地上に天国を
1
僕と真桑さんはその日の内に東京に入った。目的地は千代田区内のホテル。ここに来ると一昨年の解放運動との戦いを思い出す……。
霧隠れ、ブラックハウンド、ワースナーの三人のフォビアと停電で、多くの人が死んでしまった。それも貧しく弱い人達ばかりが犠牲に。あれもP3の一部だったんだろうか? 同じ事を繰り返させてはいけない。
僕はホテルの一室から東京の街並みを見下ろして、物思いに耽っていた。周りには他にも高いビルが多くあるから、都市全体を見渡せる訳じゃないけれど……。
「東京の結界って知ってるかい?」
不意に真桑さんに問いかけられる。
「結界?」
「山手線と中央線、そして皇居と新宿で陰陽の太極図を表しているという話」
「そうなんですか?」
「噂だよ。山手線は円と言うには
「何でそんな話を?」
所詮は噂だって言うなら、わざわざ話す意味なんか無いと思うんだけど……。
「同じ様なオカルト話は他にもある。将門公の呪いとかね」
「はぁ」
僕は生返事しかできない。真桑さん、オカルト話が好きなのかな?
「どうして人はそんな話を信じるんだと思う?」
「……分かりません」
「結局、『霊』とか『魂』って物の存在を信じたいんじゃないかと、俺は思うんだ。心とか意志とか、人間を人間たらしめる特別な何かの存在を。もしくは……死後も保たれる物があるという事を」
「そう……なんですか?」
「人が集まる場所には欲望が集まる。そして集まった欲望や願望がありもしない妄念を映し出す。フォビアと似ていると思わないか?」
そう言われると、似ているのかも知れない。フォビアだって本物じゃない。自分の心の中だけで起こっている事を、他の人にも伝えて幻覚の様な物を見せるんだ。
真桑さんは続ける。
「きっと多くの人が予兆を感じているはずだ。これまで続いて来た小規模な火事は、巨大な災いの前触れだと」
「そういう妄想が現実になる?」
「エンピリアンの力によってな。そして、事が起こる現場は東京大結界の内側だ」
「それで僕達は皇居に近い千代田区のホテルにいる訳ですか」
僕は一つ溜息を吐いて、真桑さんに問いかけた。
「ジョゼ・スガワラは今頃どうしているんでしょう?」
「分からない。仲間を説得したのか、まだ説得を続けているのか、それとも説得に失敗したのか……。向日くん、君はどう思う?」
「そう簡単に説得できるとは思いません」
「なかなかシビアな見方をするんだな」
甘い想定はしない。目の前の事実をしっかり受け止めないと、自分の願望に振り回されてしまう。僕達一人一人は無力な存在なんだ。身も心も流されるままの、吹けば飛ぶ様な軽薄な命でしかない。
僕はビルから街を見下ろして思う。無数の通行人の中で、一体どれだけの人が明日の自分を知っているだろうか? どれだけの人が自分の使命や運命を自覚して行動しているだろうか?
僕達だって何も変わらない。誰でも同じ。何故なら……使命や運命なんて、まやかしに過ぎないからだ。人が勝手に決める願望でしかない。
暗く沈んだ気分になる僕に、真桑さんが言う。
「まあ、気を楽にして待とう。半礼寅卯にもジョゼ・スガワラにも、公安の監視が付いている。何か動きがあれば、すぐに分かるさ」
その直後、真桑さんがスマートフォンを取り出した。
仲間から連絡があった様だ。
「……はい、分かりました」
短い通話の後、真桑さんは深い溜息を吐いて僕に告げる。
「ジョゼ・スガワラにマークを外されたとさ」
何やってんだか……。僕も深い溜息を吐く。相手はエンピリアンだから、しょうがないのかも知れないけれど。それにしたって。
「まあ、まだ大丈夫。半礼寅卯のマークは外れていない。エンピリアンが動く時は、奴も何か動きを見せるはずだ。半礼寅卯の持ち家は、山手線の内側には無い。一応は父親の秘書という事になっているが、親子が揃って行動する姿も誰も見た事が無い。だから、怪しい動きがあれば分かる」
「例えば?」
「例えば……急に父親の秘書としてまじめに活動を始めたり、山手線の外周や内側をうろつき始めたり。そうそう、半礼寅卯は電車や飛行機が嫌いだ。選民意識の表れかも知れんが、大勢で狭い所に押し込められるのが、どうしてもダメみたいだな。大勢でなければ平気の様だが」
真桑さんの発言を聞いて、僕はもしかしたらと思った。
「あの、真桑さん。半礼寅卯ってフォビア持ちじゃないですか?」
「……どうだろう?」
「人だかりの中がダメなんでしょう? だったら、学校にも普通に通えていなかったんじゃないかと。学校行事を休んだり、登下校は送迎してもらっていたとか」
「成程、ちょっと調べてみよう」
真桑さんは改めてスマートフォンを取り出して、誰かと話を始めた。
仮にルーシー達を捕らえても、半礼寅卯が最後の障害になる。もし奴が弱点を持っているなら、そこを突けば何とかなるかも知れない。
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