3

 半礼寅卯は上澤さんの目をジッと真剣に見詰めている。

 一方で上澤さんの感情は読み取れない。


「私達の使命は人間の精神の解明。心の病を癒す事。『E.A.D.I.D.』――共感性不安障害伝播症を治療する事です」

「フォビアの事だろ? 取り繕うなって。そんな事より、どうなんだ? 超能力を世間に知られるのには、やっぱり反対なのか?」

「そうですね。超能力と言っても、そこまで大きな事はできませんから」

「本気で言ってるのか?」

「ええ。どんな超能力を持っていても、所詮は一人の人間です」

「違うなぁ……違うんだなぁ……」


 半礼寅卯はチッチッと舌打ちして、ゆっくり首を横に振った。


「俺はそうは思わない。超能力ってのは能力の一つだ。足が速い、運動神経が良い、勉強ができる、手先が器用、話し上手、そういうのと同じ類の……いや、それ以上の能力」

「買い被り過ぎです」

「あんたが否定するなよ。超能力者でもないくせに」


 半礼寅卯の機嫌が急激に悪くなる。自分の超能力に自信を持っているんだろう。

 半礼寅卯は突然、僕に視線を向けた。


「お前はどう思う?」

「……副所長と同じ意見です」


 だってお前は僕一人にも勝てないじゃないか……とは言わないでおいた。

 半礼寅卯は小さく溜息を吐く。


「分かってない、分かってない。普通の人間が超能力者に勝てるか?」


 それから改めて上澤さんと僕に問いかけた。

 上澤さんは全く動じずに言い返す。


「超能力も色々ですから」

「それは確かに。だが、有用な超能力を持つ者ならどうだ? ただ優秀なだけの――賢く力のある人間と、それに加えて便利な超能力まで持っている人間と」

「超能力も能力の一つなら、全てにおいて普通の人を上回るという事は稀でしょう。常識的に考えれば、超能力を得た分だけ他の何かが犠牲になっています。スポーツという一点を取っても、全く異なる二つの競技で活躍する人はいません。人が一つの事に割けるエネルギーは決まっているのです。それに物事の優劣とは時と場合によって大きく変わるものです。恐竜の様に大きく強い者が滅び去り、その他の小さく弱い者が生き永らえる事もあります」

「口の減らない奴だ。認めろ! 超能力者こそが、より進化した人間なんだと!」

「半礼寅卯さん、あなたも超能力者なのですか?」

「そうだ!」

「それで……どの辺りが優れていると?」


 痺れを切らした半礼寅卯に、上澤さんは初めて笑って見せた。相手をバカにした様な声で挑発して。

 半礼寅卯は上澤さんに何かを言おうとして、途中でやめて僕を睨む。

 僕は苦笑いして見せた。僕のフォビアで超能力が無効化されているから、半礼寅卯は何もできないんだ。

 それでも半礼寅卯は苦し紛れの言葉を吐く。


「あんたも超能力の有用さは知ってるはずだ! だから、こんな……」

「そうですね。だからこそ、表舞台に立つべきではないと考えています」

「ナルホド? 影から国を動かすと……」


 何が成程だよ。全くの見当違いだ。

 上澤さんは淡々と否定する。


「いいえ。超能力者が政治家や官僚を目指しても良いと思いますよ。但し、超能力を使わないという条件で」

「そんなの! 何のための超能力だ!」

「少なくともではありませんね」

「優れた力を持ちながら、それを行使しないのは――」

「宝の持ち腐れですか? しかし、能ある鷹は爪を隠すとも言います。私達は超能力の有用さと危険性を知っているからこそ、無闇やたらにひけらかすべきではないと思っています。超能力には未解明な部分も多く――」

「分かった。もう分かった。あんた等とは分かり合えない様だな」


 強引に話し合いを打ち切って席を立とうとする半礼寅卯に、上澤さんは変わらない調子で問いかけた。


「一つ質問があります」

「何だ?」

「あなたはを目指されないのですか?」

「神? はぁ、俺は宗教に熱心じゃないんでね。神なんかに興味は無い。じゃあな」


 半礼寅卯は本当に神になる事には関心が無い様だ。

 椅子から立ち上がって帰ろうとする彼を、上澤さんは再び呼び止める。


「お待ちください。ご覧いただきたい物があります」

「……はぁ、何だよ?」

「どうぞ、こちらへ」


 半礼寅卯は気怠そうに何度も溜息を吐きながらも、上澤さんに従った。

 見せたい物って、何なんだろう?

 僕も分からないまま、上澤さんと半礼寅卯の後に続く。



 行き先は四階のメディカルセクション。上澤さんは受付で、大邑さんに面会許可を取っていた。

 僕は察した。を見せるつもりなんだ。


「こちらです」


 上澤さんはある一室に半礼寅卯を案内する。

 その部屋のベッドで寝かされているのは……エンピリアンのペルセウスだ。本名はジョゼ・スガワラ。

 半礼寅卯は眠っている彼を見て、驚いた顔をする。


「ペルセウス……」

「ジョゼ・スガワラ。いいえ、簀河原すがわらジョゼと呼んであげるべきでしょうか」

「こんな物を見せて、どうしようって言うんだ?」


 半礼寅卯はジョゼ・スガワラから目を逸らして、関わり合いになりたくないという意思を表した。


「お仲間でしょう? 身柄をお引き受けいただけるかと」

「冗談だろ? 何で俺が」

「彼の事は切り捨てると。そういう事ですか」

「知らない男だ。俺とは何の関わりも無い」

「そうですか」


 上澤さんは失望も落胆も見せずに、淡々と答えた。それが僕には、とても不気味に感じられる。

 半礼寅卯は当て付ける様に舌打ちして、ジョゼ・スガワラに背を向けた。


「もうお帰りになりますか?」

「ああ。こんな所に用は無い」

「お見送りします」


 僕と上澤さんは久遠ビルディングの玄関まで、半礼寅卯を見送りに出た。

 半礼寅卯は何も言わずに、車に乗り込んで帰る。

 車が遠くに見えなくなってから、僕は上澤さんに尋ねた。


「何も無しに帰しちゃって、良いんですか?」

「収穫はあった。これから反撃だ」


 上澤さんは強気に言って、ビルの中に引き返す。

 一体どうするつもりなんだろう? でも、上澤さんが言い切ったって事は、かなり自信があるって事だ。僕も上澤さんを信じるしかない。

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