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 半礼寅卯は僕が見る見ないに構わず、服を脱ぎ続けるみたいだ……。衣擦れの音に続いて、ぱさりと何かが床に落ちる音。


「よく見てくれ。これが俺だ」

「いや、別に見たくないんで……」

「見ろよ。知りたかったんだろ?」

「何の関係があるんだよ」

「見て欲しいんだ。正直な意見を聞かせてくれ」


 半礼寅卯は懇願する様な声で言った。身体に欠損でもあるんだろうか?

 僕は恐る恐る半礼寅卯に目を向けた。窓に背を向けて、早朝の陽光を背負う半礼寅卯は――素っ裸だ!?

 僕は慌ててまた目を逸らす。一枚脱いだだけで裸になるって事は、最初から白い衣しか着ていなかった? 露出狂か?


「見ろよ。どうして目を逸らすんだ?」

「誰が好き好んで男の裸を見るんだよ!」

「男じゃなけりゃ良いのか?」

「……そういう問題でもない!」

「見て欲しいんだ。今まで親父以外には隠し通して来た、俺の本当の姿を……。どうか見てくれ。君の目には、俺がどう映るのか」


 どういう意味だ?

 僕は再び半礼寅卯に目を向ける。……少し筋肉は付いているけれど、撫肩で全体的に細身だから華奢な印象を受ける。頭髪以外の体毛が全く無いのも変な感じだ。手入れしているんだろうか? それと、思っていたより背が低い。いつもはシークレットシューズを履いているのか? 背が低い事がコンプレックスだった? それとも中性的な外見の方? 男らしさに自信が無いとか、そういう事か?

 僕は視線を下に向ける。そこには……男には当然あるべき物が無い!


「あっ」


 僕は慌てて目を逸らした。

 どういう事だ? 男だけど無いのか? それとも小さ過ぎるとか? あったけど無くなってしまった? とにかく、それがコンプレックスなら納得できる。

 半礼寅卯は三度目を逸らした僕に、真剣な声で言った。


「目を背けるな。もし君に良心があるなら、悪いとも思わずに直視しろ。これが……俺なんだ」

「良心ってそんな……」


 見たくない物から逃げるな、そこにある事から目を背けるなと言いたいのか?

 僕は半礼寅卯の下半身を見詰める。全くの無毛だ……。男性ホルモンの不足で二次性徴に伴う変化が起こらないって言うのは聞いた事がある。一方で傷跡の様な物も見られないから、やっぱり最初から無かったのか?

 半礼寅卯は改めて語り出す。


「俺の親父・半礼政狼は後継者を自分の息子と決めていた。家督と財産を受け継ぐ者は男系男子に限ると。つまりは皇室の真似事だ。だが、皮肉な事に親父には男の子ができなかった。最初の結婚で二人の子を儲けたが、どちらも女の子だった。畑が悪いと言い訳して、離婚してから別の女と再婚して二人産ませたが、男の子は一人もできなかった。それでも懲りずに、また離婚して別の女と再婚して、産まれたのが俺だ」


 つまり……どういう事だ?

 まだ理解の及んでいない僕を、半礼寅卯は小さく笑った。


「分からないか? 分からないよな。俺にだって分からない。どうして、そこまで男子に拘るのか……。お袋が早死にしたのを良い事に、親父は俺を男と偽って育てた。どうしてもごまかせない時には、性同一性障害だとか言って、学校の先生や医者に金を握らせて黙らせた。だが、最近親父は四度目の結婚をした。偽物の息子じゃ我慢できなかったのか、まだ子供を産ませるつもりらしい」

「女……だったのか?」

「は? 何だと思ってたんだよ。女には見えないってか」


 半礼寅卯は自嘲と呆れの笑いを込めて吐き捨てた。

 確かに最初は女性に見えなかった。何と言うか……本当に少年みたいなんだ。丸みの少ない細い体は、性が完全に分化する前の状態を思わせる。

 それでも悪い事を言ってしまったと、僕は気まずくなる。


「黙り込むなよ。反省でもしてるのか? 俺の機嫌を損ねた事を?」

「悪かった。男だとばかり思っていたから……」

「甘ちゃんめ。俺を殺しに来たんじゃないのか」

「殺すとまでは……。ただ、やっぱり天国と地獄は元に戻してもらいたい」

「何故?」

「世の中、そこまで悪くはないよ」


 僕はどうにか説得しようとしたけれど、半礼寅卯は鼻で笑った。


「俺の親父を見ても同じ事が言えるか? ただ自分の権力を拡大させる事にしか興味が無い、あの男を見ても。親父は本気で超能力者を利用して、政界だけじゃなく日本の頂点に君臨するつもりだった」

