5
深夜の品川駅は人が少ない。終電にはまだ早いんだけれど、警察の人達によって人払いがされている様だ。ここはこれから戦場になるかも知れないから。
……ジョゼ・スガワラは駅前の交差点で、たった一人で立ち尽くしていた。
僕と真桑さんはジョゼ・スガワラの前に歩いて姿を現す。
ジョゼ・スガワラは僕の姿を認めると、苦笑いして声をかけた。
「よう、話があるんだ。聞いてくれるか?」
僕は黙って頷いた。
「ちょうど日付が変わるころ、地上に天国が現れる。ウソでもジョークでもない……本物の天国だ」
僕は急いで携帯電話で時間を確認した。現在、23:33分――もう時間が無い!
「止められないんですか?」
「……悪いコトは起こらないはずなんだ。信じてくれ」
信じてくれと言われても、ルーシーや半礼寅卯は信じられない。
「無理だ。特に半礼寅卯は信じられない」
「それはわかる。でもルーシーに悪意はない」
「今、ルーシーはどこに?」
「ルーシーは天国の中心に、ナカライはジゴクの中心にいる」
僕はジョゼ・スガワラの言葉の意味をすぐには理解できなかった。
先に理解できた真桑さんが声を上げる。
「皇居と新宿だ! 陰陽だよ!」
あぁ、そういう事か! 太極図を構成する陰陽。その中心に半礼寅卯とルーシーがいるんだ!
でも、どっちがどっちなんだろう? 太極図では陽の中には陰があって、陰の中にも陽がある。
……今はどっちがどっちでも関係無いな。取り敢えず、ここから近い皇居の方に行ってみるべきだろう。
「皇居に向かうぞ!」
「はい!」
僕は真桑さんに呼びかけられて、近くに停めてある車まで走る……前に、ジョゼ・スガワラを顧みた。
「ジョゼさん! あなたも!」
「オレも? どうせ間に合わないぜ」
「それでも行くんです!」
僕はジョゼ・スガワラの手を引いて、一緒に車の後部座席に乗り込む。
ジョゼ・スガワラは乗り気じゃなかったけれど、抵抗もしなかった。
皇居まで移動中、ジョゼ・スガワラは僕に語る。
「天国ではだれも苦しまなくていい。いかりも、かなしみも、憎しみもない」
「そんなの不自然ですよ」
僕が堪らず言い返すと、ジョゼ・スガワラは遠い目をした。
「それでいいんだ。天国なんだから。この世のしばりから解放される所なんだ」
「生きた人間の行く所じゃないですよ」
「そうかもな……。それでも人の救いにはなる……と思う」
エンピリアンは本心から苦しむ人達を救いたくて、地上に天国を再現しようとしているのか? でも本当に救いになるのか、僕には疑問だった。
真桑さんが口を挟む。
「だからって、日本でやる事は無いだろう。しかも、こんな人の多い街で」
「ルーシは天国をつくるには、人の信仰が必要だと言っていた」
「『信仰』って、日本人が何を信じてるって言うんだ?」
「それは日本人に聞いてくれ。あんたも日本人だからわかるんじゃないのか?」
日本人の信仰って何だろう? 天国とか地獄の事? それとも八百万の神様?
だけど、何かと忙しい現代人が伝統に忠実にカマド神や荒神、龍神を信仰しているとは思えない。多くの人は全く意識もしていないだろう。
もっと生活に根付いた何かの事なのか? ルーシーは夢の中で何て言ってた?
そんな話をしている内に、僕達は皇居前に到着した。皇居周辺には多くの警察官がいる。お堀に架かる橋の上は完全に封鎖されていて、アリ一匹通さない雰囲気。普段の警護の様子は知らないけれど、特別に多く配置されているのは確実だ。
「皇居にいた人達は全員避難したんですよね?」
「ああ、今は
「それなのに、どうして警備を厳重に?」
「ここがエンピリアンに狙われるんじゃないかという話は前からあった。つまり……場所が重要なんじゃないかって事だ」
「今から皇居に入れますか?」
「分からない。まずは交渉してみないとな」
真桑さんは僕達から離れて、正門の警備をしている人達に話しかけた。あれこれとやり取りをしているけれど、ちょっと話が長引いている。
僕はジョゼ・スガワラを連れて、横から話を聞きに行った。
「真桑さん、どうなんですか?」
「誰も侵入した形跡は無いそうだ。中の警備からも、怪しい奴はいないと」
「だから入れない?」
「……そういう事だな」
それを隣で聞いていたジョゼ・スガワラは嫌味な顔をして笑う。
「ははっ、おめでたいヤツらだ。お前たちが相手にしているのはエンピリアンだぞ。こんな所、いつどこからでも入りこめる」
論より証拠と言うかの様に、ジョゼ・スガワラはスッと歩き出した。そして警備の人達の横を通り抜けて、橋を通過してしまう。
「おい! どうした? 止めないのか?」
「あっ、えっ……?」
簡単に封鎖を抜けられてしまった警察官達は、ジョゼ・スガワラに挑発された後、ようやく振り返って目を白黒させる。
「おい、待て! お前いつの間に!」
いつの間にも何も、今さっき歩いて横を通り抜けたよな? コントみたいだけど、わざとじゃないなら大変な事だ。
警備の人達はジョゼ・スガワラを追いかけて取り囲んだ。当のジョゼ・スガワラは両肩を竦めて、呆れた風に息を吐く。
「チョロすぎだろ。こんなザマで今までだれも入れてないって?」
警備の人達は何も言い返せなかった。
それから僕と真桑さんとジョゼ・スガワラと、更に皇宮護衛官の人を一人連れて、四人で皇居に立ち入る事に。
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