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 二日後、ジョゼ・スガワラは自分から上澤さんに、仲間を説得する機会をくれと言い出したらしい。仲間を裏切る事はできないけれど、半礼親子に付き合い続ける義理も無い。だから説得させて欲しいと。

 上澤さんは日富さんに心を読ませてから、ジョゼ・スガワラを解放した。誰だろうと日富さんに隠し事はできない。心を読んだ結果、ジョゼ・スガワラに敵対の意思は無いと判断したんだろう。仲間と再会して、また心変わりしてしまう可能性も無くはないけれど……。

 そこも含めて計算通りなのか? ……僕には分からない。

 ジョゼ・スガワラが解放された事を僕が知ったのは、既に彼がウエフジ研究所を出て行った後だった。



 カウンセリングの時間、日富さんは僕の心を読み終えてから言う。


「向日くん、あなたの心がジョゼ・スガワラを動かしたんですよ」

「そうなんですか?」

「相手はエンピリアンですから。あなたの裏表の無い善意が伝わったんです」


 日富さんは優しい笑顔を向けてくれたけれど、僕は持ち上げられているみたいで心が落ち着かない。


「そうだと良いんですけど……」

「ジョゼ・スガワラの心変わりを危惧しているんですね?」

「はい。仲間に逆に説得されたりとか、そういう事もあるんじゃないかと……」

「分かりません。今は彼を信じましょう」


 本当に信じるだけなのかと僕は疑った。


「何か策を講じてあるんでしょう?」

「どうでしょうね?」

「日富さんでも分からないんですか?」

「私が何でも知っていると思ったら大間違いですよ」


 日富さんはおどけて言ったけれど、僕は本当に何も知らないのかと不信の眼差しを向ける。

 それを受けて日富さんは小さく笑って返した。


「所長も副所長も、気安く心の中を見せてくれませんから」


 そりゃそうだよなと僕は思う。心の中を見透かされて、良い気分になる人はいないだろう。僕は毎日見られているから、もう慣れてしまったけれど。ちょっと虚しさを感じる。


 それはともかく、今はエンピリアンの事だ。僕は日富さんに問いかける。


「これから僕達はどうするんでしょうか?」

「ジョゼ・スガワラの行動の結果を待ちます。まずは東京での連続火災事件が収まるかどうかですね」

「その事ですけど……P3に協力するというエンピリアンの方針が変わらなければ、近い内に大きな災いを起こすと思います」

「分かります。これまでの様な小規模な火災だけでは収まらないと、向日くんは考えているんですね」

「はい。一連の火災がP3の一部なら、もっと多くの人を巻き込んで大きなトラウマを植え付けるはずです。日富さんはエンピリアンの心を読んだ時に、それが何か分かりませんでしたか?」

「残念ながら……。ジョゼ・スガワラはP3の全貌を知らされていなかった様です。ルーシーやオリオンの心を全て読む時間はありませんでしたし……」

「そうですか……」


 ジョゼ・スガワラに全てを賭けるのは分が悪過ぎる。もっと言ってしまえば、現実的じゃない。だから当然、F機関独自の対応策も考えてあるんだろうけれど、それを教えてもらえないのは不安だ。

 組織の人員の全てが全容を把握している必要は無いって言われたら、その通りではある。それでも……ちょっとは話して欲しい。

 心の中に晴れない靄を抱える僕に、日富さんは告げた。


「大丈夫ですよ。私の予想では、数日以内にあなたに新しい役目が与えられます」

「役目?」

「落ち着いて、その時を待っていてください」


 日富さんも詳しい事は知らないけれど、取り敢えず対応策はあるという事を示したかったんだろう。

 用意周到な上澤さんが無策の訳がない。そう信じる事にしよう。



 翌日、僕は上澤さんに副所長室に呼び出された。


「向日くん! 東京に出張しよう!」

「エンピリアンを見張るんですね。……もしかして今から?」

「その通りだ。話が早くて助かる」


 この重大事に東京に出張しゅっちょうって、エンピリアン絡み以外はあり得ないだろう。

 気を引き締める僕を見て、上澤さんは苦笑いを浮かべた。


「もっと気を楽にして。気を張ってばかりだと、いざという時に力が出ないぞ」


 それはそうだろうけど……。大仕事が控えているのに、平常心でいるのは難しい。

 僕が困った顔をしていると、上澤さんは小さく笑う。


「東京を観光するぐらいの気持ちで構えていれば良いんだ。情報収集とか見回りとか予定・計画とか、細かい事は公安がやる。君はドンと構えて待っていれば良い」


 理屈は分かるけれど、僕はそこまで強いメンタルを持てない。

 苦笑いする僕に対して、上澤さんは更に続ける。


「人に任せるという事は、人を信頼するという事だ。君は公安が信用……できないんだったな、そう言えば」

「もう何回も裏切られてますからね」


 内通者を洗い出して組織を粛正するはずだったのに、今もまだP3に関わっていたりするんだから、完全に信用するなんて無理だ。


「フフフ、今回こそは大丈夫、大丈夫。一条府道くんが作戦の責任者だからね」

「本当ですか?」

「ああ、私の年収の三年分を賭けてもいいぞ」


 一体どのくらいなんだろう? 副所長だから年収は……少なくとも五百万円ぐらいはあるはず。一千万とか二千万ぐらい?


「全財産じゃないんですね」

「資産を隠す方法はいくらでもあるからな」


 この人はどこまで本気なんだろう?

 でも、話している内に少し緊張が解れたみたいだ。上澤さんなりの気遣いだったのかも知れない。


 そんな訳で僕は真桑さんと一緒に東京に向かう。エンピリアンはP3の仕上げに何をするつもりなのか……。

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