2
飯田橋でタクシーを降りた僕は、真桑さんとウサギさんと三人一緒に、飯田橋駅に乗り込む。飯田橋駅にも警察の人達が駐屯している。天国が解放されない限り、中央線の運行再開も難しいだろう。
僕達は飯田橋駅の地下を通って、天国との境界に立つ。
「それじゃ、行って来ます」
僕は真桑さんとウサギさんに一言告げて、白い光の壁の向こう――結界の中の天国へと踏み込んだ。
「気を付けて」
「必ず帰って来い」
二人の声を背に受けて、僕は進む。
白い壁の向こうに渡ると、人の気配が全くしなくなった。駅の中も全くの無人だ。
僕は東口から外に出てみる。ここにも人の姿は全く無い。皆、天国から地獄に追放されてしまったんだろうか?
僕は皇居方面に歩きながら、人影を探した。
……いない。誰もいない。建物の中にいるのか? 人は全く見かけない代わりに、やたらと小動物を見かける。特に小鳥と猫……。
不思議な事に、小鳥は猫を恐れないし、猫もまた小鳥を襲おうとはしない。猫は無気力にゴロゴロ寝転んでいるか、ふらりふらりと散歩しているだけ。
平和な風景だけれど、平和過ぎて不気味だ。天国では動物までもが本能を忘れてしまうんだろうか? ジョゼ・スガワラはどうなったんだろう?
皇居までの
皇居のお堀の周辺では、水鳥も見かける。動物ばかりだ。人間は一人も残っていないんじゃないかと思わされる。
僕は田安門から日本武道館の前を通って、真っすぐ北桔橋門へ進んだ。
……皇居を守る番人もいない。何かがおかしい。
西桔橋門の前で、僕はようやく天国で最初の人間と出会う。
「ジョゼさん……」
「ムコウ、ジゴクから戻って来たか」
「はい」
敵対するのだろうかと、僕は身構えた。今日、天国に戻って来て初めて会えた人間だから、ちょっと安心した気持ちはあるけれど、敵になるなら戦わないといけない。
でもジョゼ・スガワラは自分から手を出して来る様子が無い。それは天国の約束があるからなのか……。
「地獄は解放しました。残るは天国だけです」
僕はジョゼ・スガワラに宣言したけれど、当のジョゼは何も答えなかった。ただ無言で僕を見下ろしている。その感情は読めない。
僕は話を続ける。
「あなたも本当は分かっているはずです。天国も地獄も人の救いにはならないって」
「そうかもな」
「天国にいた人達はどこへ行ってしまったんですか? ここまでは誰も見かけませんでしたよ。全員追放されてしまったんですか?」
「追放……? そこら中にいるじゃないか」
ジョゼ・スガワラの言葉に、僕は改めて周囲を見回した。
……でも、人間は僕とジョゼ・スガワラだけだ。他には誰もいない。まさか幽霊になったとか?
「誰もいないですよ」
「それ、そこだ。あそこにも」
ジョセ・スガワラは門の隅で
僕はようやく察して、それでも理解が追い付かなくて、首を横に振る。
「そんな……」
「人であるコトを捨て、自分のなりたいモノになったんだ」
人間として生きる事に疲れきってしまった人は、最終的には人である事さえもやめてしまうと言うのか?
「これが救いだと言うんですか?」
「オレにはわからない。ただ天国の番人として、ここにいるだけだ」
「僕は天国を終わらせます。絶対に」
僕は敢えて敵対的な態度を取った。
でもジョゼ・スガワラは相変わらずの無表情で立ち尽くしている。
「……好きにするといい。だが、天国をこわしてどうなる? 人として生きるコトをやめたヤツが、元に戻るとでも? 生きる気力を取り戻して?」
「疲れた人のための天国があっても良いでしょう。でも東京に創らないでください。どっかの無人島で勝手にやる分には、誰も止めたりしませんよ。きっと」
「一理ある」
「僕を止めないんですか?」
「どうやらオレも天国にふさわしい人間じゃないらしい。マーイ……」
ジョゼ・スガワラは天国の番人になっても、現世の
深い溜息を吐いたジョゼ・スガワラは、いつの間にか足元に擦り寄って来ていた猫を抱き上げた。本当に僕を素通しするつもりらしい。
「良いんですね?」
「行け」
二度は言わせるなとでも言うかの様に、ジョゼ・スガワラは僕から目を逸らして、言い放った。
僕はジョゼ・スガワラを不憫に思いながら橋を通過して、真っすぐ宮殿を目指す。
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