精神の世界へ
1
その翌日も相変わらず東京では火事が続いている様だ。いつまで続けるつもりなんだろうかと、僕は疑問に思う。超能力者を増やすにしても、小規模な火事ばかりで本当にP3の目的を果たせるんだろうか? もっとトラウマになるぐらい大きな事件を起こさないと、効果が無いんじゃないか?
エンピリアンの連中は、まだ大きな計画を隠しているんじゃないかと僕は考える。それこそ日本中が大混乱に陥るぐらいの……。
それはそれとして、僕は上澤さんに第一実験室に呼び出された。
第一実験室には第一研究班の皆さんと、上澤さんと日富さんと……それにペルセウスが拘束された状態でベッドに寝かされている。ペルセウスの頭にはコード付きのヘルメットが被せられていて、コードの先は巨大な謎の機械に繋がっていた。
何かの実験をするつもりなんだろうか?
取り敢えず、僕は先に集まっていた皆に挨拶した。
「おはようございます」
最初に反応したのは上澤さん。
「おはよう、向日くん。よく来てくれた」
「呼び出されたのに、来ないって選択は無いでしょう」
苦笑いする僕に、上澤さんは小さく笑って話を切り出す。
「さて、今日は君に重要な仕事を任せたい」
「何でしょうか?」
「乗り気だね」
「嫌でも何でもやらない訳にはいかないでしょう」
「その通りだ。さっそく本題に入ろう。君には日富くんのストレージに飛び込んで、ペルセウスの精神をサルベージして来て欲しい」
余りに予想外だったから、僕は返事ができなかった。
どういう事だ? 日富さんのストレージからペルセウスの精神を……? そんな事ができるのか? 仮にできたとして、サルベージしたら何がどうなるんだ?
さっぱり理解できない僕に、上澤さんは改めて言う。
「ペルセウスの意識を取り戻させるんだ」
「どうして日富さんのストレージに?? 何がどうなって??」
「口頭での説明では伝わり難いかな? 図で解説しよう」
上澤さんはホワイトボードを持って来て、くるりと裏返した。
ホワイトボードの裏面には既に図が描いてある。図と言っても、小さな円が十個ぐらいと大きな円が一つ。それぞれの円は重ならない様に配置されている。
「『個人世界』と『抜け道』の話は憶えているかな?」
「はい」
「フォビアとは自分と他人の個人世界を抜け道で繋ぐ事によって発動する――と予想されていると、以前に説明したな」
「はい」
「仮にこれが君の個人世界だとしよう。これが日富くんの個人世界。そして、こっちがペルセウス」
上澤さんは色付きのペンで、三つの小さな円にそれぞれ文字を書き入れる。青字の「ム」、赤字の「ヒ」、そして緑色の「ペ」。「ム」が向日――つまり僕、「ヒ」は日富さん、「ペ」はペルセウスだろう。
「そして、これが日富くんのストレージだ」
上澤さんは続けて、大きな円に赤字で「ス」と書き込んだ。日富さんの個人世界と日富さんのストレージは、赤い直線で繋げられている。
「現在のペルセウスの精神状態は、こういう風になっていると思われる」
上澤さんはペルセウスの個人世界から日富さんのストレージに向けて、緑の矢印付きの線を引いた。その後に日富さんのストレージの中に緑の破線で小さな円を描く。破線の円の中には緑色で「ペ」の文字。
書き込みを終えた上澤さんは、ホワイトボードをペンの先でコンコンと叩く。
「――と、こうなっている訳だ。現在、ペルセウスの精神は日富くんのストレージの中に埋没している」
「本当に?」
そもそも人の精神の仕組みって、そういう理解で正しいのか??
「飽くまでイメージだ。本当に正しいとは限らない」
「えぇ……? 何の意味があって、こんな説明を?」
「君がこれからペルセウスの精神をサルベージするのに、絶対に必要なんだ。よく聞いてくれ」
上澤さんはまじめに説明を再開した。
「日富くんが君の精神をペルセウスの精神まで案内する」
僕の個人世界と日富さんの個人世界を結ぶ青線が引かれて、更にストレージ内のペルセウスの個人世界へと矢印付きの青線が伸びる。
「そんな事できるんですか?」
「できる」
上澤さんは力強く断言した。……本当かな?
僕はちらりと日富さんの方を見るけれど、当の日富さんからも頷いて返される。
いやいや……そんな簡単に納得はできないぞ。
「本当に正しいのかも分からないのに、どうしてそんな……」
「別の解釈もあるにはある」
僕が食い下がると、上澤さんはホワイトボードをくるりと裏返した。
いつの間にか裏面にも図が描いてある……。さっきまで真っ白だったはず。マジでいつ描いたの? さっきの説明中?
「専門的には日富くんのストレージが議論になる訳で、ストレージが精神世界に独立して存在しないと仮定した場合のイメージがこちらだ」
今度の図には日富さんのストレージらしき円が存在しない。同じ大きさの円が三つ描かれているだけだ。
「日富くんの精神の中にストレージがあって、その部分がペルセウスの精神にコピー&ペーストされたと考える」
上澤さんは赤字で「ヒ」と書いた円の内側に、同じく赤字で「ス」と書いた小さな円を描き加える。次に緑で「ペ」と書いた円の内側にも、同じく緑で「ス」と書いた小さな破線の円を描き加えた。そして赤字の「ス」から緑の「ス」へと赤い矢印付きの線を引く。
「とにかく、やる事は同じだ。ペルセウスの精神に入り込む」
「入り込むのは良いんですけど、僕はサルベージの方法なんて知りませんよ?」
「その点も心配は無用だ。こちらで精神世界のイメージの雛型を用意してある」
「ひな型?」
「実際に見た方が早いだろう。ヘルメットを被って、ベッドに横になってくれ」
上澤さんはペルセウスが寝ているベッドの横にある、もう一台のベッドを指した。
僕は少し不安だったけれど、取り敢えず空いているベッドに横になってみる。
そうすると僕とペルセウスの間に日富さんが入って、左右の手で僕とペルセウスの手をそれぞれ取った。
それから第一研究班の人達が僕の頭にコード付きのヘルメットを被せる。
何が起こるのかとちょっとドキドキしている僕に、上澤さんが言う。
「向日くん、目を閉じてリラックスしてくれ。眠ってしまっても構わない。日富くんが君を精神の世界へ連れて行く」
本当にそんな事ができるのか? 半信半疑で目を閉じる。
日富さんと繋いでいる手から温もりが伝わって来て、安らいだ気分になる。その温もりに身を委ねていると、いつの間にか眠ってしまった。
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