地獄の下で
1
新宿駅の地下にはフェンス型のバリケードが並べられていて、フィクションドラマなんかで見る危険な集団が立てこもる基地みたいになっていた。
そこにいる人達は全員、頭に何か被り物をしている。ヘルメットだったり、ヘッドギアだったり、帽子だったり。全て脳波を遮断する道具なんだろう。
真桑さんは僕をバリケードの内側に通しながら説明する。
「長期戦に備えて、新宿駅の地下には物資が運び込まれている。山手線の外から地獄へは人間や電波は一方通行だが、物は双方を素通りできるみたいだ」
「ここの人達は全員、外から地獄に入って来たんですか?」
「いや、半分ぐらいだな。残りの半分は俺達が力業で正気に戻した。だから皆、地獄の恐ろしさを身をもって知っている」
「力業って――」
「取り押さえてメットを被せただけだ」
「あぁ、そうやって」
そんな風に少しずつ地獄の人を取り戻して行けば、最終的には地獄の勢力を取り込んで逆転まで持って行けるかも知れない。でも、地獄の勢力との全面衝突は政治面で厄介な事になるから、避けた方が良いのか……。政府の正統性を持ち出されて、自衛隊が出動するなんて事になったら元も子もない。
「昨夜から色々あって疲れているだろう。ゆっくり休んでくれ」
真桑さんはそう言って、僕を仮設の仮眠室に案内した。そう言えば、昨日から一睡もしていなかった。でも気分はそんなに悪くないし、眠たいとも思わない。
……もしかして天国にいたからか?
感覚としては平気でも、一睡もしないのはどうかと思うから、僕は素直にベッドに横になる。
……ダメだ。先の事を思うと目が冴えてしまう。無理に寝ようとしない方が良いのかも知れない。
僕は大きな溜息を吐いて、新宿駅地下の基地内を歩き回った。新宿駅の地下は結構な広さがある。敵地で誰もピリピリしているものだと思っていたけれど、そうでもないみたいで、普通に談笑している人やゲームをしている人も見かける。
やがて僕は地上と地獄の境目に突き当たった。新宿駅の線路から外側は、黒い霧に覆われている。
そこにも警備の人が二人いたけれど、バリケードまでは築かれていない。僕が黒い霧に近付こうとすると、片方の人が止めた。
「そっちには行けないぞ」
「そうですか……。この先に進むと、どうなるんですか?」
警備の人は人差し指を一本立てて、ぐるぐる回して答える。
「方向感覚が狂って、来た道を引き返しちまうんだ」
「ははぁ……。ちょっと、行ってみても良いですか?」
二人の警備の人は一度顔を見合わせた後、呆れた風に言った。
「まあ、どうぞ。お好きに」
入っても戻って来るだけだから、危険は無いって事なんだろう。
僕は自分のフォビアが通じるか確かめに進む。僕がフォビアを意識しながら黒い霧に近付くと、少しずつ霧が薄くなって行った。
二人の警備員から驚きの声が上がる。
「おっ!?」
「どうなってんだ?」
二人は僕のフォビアの事は知らないんだな。僕が誰かも分かっていない様だから、まあ当然と言えば当然の反応。
僕は慎重に足を進めて、黒い霧の中に入る。ちょっと視界が悪いけれど、先が分からない訳じゃない。
十mぐらい歩いて、僕は霧の向こう側に出た。そこにはフェンス型のバリケードがあって、人が通り抜けられなくなっている。フェンスの向こう側にいる警備の人達は警察の制服を着て、こちらに背を向けている。僕の事には気付いていないみたいだ。
声をかけても説明とか面倒だし、僕には結界が通じない事は分かったから、ここは引き返そう。僕は黒い霧を潜って、再び地獄の中に帰る。
霧の中から戻って来た僕を見て、二人の警備の人は興味深そうに聞いて来た。
「どうだった?」
「どうって……まあ、出られましたよ」
「本当か? 向こう側はどうなってた?」
「フェンスがあって、警察の人が見張りをしてました」
「適当な事を言ってるんじゃないだろうな?」
「いや……信じられないなら別に」
僕のフォビアの事を知らないなら、信じられなくてもしょうがない。短く説明するのは大変だから、全部理解してもらおうとは思わない。
「それじゃ、失礼しました」
そう言って僕はその場を立ち去る。
二人の警備の人は僕を引き留めたりしなかった。
何もやる事が無くて、再び地下をうろついていると、レストランを発見する。それから僕はようやく昨夜から何も食べていなかった事を思い出した。だけど、お腹が空いている訳じゃない。眠くもならないし、お腹も空かないのは、やっぱり天国にいた影響なのか? 天国にいる間は空腹も疲労も感じなかったから、何か特別な作用が働いていたんだろう。地獄に落ちても、一気に空腹や疲労が襲って来る事は無い。
いや……もしかしたら、地獄にも天国と似た様な作用があるのかも? どちらにしても正午を迎えれば、はっきりする事だろう。
新宿駅の地上はどうなっているのかと、僕は階段を探した。案内図を頼りにして、数分かけて階段を発見。
プラットフォームに上がる階段の前にも警備の人が一人いる。僕が階段に近付くと鋭い声で警告された。
「外には出るな」
「どうしてですか?」
「外は無法地帯だ。狙撃されても知らんぞ」
「狙撃……?」
「マジな話だ。鉄砲玉が突撃して来た事もあるし、爆弾を投げ込まれた事もある」
ここが地獄になって、まだ半日だよな? それなのにもう何度も攻撃されたって事なのか……。
「出かけるのは無理そうな感じですか?」
「そうだな。誰か護衛に付けるとかしないと」
「そうですか……」
早く天国と地獄の結界をぶち壊して、全部を元に戻さないと。
僕は思いを強くする。
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