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 それから数時間後、真桑さんが無事に新宿駅に帰って来た。真桑さんは僕と半礼寅卯がいるカフェテリアに入るなり、驚愕した顔で動きを止める。そして鋭い目付きで半礼寅卯を睨んだ。


「向日くん……!」


 僕は半礼寅卯を庇う様に数歩前に出て、真桑さんに話しかける。


「真桑さん、ご無事でしたか!」

「ああ、無事だったが……。これはどういう事なんだ? どうして半礼寅卯がここにいる?」

「それは、僕が天国から連れ出したからです。もう彼女は僕達の敵じゃありません」

「彼女?」

「はい。半礼寅卯さんは女性ですよ」

「そんな事が……あるのか?」

「あったんです」


 真桑さんは分かり易く動揺している。僕が言えた事じゃないけど、その態度は失礼だよ。半礼寅卯にも色々と事情があるんだ。


「……いや、男か女かって話はどうでもいい」

「そういう言い方はちょっと」

「そうじゃなくてだな……。あのな、とにかく俺が言いたいのは……。はぁ、どう言ったら良いのか……」

「どうもこうもないですよ。僕は彼女を信じています」

「……まあ、君がそう言うなら」


 僕は自信を持って堂々と答えたけれど、真桑さんは完全に信用するとまでは行かなかったみたいで、引き下がり方も渋々という感じだった。

 半礼寅卯の方も疑って来た真桑さんが気に入らないのか、そっぽを向いている。

 僕は話を先に進めようと、まずは真桑さんに言った。


「この地獄の主はTクロス・コンフォートタワーの最上階にいるみたいです。半礼寅卯さんも一緒に行ってくれる事になりました」

「えっ……? いや、それは危ない」


 真桑さんは困惑を顔に表す。さっきまで敵だった相手を味方にして大丈夫かと言いたいんだろう。

 僕は天国で半礼寅卯の本心を知ったから、彼女を信頼できる。

 天国もフォビアと同じなんだ。フォビアを持つ人は、恐怖症があるからフォビアを使える。その延長で、自分が決めたルールを他人に強制させる以上は、自分もルールに従っていないといけない。

 それは形だけの物じゃなくて、本心から強く信じ込んでいる必要がある。例えば、バイオレンティストが暴力を強く信じていた様に。

 だけど、フォビアを持たない真桑さんには、こういう感覚は分からないのかも知れない。

 半礼寅卯は眉を顰めて、ちょっと拗ねた様な声で言った。


「俺の事が信用できないのか」

「あー、その……言葉通りの意味だ。あなたにとって『危険』だと言っている」


 苦しい言い訳だなぁ……。

 僕は真桑さんに告げる。


「大丈夫ですよ。逆に真桑さんの方が危ないんじゃないかと」

「いや、俺は仕事だから。何と言われようと絶対に同行するぞ」

「足手まといになってもか?」


 決意を口にする真桑さんに、半礼寅卯が嫌味を言った。

 真桑さんも負けじと言い返す。


「俺には銃がある。向日くんのフォビアとの相性を考えれば、これが一番良い」


 真桑さんは上着の下に隠し持っている銃に触れた。

 半礼寅卯は超能力が使えるし、真桑さんは銃が使える。自分だけの強みがあるってのは良い事だ。


「じゃあ三人で行きましょう」


 僕の提案に真桑さんと半礼寅卯は牽制し合う様に、お互いの顔を見た。そして同時に溜息を吐いて、頷き合う。


「ああ、それが良い」

「足手まといにはなるなよ」


 僕は小さく安堵の息を吐いた。これで一応は協力体制が整った。

 小館真名武を説得するために半礼寅卯は欠かせない。公安としては僕と半礼寅卯を二人だけで行かせる訳にはいかないから、監視役が必要になる。僕としても二人ぐらいなら何とか超能力から守れるかも知れない。



 その後、一条府道さんとも相談して、僕達は正式に三人で新宿区内にあるタワーマンション――Tクロス・コンフォートタワーに突入する事になった。

 公安の偵察によると、Tクロス・コンフォートタワー周辺は特に警備が厳しいという訳でもないらしい。つまり……そこに社会的な「重要人物」がいる可能性は低い。議員とか官僚とか、そういう人はいないって事だ。

 ただ……Tクロス・コンフォートタワー周辺は他と比べても、かなり治安が悪いという。暴力団が縄張り争いを繰り返していて、地獄の中の警察官も余り近寄らない様な場所だから、各勢力の空白地帯になっているって話だった。だから意図的な妨害は無くても、偶発的な衝突に巻き込まれてしまう可能性は高い。

 天国とは逆の地獄の中枢に、僕達は踏み込まなければいけない。取り敢えず、ビルに突入するまでのサポートはしてもらえる事になった。

 Tクロス・コンフォートタワーを解放できれば、この地獄は終わるはずだ。天国の方は分からないけれど……陰と陽のバランスで保たれている結界の力が、弱まる事は間違いない。

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