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半礼寅卯は上澤さんの目をジッと真剣に見詰めている。
一方で上澤さんの感情は読み取れない。
「私達の使命は人間の精神の解明。心の病を癒す事。『E.A.D.I.D.』――共感性不安障害伝播症を治療する事です」
「フォビアの事だろ? 取り繕うなって。そんな事より、どうなんだ? 超能力を世間に知られるのには、やっぱり反対なのか?」
「そうですね。超能力と言っても、そこまで大きな事はできませんから」
「本気で言ってるのか?」
「ええ。どんな超能力を持っていても、所詮は一人の人間です」
「違うなぁ……違うんだなぁ……」
半礼寅卯はチッチッと舌打ちして、ゆっくり首を横に振った。
「俺はそうは思わない。超能力ってのは能力の一つだ。足が速い、運動神経が良い、勉強ができる、手先が器用、話し上手、そういうのと同じ類の……いや、それ以上の能力」
「買い被り過ぎです」
「あんたが否定するなよ。超能力者でもないくせに」
半礼寅卯の機嫌が急激に悪くなる。自分の超能力に自信を持っているんだろう。
半礼寅卯は突然、僕に視線を向けた。
「お前はどう思う?」
「……副所長と同じ意見です」
だってお前は僕一人にも勝てないじゃないか……とは言わないでおいた。
半礼寅卯は小さく溜息を吐く。
「分かってない、分かってない。普通の人間が超能力者に勝てるか?」
それから改めて上澤さんと僕に問いかけた。
上澤さんは全く動じずに言い返す。
「超能力も色々ですから」
「それは確かに。だが、有用な超能力を持つ者ならどうだ? ただ優秀なだけの――賢く力のある人間と、それに加えて便利な超能力まで持っている人間と」
「超能力も能力の一つなら、全てにおいて普通の人を上回るという事は稀でしょう。常識的に考えれば、超能力を得た分だけ他の何かが犠牲になっています。スポーツという一点を取っても、全く異なる二つの競技で活躍する人はいません。人が一つの事に割けるエネルギーは決まっているのです。それに物事の優劣とは時と場合によって大きく変わるものです。恐竜の様に大きく強い者が滅び去り、その他の小さく弱い者が生き永らえる事もあります」
「口の減らない奴だ。認めろ! 超能力者こそが、より進化した人間なんだと!」
「半礼寅卯さん、あなたも超能力者なのですか?」
「そうだ!」
「それで……どの辺りが優れていると?」
痺れを切らした半礼寅卯に、上澤さんは初めて笑って見せた。相手をバカにした様な声で挑発して。
半礼寅卯は上澤さんに何かを言おうとして、途中でやめて僕を睨む。
僕は苦笑いして見せた。僕のフォビアで超能力が無効化されているから、半礼寅卯は何もできないんだ。
それでも半礼寅卯は苦し紛れの言葉を吐く。
「あんたも超能力の有用さは知ってるはずだ! だから、こんな……」
「そうですね。だからこそ、表舞台に立つべきではないと考えています」
「ナルホド? 影から国を動かすと……」
何が成程だよ。全くの見当違いだ。
上澤さんは淡々と否定する。
「いいえ。超能力者が政治家や官僚を目指しても良いと思いますよ。但し、超能力を使わないという条件で」
「そんなの! 何のための超能力だ!」
「少なくとも人を支配するためではありませんね」
「優れた力を持ちながら、それを行使しないのは――」
「宝の持ち腐れですか? しかし、能ある鷹は爪を隠すとも言います。私達は超能力の有用さと危険性を知っているからこそ、無闇やたらにひけらかすべきではないと思っています。超能力には未解明な部分も多く――」
「分かった。もう分かった。あんた等とは分かり合えない様だな」
強引に話し合いを打ち切って席を立とうとする半礼寅卯に、上澤さんは変わらない調子で問いかけた。
「一つ質問があります」
「何だ?」
「あなたは神を目指されないのですか?」
「神? はぁ、俺は宗教に熱心じゃないんでね。神なんかに興味は無い。じゃあな」
半礼寅卯は本当に神になる事には関心が無い様だ。
椅子から立ち上がって帰ろうとする彼を、上澤さんは再び呼び止める。
「お待ちください。ご覧いただきたい物があります」
「……はぁ、何だよ?」
「どうぞ、こちらへ」
半礼寅卯は気怠そうに何度も溜息を吐きながらも、上澤さんに従った。
見せたい物って、何なんだろう?
僕も分からないまま、上澤さんと半礼寅卯の後に続く。
行き先は四階のメディカルセクション。上澤さんは受付で、大邑さんに面会許可を取っていた。
僕は察した。あれを見せるつもりなんだ。
「こちらです」
上澤さんはある一室に半礼寅卯を案内する。
その部屋のベッドで寝かされているのは……エンピリアンのペルセウスだ。本名はジョゼ・スガワラ。
半礼寅卯は眠っている彼を見て、驚いた顔をする。
「ペルセウス……」
「ジョゼ・スガワラ。いいえ、
「こんな物を見せて、どうしようって言うんだ?」
半礼寅卯はジョゼ・スガワラから目を逸らして、関わり合いになりたくないという意思を表した。
「お仲間でしょう? 身柄をお引き受けいただけるかと」
「冗談だろ? 何で俺が」
「彼の事は切り捨てると。そういう事ですか」
「知らない男だ。俺とは何の関わりも無い」
「そうですか」
上澤さんは失望も落胆も見せずに、淡々と答えた。それが僕には、とても不気味に感じられる。
半礼寅卯は当て付ける様に舌打ちして、ジョゼ・スガワラに背を向けた。
「もうお帰りになりますか?」
「ああ。こんな所に用は無い」
「お見送りします」
僕と上澤さんは久遠ビルディングの玄関まで、半礼寅卯を見送りに出た。
半礼寅卯は何も言わずに、車に乗り込んで帰る。
車が遠くに見えなくなってから、僕は上澤さんに尋ねた。
「何も無しに帰しちゃって、良いんですか?」
「収穫はあった。これから反撃だ」
上澤さんは強気に言って、ビルの中に引き返す。
一体どうするつもりなんだろう? でも、上澤さんが言い切ったって事は、かなり自信があるって事だ。僕も上澤さんを信じるしかない。
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