突入! 魔の新宿ビル

1

 僕は半礼寅卯を新宿駅の地下に連れて帰る。まず出入口をガードしている警備の人と話をしたけれど、同行者が半礼寅卯だとは一目で分からなかったみたいだ。

 半礼寅卯自身が名乗っても、疑いの目で見て来る。


「何か身分を証明する物でもあれば良いんですが」


 話が長引いていると、半礼寅卯は露骨に機嫌を悪くして、悪態を吐き始めた。


「俺の親父は半礼政狼だ。お前等じゃ話になんねぇんだよ。責任者を出せ」


 まごつく警備の人達に、半礼寅卯は更に追撃する。


「とっとと呼べ。グズグズしてると、まとめてクビにするぞ」


 脅しかけられた警備の人達は相談の結果、一人に一条府道さんを呼びに行かせた。

 半礼政狼は国防党のトップであり、防衛大臣でもあり、そして国家公安委員長も同じ国防党の議員だ。実際には半礼寅卯には何の権力も無いんだけど、国務大臣の息子――いや、娘が相手となると色々考えてしまうんだろう。

 それにしても……こうして見ると、やっぱり女の人には見えない。

 両腕を胸の前で組んで、周りを見下す様に立っている半礼寅卯は、僕の怪訝な視線に気付くと、こちらを睨み付けて来た。


「何だ? 言いたい事でもあるのか」

「……ああいう言い方は良くないよ」

「女には見えないだろ」


 半礼寅卯はニヤリと笑う。

 ああ、そうだったのか……。権勢を振るうのも、粗暴な口を叩くのも、女だと思われないための演技……。演技? 演技という事にしておこう。全てが片付いて、半礼寅卯を縛る物が無くなれば、彼女も本当の自分を取り戻せるはずだ。



 それから一条府道さんが来て、僕と半礼寅卯を駅の中に通した。着いた先は無人のカフェテリア。天国と地獄が出現したのは深夜だから、その時に従業員がいなかったんだろう。

 一条府道さんは最初に僕に尋ねる。


「真桑はどうした?」

「ああ……地獄のどこかに飛ばされました。無事だとは思うんですが」


 僕が半礼寅卯をちらりと見ると、半礼寅卯は少し表情を歪めて言う。


「安心しろ。遠くには行ってない」


 一条府道さんが疑わしそうな顔をしたので、僕はフォローのために付け加えた。


「本当だと思います」

「それなら良いんだが……。取り敢えず、真桑が戻って来るまで、ここで待機していてくれ。それと……半礼の若様」


 若様って言い方は、どうなんだろう……? 当人は特には気にしていないみたいだけれど。


「念のために脳波を遮断するヘッドギアを身に着けていただきたいのですが」


 急に半礼寅卯の表情が険しくなったので、僕は慌てて反対した。


「いや、大丈夫です! 絶対に大丈夫ですから! 僕が保証します!」

「しかし……」

「エンピリアンだとか超能力者だとか、そういう事は忘れてください。大臣の身内だとか、そういう事も。皆、一人の人間なんです」

「そこまで言うなら……」


 僕の必死な様子を見て、一条府道さんは渋々ながら引き下がった。そして改めて半礼寅卯に言う。


「大臣閣下のご令息には不相応な場所ですが、何分非常時でありますので、どうかご容赦を」


 さっき大臣の身内だって事も忘れてくださいって言ったのに。これも身に付いた役人根性という奴なんだろうか?

 僕は一条府道さんに一つだけ注意する。


「ご令息じゃなくてご令嬢ですよ」

「は? ……え?」


 一条府道さんは信じられないという顔で、僕と半礼寅卯を交互に見た。そして僕を半礼寅卯から一時的に引き離し、声を潜めて言う。


「性同一性障害の事か? あれは精神治療で緩和したと聞いているが」


 ややこしい事になっているなぁ……。二重にも三重にも誤解されているみたいだ。


「いや、そうじゃなくて。本当に女の人なんです。訳あって男性のフリをしていたんですよ」

「マジかよ……。いや、本当か?」

「こんな時に、こんな事で嘘を言いますか?」


 ひそひそと話す僕達に、半礼寅卯が声をかけて来る。


「人の前でコソコソするな。気分が悪い」

「済みません」


 一条府道さんは反射的に謝ったけれど、僕の言葉を完全には信じられない様子で、また小声で僕に聞いて来た。


「……女?」

「はい」


 一条府道さんは納得いかない風だったけれど、今は深く考えない事にした様だ。


「では、私はこれで」


 難しい顔で溜息を吐きながら、小さく首を横に振って、カフェテリアを後にする。


 僕と半礼寅卯は無人のカフェテリアで二人だけになる。

 半礼寅卯は真剣な表情で僕に声をかけた。


「ムコウ、話がある」

「何の事?」

「地獄は終わらない。まだ地獄のあるじがいるからだ」

「オリオン――小館真名武だよね?」

「ああ」


 ルーシーとジョゼ・スガワラは天国だし、他に残っているのは彼とセメレぐらいしかいない。


「オリオンはTクロス・コンフォートタワーにいる。山手線内では最高峰のビルだ。居場所は恐らく最上階」

「最上階……」

「俺も連れて行ってくれ。あいつも地獄に疲れている頃だろう」


 説得できるって言うんだろうか?

 僕は驚いたけれど、素直に頷いた。半礼寅卯もエンピリアンだから、協力してくれるなら心強い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る