能力頼りの人間とは、鍛え方が違うんだ。
僕は痛がるルーシーを押さえ付けたまま、ヘスペリアに問いかけた。
「一人で逃げようと思えば、いくらでも逃げ道はあったはずだ! それでも家族を見捨てられなかったんだろう!」
ヘスペリアの代わりにルーシーが答える。
「ヘシーは優しい子だったんだッ! 本当は私がヘシーを支えないといけなかった! それなのに――」
「今更……家族面をするなッ!!」
ルーシーの言葉を遮ったのは、ヘスペリアだった。
激しい怒りの言葉に、僕もルーシーも驚いて押し黙る。
「おばあちゃんが死んでも! お父さんとお母さんが死んでも! とっても悲しかったけれど、私は乗り越えられるつもりだった! だって、人が死ぬのはしょうがないじゃない! 誰でもいつかは死ぬんだからさ! それなのに……それなのに、おじいちゃんとルーシーは!!」
まだ言葉を返す事ができない僕とルーシーに、ヘスペリアは積もりに積もった怒りと恨みを吐き出し続ける。
「私は普通に暮らしていたかったのに! 気狂い二人のせいで、どれだけ苦しい思いをしたか! おじいちゃんが死んだ時は清々したよ!! これでやっと帰れるって……思ってたのに!」
「ヘシー……」
「ルーシーは私の事なんか全然考えてなかったよね!? 私は身内に犯罪者なんか抱えていたくなかったの! おじいちゃんが死んだんだから、そこで全部終わりにすれば良かったじゃない! お蔭でこんな所まで来ちゃってさぁ! もう引っ込みが付かないんだよ!? どうしてくれるの!!」
「ヘシー……」
「何だよ!! 何とか言ってみなよ!」
「ごめんなさい……」
「だから今更なんだよぉ!! 今更! こんな所で! 謝って! どうするんだよ!!」
さめざめと泣くルーシーに続いて、ヘスペリアも号泣し始める。
元はと言えば僕が煽ったせいだから、かなり気まずい。
「まあ、落ち着いて……」
「部外者は黙ってろ! まだ話は終わってない!」
何とか場を取り成そうとしたんだけれど、取り付く島もない。ここは全部不満を吐き出してもらって、スッキリさせる以外に無さそうだ。
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