「……父親を憎んでいるのか?」

「俺は親父とは違う。あんな男は地獄に堕ちて当然だ」

「ここは天国なのに」


 天国は怒りや憎しみを忘れた人が行く所だったはず。それなのに半礼寅卯は父親への憎悪を捨て切れていないと、僕は感じた。

 半礼寅卯は虚を衝かれたのか、驚いた顔をして僕を見る。それから寂しそうに目を伏せて、また語り始めた。


「ルーシーは天国に行けば苦しみから救われると言った。俺も天国ここでなら、男でも女でもない一人の人間として自分を受け容れられると思っていた。俺の心は確かに安らぎに惹かれている。それなのに――」


 半礼寅卯は潤んだ瞳を僕に向ける。


「ムコウ、君の事は知っている。F機関で人のフォビアを克服する手助けをしているそうだな。俺のフォビアが何か分かるか?」

「自分の性別に対する不安……」


 要するに性同一性障害だ。男と偽るために勝手に付けられた病名が、嘘から出た真になってしまったんだろう。


「君なら俺のフォビアを失くせるか?」

「失くして、それから……どうする?」


 僕はそう尋ねながら椅子から立ち上がって、半礼寅卯の前に右手を差し出した。

 半礼寅卯は僕の手を一度見た後、ふらりと寄りかかる様に僕に抱き付いて来る。


「抱き締めてくれ。強く」

「えっ」


 僕は頭も働かなかったし、体も動かなかった。

 半礼寅卯は小さく震えている。人肌の温もりが伝わって、何だか……変な感じだ。敵同士という関係なのに、僕達は何をしているんだろう?

 僕は半礼寅卯の身長が僕より少しだけ低いという事実に気付く。


「俺は天国にはいられない人種なんだ。自分が男になりたいのか、女になりたいのかも分からない。親父への恨みを消す事もできないし、今までの人生を無かった事にもできない。魂が穢れているんだ」

「そんな事は……」

「浄化してくれ。何もかも忘れさせてくれ」


 いや、僕のフォビアはそんな事できないんだけど……? 浄化とか忘れさせるとか無理だぞ。

 でも半礼寅卯を哀れに思った僕は、余計な事は言わずに自分のフォビアを意識して彼女を――そう、を抱き締めた。


「俺はどうすればいい? 男にも女にも、何者にもなれなかった俺は……」


 正直、そんな事を言われても困る。男になれとか女になれとか、僕に決められる訳がない。男でも女でもなく、君は君だよと言う事さえ、安易な慰めの様に思う。


「抱いてくれ」


 半礼寅卯の急な告白に、僕はまたしても返答に困った。


「抱くって……」


 僕は抱き締める腕に少し力を込める。

 半礼寅卯は小さく鼻にかかった声を漏らして、今度はキスを求めて来た。ちょっ、ちょっと待って、それはまずいって。

 半礼寅卯は全裸で僕と密着しているけれど、いやらしい気持ちが全く起こらない。一人の女性と言うよりは、甘えたがりの子供みたいだ。

 僕は半礼寅卯の頭をそっと撫でて、正面から顔を合わせない様にしながら、お互いの顎をお互いの肩に乗せる形で抱き締めてごまかした。


「俺には女の魅力が無いのか」


 そんな悲しそうな声で言われても……。ここは正直に言ってしまおう。


「そもそも僕は性機能障害だから」

「チッ、不能かよ。そんな所まで無力化か」


 手の平を返す様に舌打ちに続いて吐き捨てられて、僕はとても傷付いた。

 そんな言い方しなくてもいいじゃないか……。

 半礼寅卯は完全に冷めてしまった様で、大きな溜息を吐いて、僕の背中に回していた手を解く。

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