心に触れる

1

 その翌日、僕はペルセウス――いや、ジョゼ・スガワラ本人の希望で、彼と一対一で話をする事になった。真桑さんが護衛に付こうかと言ってくれたけれど、今回は断っておいた。ジョゼ・スガワラは僕と二人だけで話したい事があるんだろう。危険だとは思わない。僕には無力化のフォビアがあるし、取っ組み合いになっても病み上がりの相手に負ける気はしない。


 ジョゼ・スガワラは地下四階のモーニングスター博士が収容されていた部屋に閉じ込められている。

 僕は第三研究班の花待さんと、ついでに真桑さんとも一緒に、部屋の前まで来た。


「一人で本当に大丈夫か?」

「はい。行って来ます」


 僕を心配する真桑さんに、自信を持って応える。

 一人で部屋に踏み入ると、ジョゼ・スガワラはベッドに腰を下ろして、落ち着いた様子で僕を真っすぐ見据えていた。


「……来たな」

「僕に何か用ですか?」

「ひとつ、聞きたいコトがある」

「何でしょう?」

「なぜオレを助けた?」

「何故って……」


 僕はどう答えたら良いか困った。

 そもそもは上澤さんや日富さんにサルベージしてくれと頼まれたから……? 人に指示されたから助けたって、何とも情けない理由だ。


「オレに恩を売るためか?」

「そんな事は……」


 どうやら彼は、自分に恩を着せて裏切りを促すために助けられたんじゃないかと、疑っているみたいだ。これは否定しておかないといけない。少なくとも僕は、そんな事は少しも考えていなかった訳だし。


「それは違います」


 僕は強く言い直したけれど、ジョゼ・スガワラの目は厳しい。そう簡単には人の善意を信じられないんだろう。


「オレはユメの中で声を聞いた。……ってのは、どういうイミで言ったんだ?」

「どうって……」

「オマエなんだろう?」

「確かに言いましたけど……そのままの意味ですよ」

「……オマエは本気だった。なぜか、そう感じた。超能力か?」

「いや、そんな超能力は持ってないですけど……」


 この人は何を聞きたいんだ?

 僕はよく分からないまま話に応じる。


って、どういうイミだ?」

「どうって……」

「コトバのイミを聞いている」

「辞書的な意味なら……『捨てる事はない』とか、『まだ価値がある』とか、そういう意味です」


 僕が精神世界で言った事の意味を考えているんだろうか? その場で思ったまま、感じたままを言っただけだから、そんなに深い意味は無いんだけどな……。

 ジョゼ・スガワラはしばらく黙り込んで、改めて僕に尋ねて来た。


「なぜ、オレを助けたんだ?」


 結局そこに帰って来るのか……。何故って言われてもなぁ……。


「あのまま……意識不明は嫌でしょう?」

「そんなコトは聞いてない。オレじゃなくてオマエのコトだ」

「そう言われても……。としか……」

? なぜ?」

「……そうする事が僕の使命……だから?」

「シメイって何だ?」

「役割とか役目の事です」

「オレを助けるコトが?」

「あなただけじゃなくて……人を助ける事が」

「なぜ?」


 何故何故って、そんなに何度も聞かれると本当に困る。

 話をしないといけないのか? 納得してもらうためには話しておかないといけないのかなぁ……。

 僕は渋々ながら語る事にした。


「僕は……フォビアを持っています。フォビアって言うのは――」

「知ってる。無効化の超能力」

「そうじゃなくて……フォビアは恐怖やトラウマが原因なんです。怖い思いや嫌な思いをした経験が、強い超能力になるっていう……」

「わかる。オレもフォビアを持ってる」

「そうなんですか?」

「時々、人のコトバがわからなくなる。たしか、チョーカク、ジョーホー、ショリ、ショーガイ……と言うらしい」


 ジョゼ・スガワラは大きな溜息を吐いた。


「マーイはニッポン語がヘタだった。オレはニッポン人の話すコトが分からなくて、よくからかわれた」

「マーイ?」

「おかあさんのコト」

「ああ、それが……トラウマだったんですね」

「そうだ」


 フォビアを持っているという事は、苦しみを持っているという事。彼の気持ちは分かる気がする。


「それで、世界を変えようと思ったんですか?」

「……わからない。オレは……価値のある人間になりたかった」

「僕も同じです。価値のある人間になりたい。自分じゃなくて、人にとって」

「だから……オレを助けたのか?」

「ちょっと違います。僕があなたを助けたのは――」


 どう言えば良いのかなと、僕は考え直す。答えは喉元まで出かかっているけれど、もう少しの所で出て来ない。ジョゼ・スガワラは僕をジッと見詰めている。


「僕があなたを助けたのは、きっと……あなたを生きさせたかったからです」

「どういうイミだ?」

「僕もフォビアを持っていますから、それなりに苦労して来ました。だから、どんな人でも死ぬべきじゃないと思うし、やり直せると思うんです」


 僕がそうだったから、そうであって欲しい。僕自身、かなり特殊な事例だって事は分かっている。それでも……ジョゼ・スガワラだって、やり直せない事は無い。仮にF機関に協力しなくても、眠ったままよりはずっと良い。そう信じたい。


「オレに仲間を裏切れと言うのか?」

「そんな事は言いません。そんな事のために、あなたを助けたんじゃない」

「……わからない」


 ジョゼ・スガワラには僕の考えが理解できないみたいだった。

 しょうがない。僕だって甘い考えだと思っている。


「僕はここでフォビアの人達を助ける仕事をしています。誰もフォビアに振り回されずに生きられる様にするために……。僕は色んなフォビアの人を見て来ました。中には取り返しの付かない事をした人もいます。それでも皆、どうにか過去に折り合いを付けて生きているんです」

「オレをどうするつもりだ? どうしたいと考えている?」

「どうするつもりもありません。それはあなた自身が考える事だと思います。仲間の元に帰りたいんですか?」

「わからない……本当にわからない」

「組織としての考えはともかく……あなたが帰りたいと言うなら、僕は止めるつもりはありません。ただ……悪い事はしないで欲しいです」


 それから長い沈黙が訪れた。黙っているのは気まずいけれど、僕から何を言えば良いのか分からない。

 その内にジョゼ・スガワラが重い口を開く。


「今日は帰ってくれ。一人で少し考えたい」

「はい」


 彼の心境に変化があれば良いんだけど……。


 成果らしい成果もなく退室した僕を、花待さんと真桑さんが出迎えてくれる。


「どうだった?」


 真桑さんの問いかけに、僕はどう返せば良いか困った。


「いえ、どうと言われても……」

「こちらに協力してくれそうか?」

「それは……分かりませんね……」


 本当に分からない。

 だけど、仮に彼がF機関に協力してくれなかったとしても、意に沿わない事をやらせるよりは良いだろう。そう心に決めて、僕はこの件には深入りしない事にした。

 誰かに頼まれても、これ以上は僕はジョゼ・スガワラを説得しない。

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