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 僕とジョゼ・スガワラは、山手線内の港区を隅々まで歩き回った。かなり時間が経ったはずだけれど、相変わらず眠くもならないし、疲れも感じない。ただ空は少し明るくなり始めている。

 ジョゼ・スガワラは道中で天国の作法に困惑している人々を見ては、面倒がらずに立ち止まって教え諭した。感情が死んでいるみたいに、ずっとジョゼ・スガワラの表情は変わらなかったけれど……。

 僕がF機関で仕事をする事に生きがいを見出した様に、ジョゼ・スガワラは天国で人々を導く事を自分の使命だと思い定めたのかも知れない。そう考えると、僕には今のジョゼ・スガワラを否定する資格なんか無い様に思われる。

 それでも……僕はジョゼ・スガワラに聞いてみた。


「ジョゼさん、ご両親の事は覚えていますか?」

「もう忘れた」


 ジョゼ・スガワラは少しだけ困った顔をした。ほんの一瞬だったけれど、僕は見逃さなかった。見てはいけない物を見た気がした。


「天国に過去はいらない。地上にクイをのこして天国には行けない。パイのコトも、マーイのコトも。忘れないとシアワセになれない。どっちも忘れていい、忘れるべき小さなコトだったんだ」

「本当に、本心からそう思っているんですか?」

「オレをまどわすな。好き好んでジゴクに落ちたいとは思わない」


 ここが天国なら地獄って何だろう? 地上の事か?

 いや、違うな。山手線の結界は陰陽に分かれている。千代田区と港区があるこっち側が天国なら……地獄は新宿区と文京区があるか? 天国を追放されると地獄に落ちるって事は、あっちもあっちでおかしな事になっているんだろう。


 僕達は山手線の南端・大崎駅から線路沿いに代々木駅まで歩く。線路沿いには天まで届く様な高い白い光の壁がそびえ立っていた。壁の向こう側は全く見えない。

 僕はジョゼ・スガワラに尋ねる。


「これはどうなってるんですか?」

「この向こうは元の世界だ。天国でもジゴクでもない。出るのは自由だが、カンタンにはもどれない」


 代々木駅に着くと、今度は中央線沿いに東へ。中央線沿いにも光の壁が高くそびえ立っている。


「この向こうはジゴクだ。落ちたければ落ちろ。ただし……ジゴクから出るのは苦労するぞ」


 やっぱり新宿区と文京区が地獄という認識で合っているみたいだ。

 この天国では僕のフォビアが通じない以上、このまま天国に僕一人でいても事態は何も解決しない。僕は自ら結界の外に出て行くか、地獄に落ちるかを選ばないといけないだろう。


「ところで、僕と一緒にいた二人がどうなったか知りませんか?」

「さあ? オレに聞かれてもな……。ここにいないなら、ジゴクに落ちたんだろう」


 ジゴクかぁ……。行きたくないけど、こんな所にずっといてもしょうがないしな。

 そんな事を考えていると、ジョゼ・スガワラは僕に問いかけて来た。


「ジゴクに行くのか?」

「心配ですからね。ここに二人がいなければ、行ってみるつもりです。あっちもあっちで僕の事を心配しているでしょうし」

「天国はイヤか」

「僕には地上でやり残した事がありますから。どの道、ずっと天国にいる訳にはいかないですよ。今からもう一度ルーシーに会ってみます」


 ジョゼ・スガワラは理解できないと言った風に、溜息を吐いて首を横に振る。


「進んでジゴクに落ちるのか……」

「僕は天国にいられる人間じゃないって事です」


 過去の罪が僕をさいなむ限り、僕は本当の天国にも行けないだろう。



 千代田区に戻った僕は、ジョゼ・スガワラと別れて、再び皇居に向かった。

 皇居の周辺にいる人々は少し数を減らしている。何も起きないのに同じ場所にずっと留まっているのは、きっと退屈だったんだろう。

 僕は正門から皇居に入ろうとしたけれど、皇宮護衛官の人達に止められた。


「止まれ。許可の無い者は中に入れない」

「ここは天国でしょう? どうしてまだ仕事をしてるんですか?」

「天国にも秩序を守る番人が必要だ。不審者を陛下の御所に立ち入らせる訳にはいかない」

「陛下って……」


 この人達はまた洗脳されているのか?

 僕はフォビアを使って、皇宮護衛官の人達を正気に返す。


「ここには誰もいないはずでしょう」

「そんな事は……? いや、そう……だな? んん??」


 皇宮護衛官の人達は困惑している。皇居の中にいた人達は全員避難したって事を思い出したんだろう。


「とにかく、ここは通してもらいますよ」

「待ってくれ。この状況は何だ? 何がどうなっているんだ?」

「天国が地上に出現してしまったんです。残念ながら、僕達ではエンピリアンを止めらせませんでした」

「エンピリアン? 天国?」


 ああ、そうだった……。この人達は詳しい事情を知らないんだった。公安の人達なら話が通じたのに。


「……ここが天国? エンピリアンってのは、テロリストの組織名か?」

「そんなところです。とにかく、ここは通してもらいますよ」


 僕が強引に押し通ろうとすると、一人が僕を呼び止めた。


「待ってくれ。誰か一人……おい、久長くなが

「えっ、自分ですか」

「付いて行け」

「はい……」


 僕が皇居でおかしな事を仕出かさないか、若い皇宮護衛官の久長という人を見張りに付ける気の様だ。

 久長さんは僕に小さく頭を下げる。


「そういうワケで、ヨロシク」

「どうなっても知りませんよ」


 これから僕がエンピリアンのリーダーに会いに行くと分かっているんだろうか?

 まあ僕と一緒にいれば、超能力に惑わされる事は無いだろうから、そこまで心配はしてないけど――いや、ルーシーの超能力は僕より……いやいや、超能力は精神力とサイコパワーだ。弱気になっちゃいけない。

 僕は久長さんと一緒に宮殿の中に踏み込んだ。向かう先は正殿松の間だ。

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