6

 僕達は四人で皇居内の宮殿に入る。そこでは皇宮護衛官が何人かで見回りをしているだけで、他に人の気配は無い。


「十一時五十五分だ。残り五分しか無いぞ」


 真桑さんが腕時計を確認して呟いた。

 五分で宮殿の中を調べ尽くせるか? 間に合わないんじゃないかという気がする。


「ここじゃなくて、東御苑ぎょえんって事は無いよな?」


 真桑さんはジョゼ・スガワラに確認したけれど、ジョゼ・スガワラは苦笑いして首を横に振った。


「敵に聞くなよ」


 その言い方が気になった僕は、ジョゼ・スガワラに問いかける。


「敵なんですか?」

「……『目的がちがう』というイミではな」


 そんな話をしていると、地面全体がぼんやりと明るくなった。真下から弱いライトで照らされているみたいな感じ。

 何事かと僕達はお互いに顔を見合わせる。


「はじまったぞ」


 ジョゼ・スガワラが真顔で告げた。

 真桑さんは焦りでひたいに脂汗を滲ませて僕に言う。


「時間が無い! ここから手分けして探す! 俺は東御苑に行ってみる!」

「は、はい!」


 思わず返事をしたけれど、僕は皇居の宮殿の事なんか何も知らないぞ。どこに何があるかも全く分からない。しょうがない、皇宮護衛官の人に聞こう。


「あの、済みません」

「はい、何でしょう?」

「宮殿の中で一番偉い人がいる場所ってどこですか?」

「場所……と言われましても……」


 聞き方が悪かったかな?


「玉座とかある場所です」

「謁見の場は北溜ですが、より正式な場は正殿の松の間です。そうですね……まずは松の間に急ぎましょう。こちらへ」


 僕とジョゼ・スガワラは皇宮護衛官の人に従って、駆け足で宮殿の中を進む。中庭を突っ切ろうとすると、正殿前に皇宮護衛官が何人も待機していた。

 ここまで僕達を案内して来た皇宮護衛官の人は、慌てて仲間に事情を尋ねる。


「これは何事ですか!?」

「陛下より誰も通すなとの仰せです」

「陛下は今、京都の御所でしょう!」

「いいえ、こちらにおします」

「そんなバカな!」


 皇宮護衛官の人が仲間内で言い合いしている間に、地面の白い光が少し強くなる。同時に奇妙な安らぎが心を満たして、焦る気持ちや危機感が薄れて行く。

 ……天国が近付いているんだ。僕は自分のフォビアを意識して、正殿の松の間に真っすぐ突撃した。


「どいてください!」

「待てっ……え?」


 正殿前の皇宮護衛官の人達は僕を止めようとするけれど、近付いた途端に自我を取り戻して動きを止める。

 よし、フォビアが効いている!

 僕は勢いのままに、松の間に突入した。床の上には高御座たかみくらが組まれている。御簾みすが下りていて、御座の中は見えない。

 そして……高御座の前には夢で見た女の人が立っていた。間違いない、ルーシー・モーニングスターだ。何とか間に合った……と少し安心した瞬間、白い光が一層強くなって、何も見えなくなる。

 どこまでも白一色。眩し過ぎて、とても目を開けていられない。


「十二時だ」


 背後から聞こえたジョゼ・スガワラの声に僕は振り返るけれど、やっぱり真っ白で何も分からない。

 きつく目を閉じる。僕のフォビアが通じていない。ルーシーの力は僕のフォビアを大きく上回っているのか……?

 安らぎが心を支配して、温かい気持ちになって来る。

 それでも僕は違和感を忘れられない。この違和感こそが正常な証なんだと、どうにか正気を保つ。



 結局、エンピリアンにとってはP3なんか何の意味も無かったんだ。連中の本当の目的は、地上に天国を再現する事。

 半礼親子は利用されていたんだろう。いや、半礼寅卯の本心は分からないけれど。奴は純粋に超能力国家を目指していたのか、それとも本当の目的を隠す建前に過ぎなかったのか?

 でも、これもある意味では超能力国家か……。正に超能力によって、首都の心臓部が天国に変わるって言うんだから。

 天国は本当に良い所なのか? 悪い事は起こらない? エンピリアンの本心はどこにある?

 僕には連中が日本を良い方向に導こうとしているとは思えない。たとえ大勢の人が望む事であってもだ。首都に天国を創る目的は、絶対に他にある。

 何故そう思うかって――――わざわざ東京に天国を創る必要は無いからだ。

 国の重要な機関が集中する場所を選ばなくても、騒動にならない様に慎重に事を進めようと思えば、他にいくらでも方法があったはず。つまりはそうしなかった理由がある。それを暴くには……ルーシー達と話をするしかない。

 今はただ眩しい白光びゃっこうが収まるのを待つ。

 次に目を開けた時、僕の目に映る物は何だろうか? この場所はどう変わってしまうんだろう?

 天国を信じられない僕には、この胸の不安を塗り潰そうと心に押し寄せる安らぎが恐ろしい。

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